他人に贈るプレゼントを選ぶ際は、自分が贈られて嬉しい物を選べばいい。
なんて、そんな無責任な事を言ったのは何処の誰なんだか。
確かにそれは一理あるのかもしれない。
けれども人の好みなんて千差万別。自分なら嬉しい物でも、他人にとってはどうだっていい代物だ、なんて事は多々あるはずで。
そうは思うのだけど、それでもまるで見当がつかない場合、そんな無責任な言葉にだって縋ってしまう。
自分が欲しいもの。そう言われて真っ先に思いつくのが、新しい刀。銘なんかどうでもいい。軽くて、それでいて切れ味の鋭い、そんな刀。
我ながら女らしくないなとは思うけれども。それが私なんだし、とその点についてはとっくに諦めてる。それに今の論点は私の女らしくない部分についてじゃなくて。
日本刀。うん。確かにこれは贈ったら喜ばれるだろう。斬れれば銘なんか関係ない、というのはそもそもあの人の受け売り。だけど私は知ってる。そう言いつつも、店に据え置かれた『和泉守兼定』をじっと見ていた事を。
本物か贋作か。私なんかにはわからないけれども。それが本物、しかも二代目の作だとしたら、幾ら積んだところで惜しくはないのかもしれない。それだけの価値が、その刀にはある。
けどまさか、それを買う訳にはいかないし。第一、それだけのお金があったら私は真っ先に自分の刀を買ってるし。
次点、美味しいもの。苺大福に生チョコシュークリーム、さくらアイスにロールケーキ、プリンアラモード、栗金団、蕨餅、アップルパイ……あ。マズイ。考えてるだけで涎が出そう。
これはいい。ものすごくいい。だけど相手が相手だ。あげるなら、マヨネーズでもぶっ掛けなくちゃ食べないかもしれない。って、そんなことできるワケないじゃない! 苺大福への冒涜よソレは!! ダメだ、ダメダメ。それは絶対に許せない!!
ということは、これも却下。
ええと、他に私が貰って嬉しい物は…………
って言うか。
誕生日プレゼントをあげるって、何かサムくない? 私ってそんなキャラだったっけ? アレ?
……やめたやめた!
どうせ私なんかがあげたって、気味悪がられるだけだろうし。そもそも、私だって誕生日に何も貰ってないんだから。一方的にあげる義理なんてどこにも無い。
それに何より。私があげなくたって、他の女の人たちから山のように貰うに決まってる。あげたところで山の一角、見向きもされないだろう。これだけ悩んでそんな事になったら、虚しいだけ。
結論が出たところで、思考は放棄。それでも暇潰しにはなったかもしれない。
一つ伸びをして立ち上がった時には、5月5日の日付の意味なんて記憶の隅へと押し遣ってしまった。
Only One, No.1
とりあえず土方は頭を抱えたくなった。目の前の惨状に。
そもそも今日は朝から散々だった。
一つ年をとった記念だと言っては、沖田からの襲撃を食らい。
市中見廻りと外へ出れば、一体どこから話を聞きつけたのやら、女達から山のように物を押し付けられ。
這う這うの体で屯所へと戻れば、祝い事だからと酒宴を開かれ飲まされる始末。
この年になって、誕生日程度で祝われてもまるで嬉しくはない。
早々に酒宴の場を辞して自室へと戻ってみたならば、そこには惨状としか呼べない光景が広がっていた。
障子を開けた瞬間、鼻についたのは酒の匂い。
幾つもの酒瓶と杯が畳の上に転がり、酒が零れ出している。
街中で女達から貰った物は部屋の隅に適当に積み上げていたのだが、無残にもその山は崩され刀傷が刻まれている。
そして極めつけ。
部屋の中央で酒瓶を抱え、勝手に敷いたと思われる布団の上に無遠慮に転がって寝息をたてているの姿。
これで頭を抱えずして、どこで頭を抱えろと言うのか。
一瞬、部屋を間違えたかと思うほどにありえない光景だったが、確かにここは自室で間違いない。
悩んだのは、しかし束の間。嘆息しながら部屋に入ると、土方は躊躇無くの身体を蹴飛ばした。
女に対する行為ではないだろう。だがこの状況下での事を女だと思う方が無理だ。これはただの酔っ払いであり、それ以上でも以下でもない。
その酔っ払いは、蹴飛ばされたところで意にも介さなかったようで。相変わらずぐーすかと眠りこけている。後生大事に酒瓶を抱きしめて。
いっそ叩き斬ってやろうかと思えてくるのは、土方自身、多少なりとも酔いが回っているからかもしれない。だが酔い潰れる程ではなく、理性はそれなりに残っていると自負している。
その理性を総動員したところで、目の前の現実には怒りしか湧き上がってこない。酔っていなかったにしてもそれは同じ事に違いない。どこの人間が、自室をここまで荒らされて笑っていられると言うのか。
