とある教師の愛情衝動



我ながら完璧な見立てだったと銀八は今更ながらに自讃した。
コートの下には、ベージュのワンピース。落ち着いた色合いながら、ふわりと広がるシフォンのスカートが愛らしさをさり気なく主張しているというもの。
先日、詫びのために銀八が買ったものだ。
気合を入れて選んだだけあって、によく似合っている。事実、街を歩いていた時もレストランで食事をしている最中ですらも、男から声をかけられていたくらいだ。もちろんはすべて丁重にお断りしていたが、銀八にしてみれば殴って追い返してやりたかった程だ。明らかにデート中だとわかるだろうに、それでも声をかけてくるとはどういう了見か。銀八がに相応しくないとでも世間からは見られているのか。
まァ相応しいとは自分でも思わねーけどよ、と銀八は胸中で独り言つ。
だが世間がどう思おうともの恋人は銀八であるし、それどころか告白してきたのはからだ。一体どこをどう気に入られたのか見当もつかないが、何やら気恥ずかしくて、それを問い質した事は一度も無い。
理由など関係ない。どんな言葉を並べ立てるよりも、間違いなくがすぐ側にいること。その事実さえ確認できればそれで十分だ。
だからと二人きりである今。この時こそが至福の時間とも銀八には思えるのだ。
随分と溺れてしまっている自覚はある。告白はから。だと言うのに今はむしろ、銀八の方こそに夢中になっているような気さえする。それが何やら口惜しくてならない。
ならばせめて、と思わずにはいられない。
せめてを、自分が与える快楽に溺れさせてやりたい、と。
 
「ぁあんっ、やっ、あぁぁあんっ!!」
 
下から突き上げるように腰を動かせば、切なげに顔を歪めながらが身体を仰け反らせる。
今は、コートも、銀八が買ったワンピースも下着も、床の上に打ち捨ててある。
が身につけているのは、黒のスリップただ一枚。これも自分が買ってやったもの。うっすらと下の白い肌が透けて見えるスリップはそれだけで扇情的だが、その最後の一枚、それを脱がせる瞬間のことを考えただけで銀八の内に熱が篭る。
だがもう少し、この光景を視覚的に楽しんでいたい。貪欲に快楽を欲して銀八の上で腰を振るの姿は、普段の生真面目な教師の姿からはとても想像ができない。
銀八だけが知る、もう一つのの姿。
 
「すっげーエロいよなァ……」
 
思わず呟いた銀八の言葉を否定するようにが首を横に振るが、まるで説得力の無い仕種だ。
更なる快感を求めて振られる腰も。上気して仄かに色づく白い肌も。恍惚とした熱い吐息も。腰の動きに合わせて揺れる胸も。
すべてが官能的で、の存在そのものが男を誘ってやまない。
妖艶とも言えるような今のの姿に引き寄せられたかのように、銀八の手がスリップの上からの身体のラインを辿る。
布越しの感触がもどかしいのか、布が肌を擦る感触に新たな快感を見出しているのか。悩ましげな声をあげるに、銀八の昂りはいよいよ増す。
衝動に突き動かされるままの腰を掴んでがくがくと揺さぶってやれば、一際高い声をあげては呆気なく達してしまったようだった。
脱力し倒れこんでくるの身体を抱き止めると、銀八はその額に口唇を押し当てる。擽ったそうに、けれども大人しくそれを受けるの呼吸は、荒いまま。
にしてみれば、このまま甘い空気に浸っていたいところだろう。
だが銀八はそれを敢えて無視し、身体を繋げたまま体勢を入れ替える。途端にあがる短くも甘い嬌声。たったそれだけの事にすら感じさせられてしまうなどと、は露とも知らないのだろう。
知らなくていいと、銀八は思う。これほど嵌まり込んでいるなどと知られてしまっては、ますます立つ瀬が無くなってしまう。
やけに艶めかしいを組み敷けば、その瞳に映るのは銀八ただ一人。
せめて今だけは、同様にも自分の存在に溺れてくれているような。そんな気がして、銀八は一人満足する。
 
