さりげなく。何気なく。
 
「ね、銀時。なにか欲しいものってある?」
「あ? そうだなー……とりあえず糖分だろ。あと金か? なに、くれるの?」
 
……聞いた私がバカだった。
嬉々として寄ってくる銀時を手で追い払うと、つまらなそうに離れていく。この金と糖分の亡者が。
でも、私が突然こんなことを聞いた理由に言及しなかったことについては評価してもいいかもしれない。
問い詰められたりしたら、言葉に詰まること間違いなしだったから。やっぱり当日までは内緒にしておきたいし。
別段、私の言動を気に留めるでもなく。へらへらと笑いながらジャンプをめくる銀時を一瞥しながら、安堵はするのだけれども。
コイツにとって私はジャンプ以下の存在なのか。
そう思ったら無性に腹立たしくなって、殴ってやろうかと思いはしたものの、その労力だって無駄だと思えばバカらしくなって、暇も告げずに私は万事屋を後にした。
 
それが、数日前のこと。
 
 
 
 
My Wish



 
十月十日。
元・体育の日。目の愛護デー。空を見る日。萌えの日。
色々あるけれど、私にとって一番身近なのはやっぱりこれだろう。
 
銀時の誕生日。
 
別に銀時が特別というわけでもなく。
ただ単に私が、知り合いの誕生日はとりあえず何らかの形で祝いたくなる性格をしているというだけで。
だけど欲しいものが糖分か金って……銀時らしいと言えばそうかもしれないけど。
言われた私はどうすればいいんだ。
糖分はダメ。お手軽だけど、誕生日プレゼントが糖尿病促進剤ってのはヤバイでしょう。
じゃあお金? でも誕生日プレゼントが現金ってのもどうよ。
それなら自分で考えるか、とも思ったけれど、そこで何をあげたらいいのかわからなくて。
まったく。新八くんや神楽ちゃんは楽だったのに。銀時の場合、下手なものをあげると文句を言ったり、ろくでもないことに使ったり……ほんと、ダメな大人だな。ヤツは。
そんな事をつらつらと考えて。ようやくたどり着いた結論を胸に万事屋の玄関を開ける。
相変わらずグータラしてる三人。中でも特にダラけきってる人間の襟首を掴むと、私は問答無用で引きずり出す。

「は? ちょっ、おまっ、挨拶も無しにいきなり何してんのオイィィィ!!?」

雑音は無視。とことん無視。
後ろでひらひらとハンカチ振って見送ってくれている新八くんと神楽ちゃんに手を振り返して。
私は銀時を引きずったまま万事屋を後にした。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
それから時間が経つのはあっという間。
気付けばお日様は地平線の向こう。
常夜灯が灯る公園のベンチ。隣にはぐったりとした銀時。心なしか白く燃え尽きて見えるのは気のせいだろう。だって元から白いし。頭は。
それでも疲れてるだろうとイチゴ牛乳を差し出したら、溜め息混じりに受け取られた。別にお礼の言葉を期待してたわけじゃないけど。何となく面白くない。
そのまま二人黙りこんだまま、イチゴ牛乳を口にする。甘ったるさが、疲れた体に染み渡る。
私たち二人にしては不気味なまでの沈黙。それを破ったのは銀時の二度目の溜め息だった。
 
「ったくよォ。せっかくの誕生日に俺はなんで朝から晩まで働いてたんだ? パァだろ。なんか色んなモノがパァだろ、これじゃ」
「心配しなくても、銀時の人生は元からパァじゃない」
「お前なに勝手に俺の人生全否定してんの!?」
 
私はただ思ったままを口にしただけなんだけど。
それはそれとして。
もう一度、私は銀時に差し出す。今度は封筒を。
何も言わずに受け取った銀時は、中身を見て「なんか多くね?」と疑問を口にする。どうやら封筒の中身が仕事の報酬だとは予測してたようだ。
 
「イヤ、マジ多いってコレ。あのオヤジ、計算間違ってんじゃねェの?」
「間違ってないよ。それ私の分も入ってるし」
「あ、そういうコト―――
「まぁ銀時にあげるけど」
 
さらりと言ってみる。
そのままさらりと聞き流してくれれば、まだ良かったものを。
最初は、単に瞬きをしただけだった。
そして次に何やら考え込んだかと思うと、一人勝手に納得したようでポンと手を打つ。
納得した結論を確認するためか、銀時は手のひらを私の額に当てる。もちろん私は平熱。心配されなくても熱なんか無い。って言うか、なんでいきなり私の熱を計るわけ?
疑問に思ったのも束の間。
驚愕の色も露わにした表情の銀時に、がしっと両肩を掴まれたかと思うと、がくがくと揺さぶられてしまった。
 
「ちょっ、おまっ! 何食った!? どんな怪しげなモン食ったんだ!? ありえねェだろ! オメーがそんなこと言うなんてありえねェだろ!!」
「黙れこのパー。自分で言ったんじゃない。金欲しいって」
 
