大は小を兼ねたりしない



目の前に並べられた、二つの包み。
一つは、両の手に収まる程度の包み。
もう一つは、包みと言うよりは封筒と呼ぶべきか。よくあるタイプの大きさの薄っぺらい封筒だ。
その二つが並べられた机の、更に向こう側には。
恋人と呼ぼうか腐れ縁と呼ぼうか。悩んでしまうほどに付き合いの深いが、満面の笑みを湛えて立っていた。
 
「誕生日おめでとう、銀時」
「で、何ですか、コレは」
「誕生日プレゼント以外の何物でもないんだけど」
 
ただし、どちらか一つだけね。と。鮮やかな笑みでが付け加える。
こうして黙って笑っていれば絶世の美女―――とは、流石に恋人の欲目なのかもしれないが。それにしたところで相応に人目を引く顔立ちではあるのだ。問題は中身だ。付き合いの長い銀時はよく知っている。のこの笑顔は、何かを企んでいる時のものだ。
そもそも、誕生日プレゼントが二択だという時点で何かが間違っている。の性格からして、この二択、どちらを選ぶかによって天国か地獄か、どちらか両極端が待っているに違いない。
こんな性格をしているから、顔につられて寄ってきた男たちが次々と戦線離脱していったのだ。そして残ったのは付き合いが長くあしらい方も心得ている銀時のみ。果たして残り物に福はあったのか。そして銀時にとってこの結果は吉と出たのか凶と出たのか。実のところ未だにわかっていない。
が、それなりに上手くやっているはずだから、凶ではないのだろう。おそらく。
その結論はさておいて、今の問題は目の前の二択だ。
当たれば天国、外れならば地獄。何が当たりで外れなのかはわからないが。
 
「中身、何なわけ?」
「それ言っちゃったら面白くないでしょ」
 
艶やかな笑みを浮かべたまま、「さあどうする?」と促してくる。
どうするもこうするも。
こういう二択の常套としては、見た目が大きい方が外れ、小さい方が当たり、というものだ。舌切り雀のつづらがいい例だ。
かと言って、それをそのまま鵜呑みにしてよいものか。何せ相手は、一筋縄ではいくまい。
裏をかいて大きい方が当たりか、そのまた裏をかいてやはり小さい方が当たりか。
考えれば考えるほどにドツボに嵌まり込んでいく思考。なぜ自分の誕生日プレゼントにこれほど悩まなければならないのかと、その事に銀時は頭を抱えたくなる。
 
「触ったからって、選んだコトにはしねェよな?」
「んー……じゃ、サービスで、手に取るくらいなら」
 
ただし、一回限りね、と。にこやかな笑顔と共に人差し指を立てるが、憎らしくてならない。
こうなったら意地でも当たりを選び出してやろうと、銀時は至極真剣なものへと顔つきを変える。
まずは、薄っぺらな封筒から。手に取った限り、中に入っているのは何かの紙だろうか。重さも無く厚みもないことから、大した枚数ではないと知れる。
現金だろうか。それなら願ったりだが、何か違和感を感じる。もしかしたら、今まで借りた金の返済の督促状だろうか。それともの買物の請求書を押し付けられるのか。それなら地獄まっしぐら。選ぶわけにはいかない。だが確認しようと光に翳してみたものの、中が透けて見えることはない。
考えられる最悪の結果を考え、銀時は封筒を机の上に戻す。考え始めたらキリがない。
そして手に取ったのは、もう一つの袋。ずっしり、と表現するのは大袈裟かもしれないが、軽いながらも確かな重みが。こちらも中身が透けて見えることはないが、感触ははっきりと伝わってくる。中身は一つではない。掌に乗る程度のものが幾つも。それよりも何よりも、手に取ったことで、袋から洩れる微かな香りが鼻腔をくすぐる。それは、砂糖やバターの甘い匂い。
決まりだ。当たりはこちらだ。少なくとも外れではない。何せ糖分だ。
そうとわかれば、迷う事は無い。銀時はいそいそと手にした袋の口を開けた。
 
「……センサーでもついてんの?」
「俺の糖分センサーなめんな」
 
の呆れた口調を適当に流しながら開けた袋の中身は案の定。
袋の中に、更に透明のビニールで可愛らしくラッピングされたそれは、予想通りのクッキーだった。おそらく、手作りの。このが、手作り。
 
「……マジでか」
「あ、味は保証しないから!」
 
ふいと横を向いたの頬は、赤く染まっている。
珍しい、と、逆に銀時の方まで照れくさくなるのだから不思議なものだ。
普段「この世の男は私の下僕」と半ば本気で思っているような(本職が夜の蝶だから、9割方本気でそう思っていないとやっていられないのかもしれないが)そんなが、恋人のためにクッキーを手作りするとは。
明日は季節はずれの大雪がかぶき町に降り積もるかもしれない、と言いたくなるような珍事だが、こんな珍事ならば大歓迎だ。
ラッピングされた袋を取り出せば、袋の口を結わう赤いリボンに、『Happy Birthday!』と手書きのカードが添えてある。
恋人らしい、というにはあまりにも初心なプレゼントかもしれないが、それでも銀時には十分だった。そっぽを向いたままの態度さえ可愛いと思えるようでは、何だかんだで銀時もに惚れ込んでしまっているということに他ならない。
ともあれせっかくのプレゼントだ。しかもの手作りなど初めてだ。多少味が不味くとも、美味いと言ってやろう。
そんな殊勝なことを考えながらリボンに手をかけ、ふと気になって銀時は口を開いた。
 