「もう一回、イっとく?」
 
耳元で言うや、の返答を待たずに銀八は腰を動かす。
あがる嬌声に、拒絶の意は含まれていない。
脚を絡ませ、腰を振り。口には出さずともその身体が、淫らに快楽をねだってくる。
焦らしてもいいが、前回あまりにやり過ぎた手前、今回くらいはの望むままに与えてやってもいいだろう。
受諾の意を込めて銀八はの頬に口吻ける。
一層速まる腰の動きに、の締め付けがきつくなる。そろそろかと、銀八はが一番感じる箇所を小刻みに幾度も突く。
それから幾許も無く、銀八をきつく締め付けてが達した。同時に銀八もまた、の中で達する。
荒い呼吸ながらも恍惚とした表情を見せるを見下ろせば、その胸もスリップに覆われたまま呼吸に合わせて激しく上下している。
その光景に、いつにない色気を感じてしまうのは何故だろうか。
の中から自身を引き抜き、その横に倒れこみながら、銀八はふとそんなことを考える。
だがその間にも銀八の手は休むことなくの身体を抱き寄せ、布越しにその身体を撫で回す。特に抵抗は無い。返ってくる熱い吐息は肯定の印か。
それをいい事に、撫で回すだけでは飽き足らないとでも言うかのように、スリップの上から胸を揉みしだく。
次第に、再び呼吸が荒くなるに気を良くし、銀八はツンとスリップを押し上げている尖りをきつく摘み上げた。
 
「ぁあんっ! やぁっ!!」
「イヤじゃないんだろ? こんなに勃たせてさ。こっちも」
「ひぁ……っ!!」
 
片方の尖りを執拗に弄りながら、もう片方の尖りを銀八は舌で転がす。
布越しの愛撫に違和感を覚えないでもないが、これはこれで興が乗る。先端を舌で押し潰したり甘噛みしたりしながら、手はもう片方の胸を忙しなく這い回る。
しかし与えられる刺激が物足りないのか。もどかしいようにはその身を捩る。
もちろん銀八もそれはわかっている。だが、そこで「はい、そうですか」と簡単に先に進めては面白くない。
手では愛撫を続けながら。銀八は顔を上げ、の潤んだ瞳と目を合わせた。
 
「どう? 脱ぎたい? それとも、脱ぎたくない?」
「ぁっ……脱ぎ、たい…です……」
「へェ。自分で脱ぎたいんだ、は。やーらしー」
「っ!!?」
 
驚愕にが目を見開いても、もう遅い。自らの口でそう言ってしまったのは、確かなのだから。
そう言わせるような二択を銀八が故意に迫ったのだという事に気付いても、後の祭り。にやにやと笑う銀八に、自分が口走ってしまった言葉が恥ずかしく、は頬を染める。
一度口にした以上、銀八は譲るつもりはない。そしても、銀八のそういう性格はよくわかっているはずだ。それをわかった上で、迫った二択。
愛撫の手を止め、無言で促す。諦めたらしいは、のろのろと身を起こしてベッドの上へと座り込む。銀八へと背を向けて。
だがそれで銀八が許すはずもない。「こっち向けって」とに催促する。
 
「脱ぐとこ、俺に見てもらいてェんだろーが」
「やっ、ちが…っ」
「何せ自分から脱ぎたがったんだし?」
 
びくりと震えるの身体に、我ながら意地の悪い声を出すものだと銀八は思う。
顔だけ振り向かせたは今にも泣き出しそうだ。今し方まであれだけ乱れていた人物と同一だとは、とても思えない。
羞恥に頬を染め、それでもはゆっくりと身体の向きを変える。今までもそうだ。たとえ嫌がっても、最後にはは銀八の言う通りにしてしまう。逆らおうとしても、最後まで逆らいきったことはない。
自惚れてもいいのだろうかと、思わずにはいられない。
何をしても許されてしまう程に好かれているのだと―――つい、そんな事を考えてしまうのだ。
もちろんそれは的外れな結論ではないはずだ。でなければ、いくらから告白してきたとは言え、早々に別れ話を切り出されていてもおかしくはない。
 
