天気は良好。機嫌は上々。
その上、隣で恋人がにこにこと笑っているならば、絶好のデート日和。
さすがの銀時も、ここで家に戻ろうというつもりにはなれない。
差し出された手を軽く握れば、そっと握り返される。
ただそれだけのことにすら、そこはかとなく幸せを覚えつつ。
顔を綻ばせるの手を引き、銀時は歩き出した。
本日ハ晴天ナリ
口数が多いわけではない。
ぽつり、ぽつりとの口から落とされる言葉。零れんばかりの笑顔。手の平に伝わる温もり。
言葉少なくとも、決して退屈などではない。むしろ、いつにない心地よさすら感じるほどだ。
思い返せば、と付き合いだしてからというもの、こうして共に外を出歩いたことなど数えるほどしかなかったかもしれない。
共に時間を過ごすのは、ほとんどが万事屋の屋内。もしくは買物先。
それでもは文句一つを言うでもなく、にこにこと銀時の隣で幸せそうに笑っていた。
―――甘えてしまっていたのだろう。そんなに。
今までのが、実は不幸だったなどとは思わない。確かに幸せだったろうと、その笑顔を見ていればわかる。
けれども今のは、今まで以上に幸せそうに見える。
ただ隣を歩いているだけだというのに。
こんなことならば、もっと早く外へと連れ出せばよかったと思うものの、後の祭り。
とは言え、遅すぎたということもないであろう。
普通の恋人らしい、普通のデート。
行き先を特に決めていたわけではないが、デートとなれば定番の場所というものが存在するわけで。
目指していたわけでもないのに、ふと目に入ってきたのは映画館。
これで恋愛映画でも見れば、まさにデートに相応しい。恋愛映画など銀時の柄ではないが、きっとは喜ぶだろう。
そう思い提案したならば、案の定、は嬉しそうに頷く。
その笑顔が銀時は嬉しくて、上機嫌で映画館へと入った。が。
「―――銀ちゃん、面白かったねぇ」
「……だな」
映画館を出てきた時には、にこにこと笑うとは対照的に、銀時はどこか遠い目をしていた。
何しろ、目をつけた恋愛映画は人気作品らしく、終日満席。
席が空いていて尚且つすぐに観られるものと言えば、アニメ映画しか無く。
それでもせっかく来たのだからとに言われ、観てしまったのだ。
しかしいくらデートでも、二人きりでも。アニメ映画では、ムードも何もあったものではない。少なくとも、いい年した男女がデートの最中に見るような映画ではない。
が「楽しかった」と口にするのも、気を遣っての発言にも聞こえ。
どうしても銀時は、凹まざるを得ない。
「銀ちゃん? どうかしたの?」
不意にが銀時の顔を覗きこむ。
怪訝そうな、不安そうな。
ここで下手な反応を見せれば、ますますに気を遣わせてしまうに違いない。
これ以上、を困らせることだけは避けなければならない、と銀時は「なんでもねぇよ」と軽く否定する。
そして不審に思われる前に、とそのまま話題を転換させることにした。
「そう言えばよォ。美味いパフェ食える店が、確かこの近くにあるんだわ」
やや強引な話の進め方だったかもしれないが、は特に不思議には思わなかったらしい。
「行くか?」と銀時が問うと、素直に頷いている。にこにこと、相変わらずの笑顔で。
まだ大丈夫。の機嫌は良好だ。
とは言え、不機嫌な顔を見せられたことなど、銀時の記憶には一度たりとて無いのだが。
気を取り直した銀時は、再びの手を取る。
きゅっと握り返されるその手に幸せを覚えたならば、もはや映画のことは記憶の彼方。
美味しいと評判のパフェを食べたならば、デートらしい雰囲気にはなるであろう。
確信を胸に、銀時はと並んで歩く。
ぽつりぽつりと、言葉少なながらも映画の感想を述べるの声を耳にして。
話の内容よりも、声そのものに心地よさを感じてしまうあたり、重症なのかもしれない。
そんなことを感じながら。
目当ての店は、映画館からさほど離れていない場所。つまりは歓楽街。
