こんな日も洗濯日和



真選組で働いていると言えば、聞こえはいい。
実際に、お給金もいい。
おまけに、かっこいい隊長や隊士がいるとなれば、若い女の子が働きたがるのも道理。
なんだけど。
実際の仕事は、夢見る女の子がやっていけるほど、楽なものじゃない。
屯所内にいる全員分の食事を作ったり、洗濯物を片付けたり、屯所内の掃除をしたり。
もちろん、隊士の人たちだって手伝ってはくれるし、女中として働いてるのは私だけではないけれど。
それでも、朝から晩まで休む暇はそうそう無い。
そんな悪条件が災いして、女中はいつでも人手不足。
人手不足だから。
 
「ごめんなさい。近所のお葬式の手伝いに行かなくちゃならなくなって……」
 
そんな同僚の懇願に、二つ返事で休日返上。
お葬式なら仕方が無い。近所付合いは必要だし、お葬式はお葬式で、普段慣れないことをして疲れるものだろうから。
だから私は、こうして朝から洗い物をしている。
 
「それにしても、今日のお水は冷たい気がする……」
 
冬だから、なのかもしれないけれど。
私だって女の子。手荒れが気にならないわけじゃない。
朝、屯所に来る時も寒かった。
天気もよくなかったから、もしかしたら雨が降るのかもしれない。
ああ。そうなったら、洗濯物が干せないわ。
思考が主婦してるのは自覚してるけど、それでなければ女中なんてやってられない。
 
ちゃん、洗い物終わったら、こっち手伝ってくれるー?」
「あ、はーい」
 
ジャストタイミング、って感じ。
ちょうど洗い物が終わったところで、呼ばれてしまった。
まったく、休む間もない。
それをわかってて、ここで働いてるわけなんだけど。
だって、ここには―――
 
―――おや、じゃないですかィ。今日は休みじゃなかったんで?」
「お、沖田さん!」
 
―――沖田さんが、いるから。
最初は、病気がちのお母さんの医療費を稼ぐためだけに、必死で働いてた。
それが今では、お母さんのため、という理由の他に、そんな理由までできてしまった。
人懐こく話しかけてくれる沖田さんに恋心を抱くまでに、時間はかからなかった。
告白しようだなんて、考えたこともないけれど。
 
ちゃん、今日は代理出勤なんですよ」
「ふ〜ん。でも、働きすぎじゃないですかィ?」
「あたしたちもそう思うんだけどねぇ。人手が足りなくて」
「あ、いえ! 私なら大丈夫ですから!」
 
沖田さんに心配してもらえただけで、十分。
たったそれだけのことで、赤くなった気のする顔を見られないようにするために、私は朝食の準備を手伝い始める。
どうやら沖田さんは、今朝の朝食の献立を聞きに来ただけのようで。
ほんの少しだけしか話せなかったことは、淋しい。
けれども、朝から沖田さんに会えて、心配までしてもらえた。
それで、プラスマイナス0どころか、むしろプラスじゃない。
なんて。
プラス思考でなければ、真選組屯所の女中と恋する乙女、両立なんかできやしない。
 
 
 
バタバタした朝食の時間も終わって。
洗い物は他の女中さんが担当。私は洗濯物担当。
どちらにしても、寒いことに変わりはない仕事。
仕事の内容に不満はないけれども、こんな寒い日にはつい文句を言ってしまいたくなる。
山のような洗濯物の、とりあえず一部だけ洗って、外に干しに行こうとして。
 
「あー。雨ー……」
 
外は、予感どおりの雨。
冬の雨は好きになれない。冷たいだけで、いいことなんか一つも無いから。
ああ。洗濯物、どうしよう。どこに干そう。
洗濯物の山を抱えて、悩んでみる。
縁側? 広間? それとも道場?
片っ端から思いつく場所を挙げてみるけど、微妙な感じは拭えない。
洗濯物の下で稽古する隊士の人たちの姿なんて、想像するだけで可哀想。
今日は、お洗濯しない方がよかったのかもしれない。
いやでも、お洗濯しないと、明日の惨状は目に見えているわけで。
 
「ここは一つ発想を転換させて、隊士の皆さんの部屋に干させてもらうとか」
「ああ、それはよい案ですねィ」
「……お、沖田さんっ!!?」
 
耳元で言葉をかけられて。
思わず振り向けば、至近距離に沖田さんの顔。
驚いて後ずさろうとしたけれど、洗濯物の山を抱えてれば、気持ち後ずさっただけ。
おまけに至近距離で顔を見てしまって、顔が火照っているのが自分でもわかる。
こんな顔、見られるわけにはいかない。
都合よく洗濯物の山があるから、と。その影に隠れるつもりが、その山をひょいと沖田さんに取り上げられてしまった。
 