ともあれ、を起こさなければ怒りをぶつける相手もいない。今度は先程よりも強めに蹴飛ばすと、ようやく気付いたらしい。呻き声をあげ、薄っすらと目蓋を開けた。
ぼんやりと焦点の定まらない瞳。まだ酔いが醒めていないのかほんのりと染まった頬と着崩れた浴衣姿とが相俟って、がやけに扇情的にも見えたのは、ほんの一瞬。
「―――きゃはははははっ!! ふくちょー、ふくちょーだぁー!!!」
起き上がるなり、人を指差しけたたましい笑い声をあげるその姿には、色気も何もあったものではない。
やはり酔っ払いは酔っ払いに過ぎなかったようだ。
一体なにがそこまで可笑しいと言うのか。耳障りな笑い声に顔を顰めても、はただひたすらに笑い続ける。
だがそれにもすぐに飽きたのか。ぴたりと笑いを止めると、唐突に深々と頭を下げた。相変わらず、酒瓶を抱えたままではあったが。
「ふくちょー、おたんじょーびありがとーございましたー」
「あァ? 何で礼言われなきゃならねェんだよ」
「だってー、のみほーだーい」
うふふふ、と嬉しそうに笑うや、は抱えていた酒瓶に口をつける。後生大事に抱えていたのは、これは自分の物だという主張のためか。
酒好きなのはまだいい。一升瓶に直に口をつけるのも、女としてはありえないがまだ許容範囲だ。
しかしだからと言って、何故よりによってこの部屋で飲むのか。酒宴の席か、せめて自分の部屋で飲めばいいものを。
言ってやりたい文句をつらつら考えている間に、がふらりと立ち上がる。覚束ない足取りは危なっかしいのだが、それでも酒瓶を手放さないその心意気はいっそ賞賛に値するのかもしれない。
「だからふくちょーもー、ぶれーこーでー」
「なに言ってやが―――っ!!?」
二の句が継げなかったのは、口内に押し込まれた何かのせいだった。
それがの手にしていた酒瓶だと気付いたのは、度数の高い酒が喉の奥へと流れ込むに至って。咄嗟にの手を押しのけはしたものの、無理に喉に押し込まれた酒は気管に入り、咽る羽目となる。
どうしてこんな目に遭わなければならないのか。きゃはきゃはと笑うが憎らしくてならず、ここまで来たら本気で殴ってやろうかと思えてくる。
くらりと眩暈を感じたのは、アルコールのせいか。それとも。
「おいしー? おいしーでしょー。だってわたしとかんせつちゅー」
臆面も無く言ってのけると、はやはり笑い出す。
酔っ払いの戯言だと。そう聞き流す事ができれば、何かが変わったのだろうが。
しかし現実には、聞き流す事など到底できそうになかった。
目と鼻の先。間近に迫ったの両の瞳に浮かぶのは、一体どんな感情なのか。
煩いばかりの笑い声も、鼻につく酒気も。今この時ばかりはまるで気にならない。奥まで読み取らせない黒い瞳に魅入られたまま、艶やかな口唇から紡がれる次の言葉を待つしかできずにいる。
「わたしねー、いろいろかんがえてたんですよー。いろいろかんがえて、それでやっぱりわすれることにしたんですけどー」
それはやはり酔っ払いの戯言でしかなくて。
の言葉の意味するところなど、土方にはさっぱりわからない。一体が何を考え、何を忘れる事にしたのか。
けらけら笑いながら、それでも変わらず二つの瞳がじっと見つめてくる。
「アレみたら、なんかムカついてー」
そう言ってが指差したのは部屋の隅。積み上げられていたプレゼント。
が何を考えているのか、土方にはますますわからなくなる。
この状況からするに、あの山を刀で斬りつけたのも自身なのだろう。
他の女から貰った物を見て苛立つなど。それではまるで、が嫉妬しているかのようではないか。
しかもそんな心境を素直に吐露するとは。酒のせいとはわかっていても、普段のとのあまりの差異に再び眩暈を感じずにはいられない。
このままでは都合のいい勘違いをしてしまいそうだ。は―――が想う相手が、自分なのではないかと。でなければこのような状況、ありえるはずがない。
だから全ては酒のせいに過ぎないのだと、そう自身に言い聞かせているというのに。
その努力を無下にするかのように、はにこりと微笑む。人を小馬鹿にした笑みでも、馬鹿笑いでもなく。こんな笑い方もできるのではないかと言いたくなるような、それは邪気の無い笑みで。
見惚れたのは一瞬。
ゴトリと重い物が落ちた音にハッとして足元に目をやれば、が手にしていたはずの一升瓶が転がり、その口から中身の酒が零れ落ちている。
立ち上る酒気に顔を顰めたがしかし、それを咎めるよりも先に、視線の先、同じく足元にはらりと浴衣が落ちる。
それがの身につけていた物だと気付いたのが早かったか、反射的に顔を上げたのが早かったか。
