ダイレクトメールに紛れて届いた、一通の葉書。
時候の挨拶から始まるそれは、ありふれた内容ではあったものの。
差出人の無神経さに言いようのない苛立ちを覚え、は他のダイレクトメールごと宙へと放り投げる。
 
畳の上にひらりと落ちた葉書には、「結婚しました」の文字と、幸せそうな男女の写真―――
 
 
 
 
STEP by STEP



 
「どうかしやしたかィ?」
 
部屋に入ってきた第一声がそれ。
まぁ普通の反応だろうとはも思う。
仕事は終わったというのに、隊服から着替えもせずに畳の上に転がる女と。放り出されたままの郵便物。
多少は不審に思うというものだろう。
そして部屋にやってきた沖田にも、その程度の常識はあったらしい。
別にそれがどうというわけでもないが。
 
「……なんでもないです」
 
明らかに「なんでもある」という様子をしている自覚は、自身にもある。
それでもこうして反対のことを言ってしまうのは、他人に心配をかけたくないせいか。それとも他人に弱みを見せたくないだけか。
考えるに後者の理由だろうと、自己の性格を熟知しているは考える。
もしも洗いざらいぶちまけて泣きつく事ができたならば。意外とすっきりしてしまうのかもしれない。
しかしは他人に泣きつくような性格はしていないし、そんな醜態を晒したりしたら、舌を噛み切りたくなるだろう。
ついでに言えば、今の鬱々した気分で他人と接したくはない。どんな拍子に何を口走ってしまうか、わかったものではないからだ。
背を向けたまま言外に「放っておいてくれ」と言ったつもりなのだが、それを汲み取る沖田ではないし、汲み取ったとしても軽やかに無視するに決まっている。
案の定、沖田が部屋を出て行くことはなく。
それならば、散らばったままの郵便物に手が伸びたのも、当然の成り行きなのかもしれない。
が望んだ成り行きではなかったにしても。
がさがさと郵便物を弄る音。それが止んだ瞬間、の心に浮かんだのは、「気付かないでほしい」という祈りにも似た気持ち。
しかし祈る対象を持たないそれは、呆気なく裏切られる。
 
―――なるほど。いつまでも未練タラタラってワケかィ、は」
「っ!? 未練なんか無いです!!」
 
鼻で笑う沖田の言葉に、ついは反応してしまった。
起き上がって反論したその視線の先では、沖田が葉書を手ににやにやと笑っている。
未練など無い。
それは嘘ではない―――自身は思っている。否、そう信じたいだけなのかもしれない。
元恋人からの、結婚報告。
男の、いっそ嫌がらせかと思えるような無神経ぶりが、癇に障って仕方が無いだけだ。
別れて以来、音信など途絶えていたというのに。
今更、自分がフッた女に結婚報告を寄越すなど、一体どういう思考回路のなせる技なのか。
 
「最低! ヌケヌケと結婚報告なんか寄越してきて!!」
「未練残したままヌケヌケと他の男に乗り換えたのは、最低じゃねェんで?」
「だから、未練なんか残してないです!!」
 
強い口調で反論を重ねて沖田を見据えるものの、いつになく真剣に問いかけるような瞳に見返され、ふいとは視線を逸らしてしまう。
信じていたものが、揺らぐ。
未練など無いと叫んだものの、それは、そう言葉にしなければ否定できなかったからではないか。
むしろまだ少しでも未練があったからこそ、元恋人の無神経さに苛立ったのではないか。
目を背けていたものを、今ここに来て突きつけられている、そんな感覚。
何を信じるべきか。何が本当なのか。
混乱する思考。
張り詰めた空気。
それが不意に動いた瞬間だった。
 
「まァ、知ってて乗換えさせたんだけどねィ」
 
耳元で囁かれた言葉。
その言葉が、揺らいでいた自信を突き崩した。
何もかもを見透かすような瞳を向けられてそう言われては、もはや否定できる根拠も持てなくなる。
どうやら、未練は十分に残っていたらしい。
吹っ切ったつもりでいた想いと同時に、込み上げる涙。
ここで涙など見せたら、それこそ目も当てられない。最後の意地とばかりに、は必死で涙を堪える。
ふと、背中が温かいことに気付いたのは、涙をどうにか飲み込んでから。
引き寄せられ、後ろから抱きすくめられているのだと、ようやくは理解した。
泣きそうだった顔を見られずに済んだのは良かったが、これはこれで気恥ずかしい。
それに。
 
「……そんなこと言われたら、申し訳なくて別れられなくなるじゃないですか。隊長と」
 
元恋人に別れを告げられたその後すぐだった。
誘われるまま沖田と付き合い出してから、数ヶ月。
何もかも承知で―――自分でも気付いていなかった未練もすべて承知の上で、それでもずっと隣にいてくれたのだとしたら。
あまりにも自分が情けないし、沖田に対しても何と言って謝ればいいのかわからない。
それはもちろん、多少なりとも好意があったからこそ付き合ったのであって、完全に自暴自棄になっての結果ではないのだが。
それをすべて受け入れてくれていたのならば。
にできることはせめて、沖田が望む限り、隣にいることではないか。
それはそれで失礼な話になるのかもしれないが、しかしにはそれ以外に、どうやって詫びていいのかわからない。
ぽつりと漏らしたの言葉に、返ってきたのは存外に呑気な声だった。
 
「それも計算の内でィ」
 
意外どころか、まさかと思うような返事に、は思わず振り向く。
思っていた以上の至近距離に、沖田の顔。そこには意地の悪そうな笑みが浮かんでいた。
瞬間、すっと頭の中が冷ややかになる。
 
ああ、そうだ。こういう人だった。この人は。
 
妙な納得と共に、つい今し方まで感じていたはずのものがどこかへと押しやられる。
 
「……腹黒」
「誉め言葉ととらせてもらいまさァ」
 
半眼になって一言そう告げても、沖田は何も堪えていない。
どころか、にやにやと笑みを浮かべたまま。ただでさえ至近距離にあった顔が、ますます近くに寄る。
そのまま素直に口吻けを受けながら、は思う。
 
何もかも承知だったのなら。計算ずくだったのなら。さぞや自信があるのだろう。
なら、その自信を是非とも見せてほしい。
その自信で以って、今度こそ完全に振り向かせてほしい。
未練なんかカケラも残らないまでに、夢中にさせてほしい。
―――やれるものなら、の話だけれども。
 
先程までのしおらしい感情はどこへやら。
の脳裏に浮かぶのは、沖田に対する宣戦布告めいた言葉。
そして、聞こえるはずのないその宣戦布告を確かに受け取ったとでも言うように。の体に回された腕に力が込められる。
 
 
 
まずはこれが、新しい恋への第一歩。



<終>



最後の部分まで計算ずくでの行動だったらいいなぁ、とか何とか。
どうでもいい話ですが、肩書き呼びが好きです。やっぱ萌えます。
というわけでして、今回の「10万HIT記念企画 こっそりリク」
「女隊士で強がりなヒロインを男の度量で包み込む沖田夢」という夕陽様のリクでした!
度量ってより、単に腹黒いって感じがしないでもないですけどね……