「俺でよければ手伝いますぜィ」
「い、いえでもっ! 沖田さんには仕事がっ!!」
「ああ。そんなもの。仕事より、の身体の方が大事でさァ」
 
……え?
沖田さんの言葉に固まってしまったその隙に、当の沖田さんは洗濯物の山を抱えて歩いていってしまう。
はっと気付いて、私は小走りで追いかける。
 
「で、でも! それは私の仕事で―――
「……は、俺が手伝ったりしたら迷惑なんですかィ?」
 
不意に立ち止まって、沖田さんが問いかけてくる。
その顔は真剣そのもので。そんな顔で見つめられて。
慌てて私は頭を横に振る。決して迷惑というわけではなかったし、何より、赤くなった顔を見られたくなかったから。
どうして私の顔は、すぐに赤くなってしまうんだろう。恥ずかしい。
火照った顔を少しでも冷やそうと、冷たい両手を頬に当ててみる。無駄な抵抗だとはわかっているけれども。
「それならよかった」と沖田さんは満足げに頷いて。
そのまま歩き出すかと思いきや、まだ私の顔をじっと見ている。
……あ、あまり見られたくないのに。今の私の顔……
 
「それにしても、
「は、はいっ!」
「どうしては、俺と話すときはどもるんですかねィ?」
「……そ、それは、そのっ……」
 
どうしてだなんて、言えるはずもない。
沖田さんの顔を見るだけで胸が高鳴って、声を出すのもやっとだなんて。
 
「おまけに顔も赤いですぜ。風邪ですかィ?」
「そ、そんなこと、無いですっ!」
「ちょいと失礼しやすぜィ」
 
言うや、沖田さんがその額を私の額にコツン、と当てる。
当然、至近距離に沖田さんの顔。
その瞳に、私の想いも何もかも見透かされそうな気がして、私は思わず目を瞑った。

「あ、ああああ、あ、あの……っ」
「こりゃいけねェや。熱があるみたいですぜィ」
「だ、だだ大丈夫です! 風邪じゃないです! 熱でもないです!!」
 
沖田さんが離れてくれれば、治ります!
などと、口に出せるはずもない。
 
「それなら……」
「な、何でしょう!?」
「……少しは自惚れても、いいんですかィ?」
「え……?」
 
驚いて目を開くと、ようやく沖田さんは額を離してくれた。
 
「いや。冗談でさァ」
 
そう言って、沖田さんは洗濯物を抱えたまま歩きだす。
けれども、私は見てしまった。
一瞬だったけれども……沖田さんの頬も、赤くなっていたのを。
それって……
 
「あ、あのっ! 沖田さんっ!」
「何ですかィ? 洗濯物、早く干さないと皺になりますぜィ」
「そ、それはそう、なんですけど……っ」
 
でも。
私が今言いたいのは、そんなことではなくて。
もっと大事な。
確かめたいことが。
勇気、出して。
 
「あのっ……わ、私も自惚れてしまって、いい…です、か……?」
 
勇気を振り絞ったわりには、言葉尻が萎んでしまったけれども。
ああ、今の私の顔は、真っ赤になってしまっているに違いない。
それでも構わない。
立ち止まった沖田さんの顔を見つめる。
すると沖田さんは、驚いた顔をしたけれども、すぐにニヤッと笑みを浮かべた。
 
「……それなら、お互いに自惚れていましょうや」
 
……これ、夢じゃない、よね……?
頬を抓りたい衝動に駆られたけれども、我慢する。
夢だって、いいじゃない。この際。
 

「は、はいっ!」
「せっかくだから、俺の隣、歩いてくれないですかねィ?」
「はいっ!」
 
小走りに沖田さんの隣に向かう。
そして、二人並んで歩き出す。
ああ。今日、休日返上して。雨が降って。よかったのかもしれない。
隣を私に合わせて歩いてくれる沖田さんの顔を、ちらりと窺う。
すると沖田さんも、私の顔を見て。
私は何だか、嬉しくてたまらなくなった。
 
 
 
本日は雨。それでも気分はお洗濯日和。



<終>



この後、沖田さんが洗濯物を干しに向かった先は、間違いなく土方さんの部屋だと思われます。
嫌がらせ兼、見せつけのために(笑)