だからって現金をあげるのは憚られるし。
じゃあどうするかって考えて出した結論が、現金そのものじゃなくて、日雇いでお金くれる仕事を斡旋してあげること。
私の分の報酬は、オマケというか、まぁ誕生日だからサービスということで。
それなのに、なんて失礼な。侮辱罪で訴えて勝つぞ。
肩に置かれた手を払いのけながら説明すると、少し考えてようやく合点がいったらしい。「ああ、あン時の」と銀時が頷く。
 
「なんだよ。始めっからそう言えよな。俺はお前がおかしくなったんじゃねェかとマジ心配して―――
「南極の海で溺れて頭冷やしてきやがれ、この腐れ天パ」
 
どうしてこう、銀時は一言どころでなく余計なことを口にするんだろう。
呆れたところで、今更この性格が改善されるわけもなし。結局、周囲が諦める羽目になるだけだ。
空になったイチゴ牛乳の容器を手に立ち上がる。
もう用事は済んだし。ゴミ捨てて帰るに限る。思ったよりも遅くなっちゃったし。
 
「ま、そういうワケだから。誕生日おめでと。じゃーね」
 
ひらひらと手を振りながら、ゴミ箱を探す。
ちょうど公園の出口の方向に一つ発見。ちょうどいいやと歩きかけたところで、掴まれた腕。立ち止まる足。振り向く顔。
怪訝な表情は、目を見開いたまま固まることになった。
振り向いた目と鼻の先には、常夜灯に照らされた銀時の顔。その表情はいつになく、至極真剣。
その近距離に驚いたのか、表情に驚いたのか。
わからないまま、私はされるがまま。我に返った時には、口唇に重ねられた温もりをただ感じていた。
いつもの私なら即座に撥ね返すだろう銀時の所業に、今この時に限ってはそんな気分にならない。どういうわけだか。
このままでもいい。そんな気分に駆られて目を閉じると、程なくして銀時が私から離れる。
物足りない。
胸中に浮かんだ思いを他所に、私の口から出たのは、我ながら可愛くもない言葉だった。
 
―――正気?」
「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ。殴りかかってこねーじゃん。どうしたの、お前?」
 
うん。それは自分でも不思議に思う。
けれど、他人から指摘されると腹が立つ。って言うか、やっぱり一言余計だ、コイツは。
そうは思うけれど。それでも。
 
「……ま、誕生日だしね」
 
口から零れた言葉は理に適っていると思うのに、それでも胸に落ちることはない。
私の本音はどこにあるのだろう。
当の私が腑に落ちていないというのに、銀時は特に不審に思うこともなかったらしい。
頭を掻きながら、気だるげな様子で口を開く。
その姿に、今さっきまでの口吻けの余韻なんてどこにも見当たらない。それはきっと、私自身にも言えることなのだろうけれど。
 
「そうなんだよ。誕生日だってのに、俺の前にはお前しかいねェんだよ」
「銀時に人徳が無いだけでしょ」
「誕生日でなくたって、俺にはお前しかいねェけどな」
 
私の言葉を聞いていたのか聞いていなかったのか。
再び目の前に浮かぶ、真剣な銀時の表情。
今度は、驚きはしなかった。
驚く暇も無い。言われた事を理解するので精一杯だというのに。
何の冗談? だとか。ふざけたこと言わないでよ、だとか。
そんな台詞が頭の中ではぐるぐると回るけれど、どういうわけだか口から出ようとはしない。
ぽかんと、間が抜けたように口を開けている今の私の表情は、さぞや滑稽だろう。思わずそんなどうでもいい考えが脳裏を過ぎる。
 
「金なんかじゃねェんだよ。俺が本当に欲しいのは」
 
じゃあ、何? 何が欲しいの?
問いかけるだけ、野暮なんだろう。ここまで来たら。
理屈じゃない。感覚で、私は再び目を閉じる。
もう一度、重ねられた口唇。
引き寄せられる身体。深まる口吻け。
力の抜けた手からすべり落ちたイチゴ牛乳の容器が、地面に当たってカランと音を立てる。
けれどもそれを気に留める余裕は、今の私には無い。
何も考えられない。今この瞬間が続くよう願うことすら、できない。
ただただ夢中で互いに舌を絡ませ、貪り合うだけ。本能に突き動かされているかのように。
 
 
 
本当に欲しいもの。
銀時が耳元で私の名前を囁いてくれたのは、その数分後―――



<終>



銀ちゃん、お誕生日おめでとう! ってことで。
何とか書けた。ああ書けた。良かった……
さて。問題は、エロの書き方をすっかり忘れてしまっている自分に気付いた事です。おぉう、どうするよ…
それより何より、名前変換無いんですけど、これ!!!(今気付いた…)