『あなたのことが、好きです―――
 
それは昨夜。
酔いと絶頂に飲まれて意識が落ちる寸前、耳にした言葉。
焦点も定まらなくなっていた目に映ったのは、酷く切なげに微笑む女。
―――名前もろくに知らない、女中だった。
顔だけは覚えていた。ただそれだけの、繋がりなど無いに等しい相手。
抱いたのは、酔った勢いでしかなかった。女ならば、誰だろうとも構わなかっただろう。
悩ましげな嬌声も、吸い付くような白い肌も。とりたてて気を惹かれるものではなかったのだ。
ただ―――霞がかった記憶の中に、切なげな表情がやけにくっきりと残っている。
今にも泣きだしそうな顔で、それでも無理に浮かべたかのような微笑。そして紡がれた言葉。
確かに見て、そして聞いたのだ。
だが翌朝、蛻の殻となった布団と、何事もなかったかのように働く彼女の姿に、次第に確信が薄らいでいく。
何もかもが幻だったのではないか。都合のよい幻覚だったのではないか。
そう考えてしまったが最後、あとは理由のわからない焦燥に駆られるだけだった。
たかが女一人。どこにでもいる平凡な女。
割り切るために決め付けようとしても、最後に辿り着くのは記憶の中の彼女の顔。どれほど確信が揺らごうとも、その記憶が霞む気配はまるで無い。
確かめたい。昨夜の出来事が幻ではなかったという事を、直接、彼女に。
その理由はわからぬまま、周囲からさり気なく名前を聞き出し、呼び出したものの、しかしはどれほど問い詰めても頑ななまでに昨夜の事を否定する。
が頑として否定すればするほど、土方も意地になる。
だから―――嫌がるを、無理矢理に抱いた。抱けば、昨夜の言葉が聞けるかと思ったのだ。
施す愛撫に、あっさりと従順になる身体。けれども、どれほど追い詰めようとも、は決してその言葉だけは口にしようとしない。
ただ快楽に溺れ、喘ぎ―――そして、泣いた。
快楽による生理的な涙ではないことは明白だった。
泣き出した理由が何であるかは、正確にはわからない。わかるのは、それ以上、を追い詰めることができないということくらいで。
達した途端に気を失ったの顔は、存外に穏やかなものだ。
涙に濡れた頬と、白い肌に映える紅い痕、汗と愛液に塗れた身体。情事の激しさを物語るそれらとは不釣合いなほどに。
 
……」
 
呼びかけてはみたものの、の表情はぴくりとも動かない。
それはそれで構わない。むしろ好都合だ。
の真意がわからない以上、土方としても伝えるつもりはない。たとえそれが、子供のような意地の張り合いでしかなくとも。
 
「……好きだ」
 
やはり動かない、の表情。
今朝まで名前も知らなかった女に対する言葉とはとても思えず、自分のことながら土方は苦笑を浮かべるしかない。
しかし、それ以外に表現しようがないのだ。
事あるごとに脳裏に蘇る、切なげな笑みと、か細い声で紡がれた言葉。
きっとあの瞬間から、に囚われていたのだろう。
でなければ、ここまで胸が締め付けられることも、たった一言を渇望することもなかったはずだ。
やや青ざめたの頬を拭うと、静かに口唇を重ねる。
それは、今日初めて交わす口吻け。
散々に嬌声をあげていたその口唇も、今は閉じたまま、何の反応も示さない。
―――この口唇から昨夜の言葉が聞けるのは、一体いつになることか。
もしかしたら、この先ずっと聞くことはないのかもしれない。今日のの様子を見れば、少なくとも自身はそのつもりなのだろう。
だが土方はそうさせるつもりはない。
必ず、もう一度、この口を開かせてみせる。
ぐったりとした身体を腕の中に収める。手放すまいとするかのように。
快楽よりも何よりも、たった二晩で自身に溺れきってしまっている自身を自覚しながら、土方は目を閉じる。
 
せめて翌朝、目覚めた時に、が腕の中に留まっていることを願いながら―――



<終>



実のところ、こっちの部分をメインで書きたかったって思いも無きにしもあらず(笑)
だから、タイトルの「ロマンチカ・リアリスト」ってのは土方さんのことだったりします。
えー……大河スペシャルの「土方歳三 最期の一日」をご覧になった方は、わかるかもしれませんが。
根はロマンチな現実主義者。なんかすごい萌えツボに来たんですよ……