立地条件もさることながら、評判の店となれば―――
「―――美味しかったねぇ、パフェ」
「…………」
にこにこと満面の笑みを浮かべて店から出てきたに対し、銀時はもはや言葉も無かった。
何せ、席に案内されるまで一時間以上待たされた挙句、食べ終わったならばさっさと出て行けと言わんばかりの雰囲気。
確かに歓楽街で評判もよければ、客が多いのも仕方がないことなのだろう。
しかしデートの甘ったるいムードなど真っ向から否定されてしまったような、そんな店内の雰囲気。
誰が二度と来るか、と銀時は胸中で悪態を吐く。
それよりも気になるのはの反応。
パフェ一つに一時間も待たされ、普通ならば少しくらい不機嫌になってもいいだろうに、相変わらずにこにこと笑っている。
ここまで来ると、やはり銀時に気を遣って笑みを浮かべているのではないかという疑念を抱かずにはいられない。
恋人に気を遣わせるようなデートがあっていいものだろうか。
ますます気を落とす銀時。そんな姿を見せれば余計にに気を遣わせるだけだとわかっていても、どうにもならない。
日も沈みかけている事だ。デートは後日仕切り直した方がいいのかもしれない。
そんな思いが過ぎる銀時の腕が、不意に引かれた。
視線を向ければ、引いているのは。
大人しいが、どのようなことであれ自分から銀時に絡んでくることなど今まで無かった行為だ。
「銀ちゃん。あのね。ちょっと行きたいところがあるの」
「え? イヤ、? ちょっ、待……っ!!?」
腕を引かれただけでも驚きだというのに、は強引にその腕を引いて歩き出す。
いつになく積極的なに、銀時はどう反応してよいのやらわからず、腕を引かれるままについていく。
が言葉少ななのは常のことではあるが、無言のままというのもまた珍しい。
おまけに、いつも浮かんでいる笑みも消え、口元はきゅっと引き締められている。
まさかデートのあまりの惨状に、どこだかで別れ話を切り出すつもりではないだろうか。
脳裏を過ぎった不安に、銀時もまた無言でに腕を引かれて歩く。
無言のまま幾分か早足で進む男女二人。
日も落ち、西の空に夕焼けの名残が残る頃合になって、ようやくは足を止めた。
辿り着いた先は、高台にある公園の、見晴らしの良い場所。西側に開けたその場所は、もう少し早く来ていれば見事な夕陽が拝めたに違いない。
絶好のデートスポットなのであろう。事実ここへ来る途中の公園内にはカップルの姿がやけに目立った。だが夕陽は沈み、かと言って星を見るには少しばかり早い、中途半端な時間。今に限ってはこの場所は銀時と二人が独占状態だった。
状況が状況でなければ、素直に楽しめたかもしれない。しかし今。は黙りこくり、銀時もまた何と言ってよいのやらわからずにいる。
そのままどれほどの時間が経過しただろうか。
頭上で輝きを増す星が一つ二つと増えだした頃。ようやくというか、が反応を見せた。
銀時の着物の袖を掴んだままだった手にきゅっと力を込め。何かを決心したかのような面持ちは、けれども今にも溢れそうな涙を堪えているようにも見えた。
「ぎ、銀ちゃん……その、ね。もしかして、その……私のこと、好きじゃなくなっちゃったの?」
「……はァ!!?」
何がどうなったら、そんな結論に辿り着くと言うのか。
むしろそれは銀時の方こそ問いかけたい疑問ではある。今日のデートの惨状からして、に嫌われる要素はあれども、銀時自身がを嫌わなければならない要素などどこにもありはしないではないか。むしろそんな事はこの先一生ありえないと誓ってもいいほどだ。
訳がわからず思考停止に陥ったのは束の間、我に返った銀時は慌ててにそう思う理由を問い質す。勘違いされた挙句に「このまま別れよう」などと言われでもしたら堪ったものではない。
「だって……だって銀ちゃん、今日、楽しくなさそうな顔してたから……」
