証言1
「旦那ァ。さっきさんが産婦人科医院から出てくるのを見たんですけどねィ。
まさか何か心当たりあったりしやせんよねィ……?」
証言2
「昨日、姉上がデパートでさんに会ったそうですよ。
一緒にベビー服選んだって……銀さん? あれ? どうしたんですか、銀さん!?」
覚悟、完了
「銀ちゃん、さっきからどうしたアルか?」
「さあ……」
万事屋には、いつもの面々が揃っている。
いつもと違うのは、自分の机で銀時が真っ白になって頭を抱えていることか。
しかし新八も神楽も、それを気に留めたのは束の間のこと。どうでもいいことだと判断したのか、「定春と酢昆布買いに行って来るネ」「じゃあついでにティッシュ買ってきてくれない?」と日常に戻っていく。
だが、仮に二人が心配して声をかけたところで、銀時の耳に入ったかどうかは非常に怪しいものである。
それほどまでに、銀時の思考は一つの―――いや、一人のことで占められていたのだ。
自分には勿体無いと流石に思ってしまうほどに、可愛くて優しくて人懐こい、銀時の恋人。。
何がどうなって銀時の彼女などという位置についてくれたのか、恋人であるはずの銀時自身ですら疑問である。周囲にしてみれば余計に謎なのであろう。どんな弱味を握ったのかと散々に銀時を詰った挙句、最終的には「は特殊な男の好みをしてるのだ」という結論に落ち着いたらしい。
それはそれで銀時だけでなくにも失礼ではないかと思うのだが、それはこの際どうでもいいのだ。
問題なのは、の趣味の悪さでも銀時のどうしようもない人間性でもそんな二人の関係でも何でもない。
現在銀時の思考を占めているのは、昨日から今日にかけて告げられた二つの話題である。
曰く「が産婦人科医院から出てきた」。
曰く「がベビー服を選んでいた」。
どちらか片方だけならば、それに対する何かしらの理由を幾つも挙げる事ができたであろう。
だが二つをほぼ同時に示されたとなれば―――思い当たる理由は、実のところ一つくらいしかなかったりする。
心当たりなど、あり過ぎるほどにある。あの時か、それともあの時か、などと原因と思われる日を特定しようとしたところで徒労に終わるほどだ。
ただ一つだけはっきりしていることは、このまま知らぬ振りをしていていいはずがないということだけだ。
はまだ何も言ってはきていない。昨日の今日であるからして当然なのかもしれないが、それを抜きにしたとしてもが何も口にしない可能性はある。
何せ自分のことを後回しにしてでも他人に気を遣うなのだ。銀時に迷惑がかかると判断されてしまえば何も言わず、最悪そのまま姿を消してしまうかもしれない。
もちろん銀時がそんなことを黙って見過ごせるはずもない。
ならば取るべき行動はただ一つ。腹を括るだけである。
突然の事に驚いたものの、どうせいつかは通らなければならない道だ。それが不意打ちで目の前に現れたというだけの話だ。
ようやく銀時の顔に生気が戻り。
その数時間後には、緊張した面持ちでの家の前に立っていた。
すでにその場に立ってから30分は経過しているであろうか。
通行人から不審の目を向けられようとも、やはり今の銀時にはそれを気にする余裕が無い。
来てしまったのはいいが、一体何をどう切り出せばいいのか。
まずは普段通りに振舞ってその後さりげなく、という計画は立てていたものの、その「普段通り」の振る舞いが一体どういうものだったか、今更になってわからなくなっている。
第一声でどう声をかけるべきかすらわからなくなり、悩みだして早30分。
「あれ? 銀ちゃん、どうしたの?」
遊びに来てくれたの? との言葉に考えるよりも先に振り向けば、そこにいたのは当のだった。
どうやらは出かけていたらしい。留守宅の前で延々と悩み続けていたというのも何やら間抜けな話ではあるが、この際それはどうでもいい。
買物帰りなのだろう。ビニール袋を提げたは、小首を傾げて銀時の返答を待っている。
笑みを浮かべたその姿は本当に可愛い、どれだけ見続けていても見飽きない、やっぱり自分には不釣合いなほどに素晴らしい恋人だと、この状況にはあまり関係のないことが銀時の脳裏を過ぎる。
だが、いつまでも黙り込んでいるわけにはいかない。が不審に思ってしまう。
覚悟はしたつもりだったが、心の準備はできていなかったようだ。不意に背後から現れたに対し、それでも当たり障りの無い挨拶をしなければと思えば思うほど、銀時の内に焦りが生じ。
ついでに、意識しないようにしていても、つい視線はのお腹へと向かってしまい。
あーあそこに俺とのガキが、などと考えてしまった途端、銀時の口は勝手に動いていた。
「あーイヤもう責任取っからっつーか取るに決まってんじゃんむしろ取らせてほしいっつーか取らせてくださいお願いしますがいねーと生きてけねェんだよ俺は頼むから確かに無職に近いかもしんねーけどそれでも何とか仕事はあるしお前と子供二人養うくらいどうにかできっからさだからまず俺に相談しよう俺に何のための恋人だと思ってんの俺にだってテメェのケツくらいテメェで拭く程度の甲斐性はあんだよわかってんのわかってねーだろイヤそりゃ頼りねェかもしんねーし信用ならねェかもしんねーけどけどやる時はやるよ俺はだから文句言わずツベコベ言わず今すぐ結婚しよう俺の嫁に来いって言ってんだよ銀サンは!!!」
一息で捲くし立て、なけなしの金で買ったバラ一本をへと差し出す。
指輪の一つでも買っておくのが本来の筋なのであろうが、家賃どころか生活費にすら困窮している銀時にとって、それは無理な相談である。しかも突発的事態だ。バラ一本とはいえ、これでもジャンプ一冊我慢しているのである。
そのバラを差し出されたは、唐突な出来事に目を瞬かせていた。
まず、何を言われたのかがわからない。責任と言われても何の責任なのか。しかも早口で捲くし立てられても、すべてを正確に聞き取れた自信がには無い。
自信が無いなりに、それでも聞き取れた言葉はある。
早口で一息に捲くし立てられた、最後の言葉。そこだけが何度もの耳の中に繰り返し響く。
銀時にとっても不意打ちだったが、にとってもそれは不意打ちで。
おかげで買物袋の中身を早く冷蔵庫に片付けなければならないことも忘れて、は呆けてしまったのだけれども。
「―――うん」
差し出されたのはバラ一本。指輪でも何でもない、一輪の花。
それでもその言葉が冗談や酔狂から出たものでないことくらいは、銀時の表情を見ればわかるから。
真紅のバラを受け取り、は嬉しそうに頷いたのだった。
「え? あ、うん。友達が赤ちゃん産んだからお見舞い兼ねて見に行ったの。退院したら出産祝いあげようと思うんだけど、ベビー服もいいけどオモチャもいいよね。どう思う、銀ちゃん? あれ? 銀ちゃん、どうしたの? 銀ちゃん?」
十数分後。
誤解に気付いた銀時がまたも真っ白になって頭を抱え込んだのは、また別の話。
<終>
結果オーライ、って話です(笑)
いやもう、本当にそれだけ。
|