しんしんと。
ただ静かに、雪が降る。
 
 
 
雪景色 〜雪中花〜



何もかもを包み隠すように、雪は降り積もる。
その色は、清浄なる白。
まるで世界が浄化されていく錯覚すら覚える。
それが錯覚でしかないのだとわかっていても。
その錯覚ですら、雪が解けるまでのものでしかないのだとわかっていても。
 
 
 
その幻想に縋るように、手を伸ばす。
 
 
 
身体に舞い降りる雪。
いっそ雪に埋もれてしまえば、世界と同じく浄化されるのであろうか。
この、血に塗れた身体も。
それが錯覚でしかないのだとわかっていても。
それでも、雪が解けるまでの間は、清浄な身でいられる。
 
 
 
彼女に触れられる、身になれる。
 
 
 
―――沖田さん?」
 
無音の世界を打ち破る声。
ひどく耳に心地よく―――それでいて、胸を締め付けてくるような。
そのような声の持ち主は、ただ一人。
声をかけられた沖田は、普段の彼には似つかわしくなく、のろのろと首を巡らす。
視線が捕らえたのは、予想通りの人物。
彼女が―――が佇んでいた。
傘をさし、首をかしげ。その顔には、どこか困ったような笑みが浮かんでいる。
 
「どうなさったんですか? 傘もささずに。風邪をひいてしまいますよ?」
 
子供をあやすかの物言い。
普段であれば文句の一つも言ったであろう子供扱いも、今は反論する気にもならない。
 
「沖田さ―――
さん。雪ってのは、どうして降るんでしょうかねィ?」
 
彼女の言葉を遮り、口を開く。
答えが聞きたいわけではなかった。
ただ無性に、何かを吐き出してしまいたかっただけで。
 
「雪ってのは、綺麗なモンですぜィ。
 綺麗に、汚れた物をすべて覆い隠してくれる。
 この俺の身体ですら……」
「……沖田さんの身体は、汚れてなんかいませんよ」
 
変わらず困ったような笑みを浮かべる彼女。
突然こんなことを言って、戸惑わせているのは、沖田自身にもわかっている。
それでも、口に出してしまったのは。
 
「そうですかねィ。
 俺は……人殺し、なんですぜィ?
 警察だなんて建前だけ取り繕ったところで……ただの、人斬りなんでさァ」
 
だから、清浄そのものの彼女に触れることなど、できないのだ。
他人の血が染み付いているこの手には、そのような資格、あるはずもない。
沖田は自嘲の笑みを浮かべる。
 
「時々、感じるんでさァ。
 この手に他人の血がべったり付いて、拭っても洗っても落ちやしない―――
「沖田さん」
 
言葉が、やんわりと遮られる。
今度遮ったのは、
相変わらずその顔には、困ったような笑みを浮かべて。
 
「沖田さんの手は、汚れてなんかいませんよ?
 少なくとも私の目には、そう見えません―――それだけでは、駄目ですか?」
 
雪の中、ゆっくりと沖田に歩み寄り、その手をそっと取る。
大切な壊れ物を扱うかのように、そっと。
 
 
 
卑怯だ。
彼女がこういう反応をすることを見越して、胸の奥の濁りを吐き出すのだ。
己のことながら、反吐が出るほどに醜い行為。
この濁りは、決して浄化されることはないのだろう。
たとえ、雪に埋もれたとしても。
たとえ、彼女の存在に満たされたとしても。
 
「……さんには、敵いませんや」
 
醜い自分を押し殺し、苦笑する。
そうすれば、も安心したのか、その表情から困惑が抜け落ちる。
 
 
 
彼女は優しい。
優しすぎる。
 
だからこそ。
 
己の醜い部分まで、もしかしたら受け入れてくれるのかもしれない。
たとえそれが、彼女の清浄さには酷なものだとしても。
 
 
 
雪とともに、この醜さも解けてしまえば楽になれるのだろうか。
詮無いことを考え。
差しかけられた傘の下から、舞い降りる雪を見つめた。



<終>



ニセ沖田総悟登場、てな感じですね。
どうでもいいことですが、ヒロイン年上設定なのです。これ。