「結局、そっちは何だったんだよ」
 
リボンを解けば、袋の中から甘い香りが漂ってくる。
それに満足しつつも気になるのは、残った薄っぺらい封筒。
こちらの手作りクッキーが当たりならば、向こうは外れ。おそらく何かの請求書か督促状でも入っているのだろうと思われるが、それでも中身が気になってしまう。
すると、ようやくこちらを向いたが、すらりとした指で机の上に置かれた封筒を摘みあげる。
 
「気になる?」
 
言うや、封筒の端を破り始める。
封筒の中からが書類を取り出したのと、袋から銀時がクッキーを取り出したのと、それはほぼ同時だったろうか。
口の中にクッキーを放り込む銀時の前で、は折り畳まれていた書類を開いてみせた。
 
「私の署名捺印済みの婚姻届だったんだけど」
―――っ!!?」
 
にやりと笑うその顔が、今の銀時には悪魔のそれにしか思えなかった。
だが、何だその大当たりは!? と叫ぶよりも先に、口の中に何とも言えない味が広がる。辛さと苦さとエグさを綯交ぜにしたような、不味いなどという表現では生温いような、ある意味では破壊兵器とも言えるような、そんな味。これではフォローしようも無い。
言葉も無く机の上に突っ伏す銀時の頭上に「だから味は保証しないって言ったでしょ?」と楽しそうな声が降ってきた。
つまるところこれは、料理の腕云々の問題ではないようだ。故意的なものらしい。当たり前だ。いくら料理が下手でも、ここまでおぞましい味は到底作り上げられないだろう。
ビリビリと紙を破る音に、が婚姻届を躊躇無く破っていることを悟る。の署名捺印済みの婚姻届などというレアアイテム、この先どうやって手に入れればいいのか。それさえあれば魔王だって倒しに行けそうなアイテムだと言うのに。
細かく破られた紙が頭の上に降り注ぐ感触に、銀時は何やら泣きたくなった。文句を言いたいのはやまやまなのだが、最終兵器とも言えるクッキーのせいで口内は破壊され、気力も根こそぎ奪われてしまった。
 
「はい、お水。今日はサービスしてあげる」
 
何がサービスなのか。
コトリ、とグラスを机の上に置く音に、そうツッコミたいのは山々だが、生憎と回復はまだ先のようだ。
完全に弄ばれている気がしてならず、くすくす笑う声が癪に障る。
 
「次に署名してあげる気になるのは、いつになるんだろうね?」
 
確実に遊ばれている事を悟り、銀時はげんなりとする。
こんな時、どうして自分はこの女に惚れてしまったのかと自問したくなるが、それを補って余りある魅力がにはあるからなのだろう。多分。そうでも思わなければやってられない。
ようやく顔を上げると、水の入ったグラスへと手を伸ばし、一息に飲み干す。
机の上には、無残に散った婚姻届。できることならば、今すぐタイムマシンを探して10分前に戻りたい気分だ。
 
「っていうかよォ」
「ん?」
「どうせお前、俺以外に嫁の貰い手なんかいねェだろ。だったら大人しく」
「死ね」
 
恨み言のように口にした言葉が終わるよりも早く、の手によって銀時は顔面を机に叩きつけられる羽目となった。かなり痛い。痛いどころの話ではない、本当に死にそうだ。
どうして自分はこの女に惚れてしまったのか。
幾度となく繰り返した自問の答えは、やはり間違っているような気がする。ならば答えは何なのか。
ぐりぐりと机に押さえつけられながら、銀時は答えなど出そうにない自問を胸中で繰り返すのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『え? ちゃんが嫁? そうなったら嬉しいよ、俺は』
『それってプロポーズ? だったら喜んで受けるんだけど?』
さんと結婚できるなら、僕は何の文句もありませんよ』
『おう。嫁にしてやるから、今夜はずっと付き合えよ。ホテルまでな』
 
―――文句は?」
「すみません。ありません」
 
翌日深夜。
どうやら店に来た客に片っ端から聞いて回ったらしいは、その答えをしっかりと録音しただけでなく、寝ていた銀時の耳元で延々と再生し続けたのだ。
当然、寝ているどころではないし、最早イヤガラセ以外の何物でもない。だがが相当怒っているのは確かだ。
そんなに銀時が土下座して謝ったのは、まぁいつもの光景と言えばその通りであった。



<終>



お互いプロポーズしてるようなものだと、気付いているのかいないのかw
……アレ? 誕生日なのに、銀さんが微妙に不幸な気が…………副長のせいで、イジメ癖がついちゃったのでしょうか、私(責任転嫁しやがったよ、コイツ)

('08.10.10 up)