降り止むことの無い雨。
ざあざあと室内にまで届く雨音は、湿気にプラスして室内の不快度数を上げる。
しかしここ万事屋内においては、更に不快度数が高まっている。
不機嫌を隠そうともせずソファの上で膝を抱えて座り込み、ただひたすら無言を貫く少女。
朝、万事屋にやって来た時からこの状態。
どう対応してよいのやらわからず、新八はほとほと困り果てていた。
降り続く夏の雨は、やむ気配を見せない。
万事屋内デート
「あ? 朝からなに不機嫌度MAX状態ですか、ちゃん?」
起き抜けの、やや間延びした銀時の声。
普段ならば呆れと苛立ちの入り混じった感情しか湧かないその声も、今この時ばかりは世紀末救世主伝説並みに頼りに思えてくる。
要は、今のこの気まずい状況を打破できるのは銀時しかいないと。新八はそう思っているのである。
自分にはどうすることもできず、朝食を脇目も振らずかき込んでいる神楽は問題外。残るは銀時しか無い上に、そもそもは銀時の彼女なのだ。ならば、銀時がどうにかするのが筋というものであろう。
新八の期待の眼差しを気にするでもなく、そもそも気付くこともなく、銀時は真っ直ぐのところへと向かうと、その隣にどっかりと座り込んだ。
「どうしたよ、? もしかして、朝から欲求不満? それなら今からでも布団に逆戻り―――」
「黙るネ、変態天パ」
「朝から何サカってるんですか……」
期待したのが間違っていたと言わんばかりに、蔑んだ視線を銀時へと向ける神楽と新八。
しかしそれでもは無言のまま。
俯き加減のまま、きゅっと膝を抱え込んでいる。
そんな仕種も可愛いと思ってしまうあたり、銀時も重症なのかもしれない。
が、そう思いはしても、やはりには笑っていてほしいと思うのが恋人としての思い。
が不機嫌な理由にも思い当たるのだから、尚更である。ただ確信は持てないが。
「この天気じゃ、外にデートしに行けねェよなァ」
試しに言ってみると、の身体がぴくりと動く。
どうやらご名答だったらしい。
数日前から約束していた今日のデート。
がどれだけ楽しみにしていたかは、今のこの落ち込みぶりを見れば一目瞭然。
だが、この大雨。おまけに風も吹いてきた。台風が近付いているのだから仕方がないのであろうが。
いくら楽しみにしていたデートとは言え、この嵐の中を出かける酔狂な人間は、まずいないだろう。
だからこそ、は落ち込み、不貞腐れ、不機嫌オーラを遠慮も無く発しているのだ。
子供のようだと思うものの、それだけ楽しみにされていたのだと思えば、銀時とて悪い気はしない。
それどころか、銀時も楽しみにしていたのだから、の不機嫌の理由はわかり過ぎるほどにわかるのだ。
しかし。人生というものは、楽しもうと思えば幾らでも楽しめるものだ。
にやりと笑うと、銀時は隣に座り込むの身体を抱き上げた。
「ひゃ…っ!!? ぎ、銀ちゃんっ!!?」
慌てふためくが、本日ようやく初めて口を開く。
が、それにはお構いなし。
軽々と、というわけにもいかなかったが、銀時は難なくの身体を自分の膝の上に下ろした。
途端、そわそわと落ち着かない様子の。
それがおかしくて、ふわふわと目の前で揺れる後頭部に銀時は口吻ける。
驚いたように小さな悲鳴をあげて逃げようとするを、しかし銀時が逃がすはずもない。
後ろから抱きかかえると、の耳元へと口を寄せた。
「外に出れねェなら、家ですりゃいーんじゃね? 家庭内デートってヤツ」
「え……?」
目を瞬かせるからは、先程までの不機嫌さは消え失せている。
まずは機嫌が直ったことだけでも上々。
子供にしてやるように頭を撫でてやると、銀時はまずは目の前の朝食を片付けることにした。
* * *
家庭内デート。
デートと言っても、所詮は家の中。普段と変わらない、家の中。
やれることなどたかが知れている。
それでも「デート」という名目が付けば、とりあえずはの機嫌は直るだろう。そう目しての「家庭内デート」発言だった。
銀時にしてみれば、さえ隣にいるのならば、外だろうと中だろうと構わない。その思いがあったわけだが。
「あ、あのね……デートだから、その……手、つないでても、いい……?」
ほんのりと頬を染めて言われたその言葉に、銀時が逆らえるはずも無い。
何気なく繋がれた手。
デートの最中に手を繋ぐことなど、珍しくもない。
家の中ですぐ隣に座ることなど、日常茶飯事だ。
しかしその二つが同時に起こると―――これがなかなかに、破壊的だったりするものだ。
普段は意識することもなく並んで見るテレビも、今日に限っては繋いだ手の先にいるの存在を意識せずにはいられない。
堪らずに目をやれば、ふとと目が合って恥ずかしげに微笑まれる。
それだけではない。
手を繋いでいるということは、家の中だというのに、常に一緒。いつでもどこでもがついてくるのだ。
いつもと同じだというのに。いつもと同じく、ダラダラとしているだけだというのに。
いつも以上に、普段のデートの時以上にがくっついてくるものだから、よりのことを意識する羽目になる。
別段、それが苦になるわけでもないが。
それでも、ムズ痒い思いには駆られる。早い話が、どことなく恥ずかしいのだ。
これでは本当に、世界で一番バカな生き物中2レベルになってしまう。恋愛心理が。
そのは今、3時のおやつのパフェを作る銀時の隣で、缶詰を相手に格闘している。
さすがに今この時ばかりは手を繋いではいないが。それでもつい、の一挙一動を目で追ってしまう。
考えてみれば、台所に立つの姿というものをほとんど目にしたことがない。
普段からこんな感じで料理をしているのかと思いながらちらちらと視線を向けているうちに、ようやく缶詰が開いたらしい。「やった!」と小さく歓声をあげては静かに手を叩いた。
それがやたらと可愛らしく目に映るのは、何故なのだろうか。
そんなことを考えていると、不意にが銀時の方へと顔を向ける。
「銀ちゃん、はい。あ〜ん」
促されて、思わず開けた口。
そこへ放り込まれたのは、今しがたが開けたばかりの缶詰の中身。桃。
思わず飲み込めば、恥ずかしげに笑うと目が合った。
「あ、あのね。一度、やってみたかったの。こういうの……」
真っ赤になって目を伏せるに、銀時は理性の限界を試されている気分になる。
「なにこの可愛いイキモノ!? 食べたいんだけど!? パフェより先に食べたいんだけど!!?」と、さすがに表には出さないが、そんな思考が銀時の脳裏を駆け巡る。
恥ずかしそうにそわそわすると、その姿に硬直したままの銀時と。
そんな二人の姿に投げかけられる、どこか冷めた視線が二組。
「……新八ィ。砂吐いてもいいアルか?」
「……いいんじゃない?」
僕も吐こうかと思ってたところだから、と新八が溜息をつく。
が、もちろん、銀時やの耳には届いていない。完全に二人の世界に入りこんでしまっている。
もういっそこのまま、違う世界にでも行ってくれ、と思う新八の切実な願いはただ一つ。
金輪際、家庭内デートは禁止にしてもらいたい。それだけだった。
<終>
書き直すこと3回目! なんか最近、難産多くね?
ともあれ、これがデートなのか甘いのか非常にワケわからない出来ではありますが、最初と2つ目のネタよりはかなりマシです。私としては。
何だか色々とあって、華焼さまに進呈。受取拒否は結構ですが返送は不可で(ヲイ)
|