視線を上げたその先にいたのは、もちろんだった。脱ぎ捨てた浴衣どころか下着すら身につけていない、一糸纏わぬ姿で。
この様子では、最初から浴衣の下には何も身につけていなかったに違いないと、そんなどうでもよい事が土方の脳裏を過ぎる。
相変わらずの顔に浮かぶのは笑顔。まるで何も変わった事はないと言いたげに。
「だってー。わたしがいちばんじゃなきゃやなんですー」
まるで子供のようなその言葉の裏側にあるのは一体、自尊心なのか独占欲なのか。
それを推測する余裕など、今の土方には無かった。
気が抜けるような笑みを浮かべたは、やはりじっと土方を見つめたまま。だがその手は着物の合わせ目から中へと入り込み、肌を辿る。の冷えた手の感触に、ぞくりと身体に震えが走った。
無邪気な笑顔と、娼婦のような誘い方。
部屋に満ちる酒気すら、甘い香りのように錯覚してしまうのは。くらくらと頭痛を覚える程の眩暈を感じるのは。回ってきた酔いのせいなのか、ありえない現実のせいなのか。
酔っ払った上での戯事なのであろうから、止めなければ。そう思う反面、を押し留めるための言葉も行為も出てきはしない。
そんな土方を見透かしたかのように、は笑みを深める。そして。
「わたしがいちばん、すきなんですからー」
無邪気に、あっけらかんと。へらりと笑って言ってのけたに、土方の理性は脆くも崩れ去る。
が酔った上での戯事というのならば、こちらも酔った上での勢いというものだ。何を構う事があろう。
言い訳をさも正論のように捉え。
何処か嬉しそうに見えるに、性急に口吻けた―――
* * *
「―――っぎぃゃぁぁぁああああああっ!!!!」
「……っるせェ」
甲高い悲鳴に、泥沼のような眠りから無理に引きずり出される。
それと同時に脳を直に打ちつけるような痛みを感じ、起き上がるどころか目を開けることもままならない。
一体何故、と考える間にも、バタバタと慌しい音は続く。
頭痛は昨夜飲みすぎたせい、そして飲みすぎた理由は―――瞬間、昨夜の出来事を全て思い出した土方はハッと目を開けると、頭痛も忘れて身を起こす。
途端に襲う激しい頭痛に顔を顰めたものの、それに構っている場合ではない。
だがその時には、すでに廊下を駆けていく音が聞こえるのみ。の姿はどこにも見えず、部屋の中には何本もの酒瓶が転がっているばかり。
零れ出た酒のせいなのか未だ室内に残る酒気は、二日酔いの身体には刺激が強すぎる。昨夜の記憶が鮮明に蘇るという点においても。
酔った勢いだった。が柄にも無く可愛げのあることを言うものだから、酔いも手伝って事に及んでしまったのだ。更に言うならば、部屋に満ちていた酒気もそれを助長させたのに決まっている。
胸の内でそう言い訳したところで、現実の何が変わるわけではない。変わるわけではないが、何も鮮明に覚えていなくともと、自分の事ながら思わずにはいられない。
忘れていたら忘れていたで、後からに殺されそうではあるが。
布団の脇に転がる酒瓶に、記憶が間違いなく事実である事を突きつけられ、酔いとは別の頭痛を感じて土方は頭を抱える。そこまでやるのかと、昨夜の自分を殴りつけてやりたいところだ。
だが起こってしまった事はどうしようもない。問題は今後の事である。
色気も何もない悲鳴をあげて逃げていったは、どこまで覚えているのだろうか。
仮に何も覚えていなかったとしても、現状を見れば何があったのかは凡そのところで一目瞭然。突然の事態に慌てふためいて逃げ出すのもありうる話。
いっその事、酔っていた間の事は全て忘れてくれていた方がありがたいのだ。
もしもが全て覚えていたら―――怒り狂われるに違いない。それだけの事をしでかした自覚が、土方にはある。
けれども、事の発端は間違いなくにあるはずだ。妬いているかのような素振りを見せ、甘い言葉と笑みと共に、その身体を躊躇いなく差し出し誘ってきたのは、本人に他ならない。
それが酔っ払いの戯事でしかなかったのか、それともの本音だったのか。今はまだ判断しようがないものの。
『わたしがいちばん、すきなんですからー』
耳の奥について離れない、酔っ払いの戯言と切り捨てるにはあまりにも甘すぎる言葉は、どうやら当分は消えそうにない―――
<終>
一体どんな事しでかしたのかは、ご想像にお任せします(笑)
とりあえず土方さん、お誕生日おめでとうございます!
……でも1週間後(5月11日)は史実じゃ命日だぜオイ(爆)
('08.05.05 up)
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