えいぷりるふーるってヤツは
バタバタと廊下を駆けてくる足音が耳に届く。
自室で一人静かに刀の手入れをしていた土方は、その音に顔を顰めた。
煩いながらも、どこか軽快さを感じさせるその足音をたてる人物は、ここ真選組屯所には一人しかいない。
次第に大きくなる足音。どうやらこの部屋に近付いてきているらしい足音の主に、土方は溜息をつきつつ手入れ途中の刀を鞘へと納める。この部屋へとやって来られたが最後、邪魔されないわけがないのだ。
カチン、と刀が鞘に納まりきるのと、バシン、と障子が一杯に開かれるのと。それはほぼ同時だっただろうか。
「副長なんか大キライだコノヤローっ!!!」
振り向く暇も無かった。
突然の大声に驚いている間に、声の主はバタバタと駆け出していってしまった。
脳を直接揺さぶられるような大声に頭を押さえ。
言われた内容を理解した時には、土方はさらに頭を押さえる羽目になった。
足音と声の主―――が理解しがたい行動をとるのはいつもの事で。意味不明な言葉を投げつけてくるのもいつもの事で。
いつもの事ではあるのだが。
それでも面と向かって「キライだ」と言われたのは初めてである。普段からバカだの何だの罵詈雑言のオンパレードを叩きつけてくる女ではあるが、それでも真正面から厭われた事は、一度も無い。
一体、自分が何をしたと言うのか。
のことだからどうせ理不尽な理由に拠るものではあろうが、それにしたところで気分のいい話ではない。
ここ数日の自分の行動と、ついでに目に見えた範囲でのの行動も思い返してみたものの、これといって思い当たる節は無い。
が怒り心頭に来そうな事といえば、約束を破られただとか、好きなドラマを録画したビデオに別番組を重ね録りされただとか、楽しみにとっておいた菓子を食べられただとか―――くだらない事まで数え上げればキリがないが、そういった些細な事もこの数日はしでかしていないと、土方は断言できる。
ならばは一体何に怒っているのか。
本人に聞けば早いのだろうが、が素直に言うかどうか。
せめて理由ぐらい吐き捨てていけばいいものを……と土方が頭を抱えているところへ、ひょっこりと外から顔を覗かせたのは沖田。
「何してんですかィ、土方さん」
「なんでもねーよ」
「にフラれたのがそんなにショックでしたかィ」
「フラれてねェェェ!!!」
それ以前に付き合ってもいない。好きだとすら言っていない。
どうやらのあの大声は沖田の耳にまで届いていたらしい。からかわれるネタをまた一つ提供されたことに、土方はますます頭が痛くなるような心境だった。
だが、普段であればここぞとばかりに徹底的に土方をからかい尽くす沖田なのだが、この時ばかりは違っていた。
視界の端。廊下を曲がったところからちらりと見えた人影。
目の前で不機嫌そうに視線を逸らしている土方はこの際横に置いておくことにして、沖田は目指す人物へと真っ直ぐに足を進める。
果たして、曲がり角に隠れていたのは当の。
「あは。見つかっちゃった」と笑ってはいるが、照れているだけにしては頬の染まり方が尋常ではない。熱でもあるのではないかと思うほどだ。
「何だったんでィ。今のは」
「え。隊長にまで聞こえちゃいました?」
「俺どころか、屯所中に聞こえてるぜィ」
どうやら自分の声の大きさというものをは自覚していないらしい。
元々地声が大きいのか。そこに加えて女の甲高い声というものは遠くまで伝わりやすい。
言っている内容までは聞き取れずとも、また彼女がどこかで騒いでいるということくらいは、屯所中に知れ渡っているだろう。
それをわかっているのかいないのか、「え〜。それは困っちゃうなぁ」とちっとも困っていないかのような表情では首を傾げる。
喜怒哀楽が激しい目の前の娘は、それでも心底困った羽目に陥るという事が今までなかったように思う。普通であれば困り果てる場面であっても、根拠も無く大丈夫だと思っている節がある。実際、それで大方のことは乗り切っているし、乗り切れなくとも周囲がどうにかしてしまうのだから、結局はどうにかなってしまうのだろう。
衆人環境に恵まれた楽天家ほど無敵な存在は無いと、沖田ですら思う。
その無敵であるところのは、頬を染めたままにこやかに言い放った。
「一世一代の告白、してみたんですけどね」
上気した頬が、その言葉に嘘偽りがないことを示してはいるものの。
ではいつどこで告白をしていたというのか。沖田にはまるで見当がつかない。
もちろん問い質したのは、つい今し方の土方に対する「大キライ」宣言についてであるのだから、の返答もそれについてのものでしかないはずである。
しかし、どこをどうしたら「大キライ」が告白になるのか。
相変わらずの摩訶不思議理論を組み立てるの思考。さすがの沖田にもついてはいけない。
意図が通じていない事にも気付いたのか。「隊長、忘れてるんですか?」と笑う。
「今日はエイプリル・フールですよ?」
「それがどうしたんでィ」
「だから、嘘つかなきゃならない日じゃないですか」
違う。それは断じて違う。
確かにエイプリル・フールは嘘をついてもいい日ではあるが、嘘をつかなければならない日ではない。
だがこれで合点がいった。
が嘘をついたつもりだと言うのならば、先程の「大キライ」は裏を返して「大好き」になるのだろう。
それならば確かに一世一代の告白になる。
なるのだが。
「でも土方さんには通じちゃいなかったぜィ」
当然だ。の普段の言動からして、あれが嘘だと判断できるはずもない。たとえエイプリル・フールだということを念頭に置いていたとしても、まさかがそんな告白をしてくるとは誰も思わないだろう。
だがはそう思っていないのか。
にこにこと笑っていたのが、すっと表情を無くす。
普段から自分中心に物事を動かしているのこと。一世一代の告白に気付いてもらっていないという事実に、理不尽な思考回路で腹を立てているらしい。
もちろん土方にしてみれば完全なる逆恨みでしかない。
だからと言って、無言で土方の部屋へと戻るを止める義理は、沖田には無い。
「―――この鈍感っ! 甲斐性なしっ!! スケコマシっ!!! 死ね副長〜〜っ!!!!」
「いきなり何すんだこのアマァァァ!!?」
今度はエイプリル・フールも何もないだろう。
見当外れの怒りでもって理不尽な罵声を土方に対して浴びせているの、それは本音以外の何物でもないに違いない。
「こりゃ当分、進展は無さそうでさァ」
傍から見れば明らかに両思いなのだが、しかしその方があの二人らしくもある。
きっと室内で刀を振り回していることだろう。が暴れている気配を感じ、沖田は影から笑いをこらえながらその場を離れたのだった。
4月1日。エイプリル・フール。四月馬鹿。
この日に限っては誰しもが、嘘をついても許されてしまうという、特別な日。
ではあるが。
決して、口から出た言葉がすべて嘘として相手に伝わる日ではないということを、彼女は未だ知らない……
<終>
エイプリル・フール当日に舞い降りてきたネタでした。
突貫なので、誤字脱字あっても勘弁してくださいまし……
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