「み、見ないで、ください……」
「嘘はダメだっつったろ? 本当は『見てください』だろ?」
 
銀八の言葉に堪えきれなくなったのか、涙が一筋、の頬を伝う。
流石に苛めすぎたかと内心焦るものの、だからと言って止めるに止められない。
その間にも、の指がおずおずと自分の肩にかかる。まずは左側の肩紐から。するりと肩から落とすと、ゆっくりと左腕を引き抜く。それが終わると、今度は右側。
自身にはそんな意図はないのだろうが、まるで焦らしプレイだと銀八は堪らなくなってくる。一糸纏わぬの姿など既に幾度も見ているというのに、喉の渇きを覚えるほどに焦がれてならない。
肩紐を外してしまったは、ずり落ちそうになるスリップを胸元に押さえつけながら、困ったように裾を片手で握り締めている。どう脱ぐのが恥ずかしくないか考えているのかもしれないが、銀八にしてみれば最早焦らしプレイ以外の何物でもない。
救いを求めるかのようにから視線を投げられたが、この状況で銀八に何を求めているのか。急かせば更に泣かれそうではあるし、反対に止めさせることも今となっては妙な話だ。救いならばむしろ銀八の方こそ欲しい気分だ。
いくら聡いでも、そんな銀八の心境を悟ったわけでは流石に無いだろう。だが覚悟を決めたかのようにごくりと唾を飲み込むと、胸元を押さえていた手をゆっくりと離した。
はらりと腰まで落ちるスリップ。当然露わになる胸を、は慌てて腕で覆い隠す。
今更隠したところで、これまでにも散々見られているのだし、この後も見られるのだから、無意味な行為だろうに。
それでも恥らうは、初々しくて可愛いとさえ思えるのだが。
だからこそ、銀八は困ってしまう。
いつまでも初々しくて可愛らしくて、そのくせ、妖しく艶やかに男を魅了する。
もぞもぞと足を動かしていたかと思えば、いつの間に脱いでしまったのか、脱いだスリップを胸元に押し当てるようにしてがじっと銀八を見ていた。
零れ落ちた涙は一滴だけだったか。けれども今も尚、何かの拍子に零れ落ちそうな程、の瞳は濡れている。
小動物のように、どこか不安そうで頼りなげな瞳。
だがそれが一転することを、銀八はよく知っている。
 
「……こ、これで、いい…ですか……?」
「ん。まァ『よくがんばりました』ってとこじゃね?」
 
余裕ぶって答えてやるものの、今の銀八に余裕などまるで無いのが本音だ。
言葉が終わるか終わらないかのうちにその手からスリップを奪い上げると、床の上へと放り投げる。
には慌てさせる暇すら与えない。腕を掴んでベッドの上へと引き倒し、覆いかぶさるようにして口吻けた。
口吻けを深めながらも性急な仕種で露わになった胸を弄れば、は満足そうに身体を震わせる。
濡れた目を、情欲で満たしながら。
その目はまるで娼婦のように、男を誘惑する。たとえ本人に、その自覚が無いのだとしても。
そして今日も銀八は陥落し、溺れていくのだ。その瞳に。その身体に。の存在、そのものに―――
 
 
 
 
 
 
眠りに落ちたの寝顔は穏やかだ。つい先程まで乱れ快楽に耽っていた女と同一人物とは思えないほどに、微かな寝息を立てて静かに眠っている。
白い肌にいくつも落ちた紅い痕だけが、情事の激しさを物語っている。ついうっかり首筋にもつけてしまったものだから、きっとしばらくはそれを隠すのに苦心することだろう。
そうやって、いつだって自分のことを考えていてほしい。そう思ってしまうのは過ぎた独占欲なのかもしれないが。
一体どうすれば、それが叶うのか。
の寝顔に重なるように脳裏に浮かぶのは、引き出しの中に無造作に突っ込んである、とある物。
どさくさに紛れて渡せるかと思っていたものの、結局今日も渡せずじまい。タイミングが悪いのか、単に度胸が無いだけか。
 
「苦手なんだよなァ、そーゆーの」
 
頭を掻きながら呟いてみるものの、それで何が解決する訳でもない。だがわかっていても尚、口に出さずにはいられない。自身の不甲斐無さを誤魔化すために。
もしあれを渡すことができたならば、はいつでも銀八のことを想ってくれるのだろうか。
いくら考えたところで、渡せなければ何の意味も無い。わかっていて尚、求めてやまないのだ。が銀八だけを見、想い、そして幸せそうに笑ってくれる、そんな未来を。
もちろん、この現状も悪いものではないのだが。
すやすやと眠っているを腕の中に閉じ込め、銀八もまた目を閉じる。
明日こそは渡そうと、心に決めながら。けれどもやはり渡せないだろうと、複雑な思いを抱いて―――



<終>



によによ笑う先生の前で脱がせたかっただけなんですが(笑)
次で締めの予定なので、もう少しだけお付き合いくださいませ。

('07.12.25 up)