の言葉に、思わずしかけた舌打ちを銀時は慌てて押しとどめる。そんな所作を見られては、更に誤解を増す事請け合いだろう。
楽しくなかったわけではない。
ただ、思い通りに事が運ばない現実に苛立っていただけだ。それもに対してではなく、世間に対して。
そして今は、その苛立ちをに対してまるで隠せていなかったらしい、自身に対して。
おかげでがこんな勘違いをしてしまったのだ。
だが過ぎた事を悔やむのは後でもできる。今はとにかくの思い込みを訂正しなければならない。
「あ、アレはお前、アレだよ。せっかくのデートが上手くいってない気がしただけで―――」
「私は楽しかったよ? 映画も面白かったし、パフェも美味しかったし! でも銀ちゃんは……」
銀時がどうにか取り繕おうとした傍から、とうとうは泣き出してしまった。
どちらかと言えば銀時の方が泣きたい心境である。何がデート日和だチクショー、と胸中で悪態を吐きつつ、一体どうすればを泣き止ませ、その誤解を解けるかに頭を悩ませている。
に泣かれるのは弱いのだ。それは銀時に限らず、世の男ならば誰だとて自分の彼女に泣かれる事態には弱いだろう。何をどうしてよいのやらわからなくなるのだから。
だが、わからないからと言って匙を投げる訳にはいくまい。そんな事をしては別れられるのがオチである。
悩む間にも、時間は淡々と過ぎていく。このままでは泣いたままが駆け出していってしまうかもしれない。
そんな最悪の事態の予測が脳裏を過ぎった瞬間、銀時は反射的にを抱きしめていた。
「俺だって楽しかったっつーのマジでイヤマジだからコレ。俺はと一緒にいられりゃ何だって楽しいんだよイヤマジだってマジ。だけど今日は目当ての映画観られなかったしパフェ一つ食うのにどんだけ時間かかってんだってんでこれじゃが楽しめてねェんじゃねーかって俺はそっちが心配だったんだよ折角のデートだしちゃんと楽しませたかったっつーかこんなグダグダ感満載なヤツじゃなくてもっとスマートなデートってモンを俺は目指してたワケでイヤだから何つーのむしろ俺の方が呆れられやしねーかとヒヤヒヤしてたっつーか頼むってマジこれで見限られたら俺がヘコむからマジお願いだから!!」
結局、口走ったのは言い訳めいた言葉で、それも次第に自分すら何を言っているのかわからないような物になっていったのだが、それでも銀時は必死だったのだ。
そしてその必死さがに伝わったのかどうか。突然抱きしめられた事に目を丸くしていたにしてみれば、むしろその行為に驚いて、銀時の言葉など半分くらいは聞き流してしまっていたかもしれない。
だからだろうか。
「―――あ、北斗七星」
「……イヤ、。俺の話、聞いてる?」
この状況下でまるで関係のないことを口にしたに、銀時は思わず脱力しかける。
の耳に欠片も入っていなかったとすれば、延々と口にした言葉がすべて無駄になるという事で、それはさすがにに対して苛立ちも覚えかねない訳なのだが。
流石にそんな事態は無かったらしい。「あのね」とぽつりとが話し出した。
「ここから見る景色って、綺麗なんだよ。だから……だから、もし今日が…最後に、なっちゃうんだったら…最後に一度だけでいいから、一緒に見たいって思ったんだけど……」
でも、最後じゃないよね?
胸に顔を埋めてそう聞いてくるに、「最後なんかじゃねーよ」と銀時は答える。
「が望むなら、毎日だって一緒に来るよ。俺は」
「……毎日じゃなくてもいいよ?」
くすくすと笑うを抱きしめつつふと空を見上げれば、そこにはいつしか満天の星。
お互いの愛も再確認できたことだし、終わってみればやはり今日はデート日和だったかと満足しないでもないものの。
それでも次のデートはスマートにこなしてに惚れ直されたいと思わないでもない銀時だった。
<終>
途中まで書いて放置してあったのをリサイクルしてみました。
……うん。やっぱりグダグダ。文の書き方忘れてる。
('07.10.22 up)
|