誕生日など、ただ年を一つ重ねる節目であって、それ以上でもそれ以下でもない。
そんな風に思っていた時代もありました。
 
 
 
 
残り30分の焦燥



 
などと胸中でボヤいて、銀時は窓の外を何とはなしに眺める。
秋の日は釣瓶落とし。
そうは言うものの、流石に夜も更けてくれば秋だろうと夏だろうと関係は無い。暗いのは当たり前だ。
かぶき町の夜など、煌々と輝くネオンで風情も何もあったものではない。それが意味も無く腹立たしく思えてくる。だが仮に外が満天の星空であったとしても、今の銀時は腹立たしくてならなかっただろう。要するに、自分を除く平穏な世界の全てに苛立っているのだ。
まったく、何が哀しくて誕生日の夜に一人窓の外など見ていなければならないのか。
別に見ている必要性は無いのだ。
誕生日だろうと何だろうと関係ない。こんな気分の時は、さっさと寝てしまうに限る。
それが理性的な判断なのだが、しかし身体が動かない。目は相変わらず窓の外へと向けられている。
未練がましいといえば、それだけの話。自分のことながら、銀時は苦笑せずにはいられない。
いくら待ったところで、何も無いに決まっている。
 
 
 
『なァ。今度の10日、何の日か知ってっか?』
『え? 10日? 体育の日?』
『……それは昔の話だろ』
『あ、そっか。えっと……あ、目の愛護デーだ!』
『いや、それもあるけどさ』
『わかった! ジェイソンがやって来る日!!』
『確かに金曜日だけど13日じゃねェから! って言うかジェイソンで目を輝かせないで銀さん一生のお願い!!』
 
 
 
あれは本気で気付いていなかった。完璧に忘れている。
数日前に交わした恋人との会話は、限りなく不毛なものだった。彼氏の誕生日よりもジェイソンの方が大事なのかと、詰め寄りたくなった程だ。実際には詰め寄ることはしなかったが、今こうして落ち込む羽目になっている。
落ち込んだところで何がどうなる訳でもなく、変わったことと言えば、時計の短針が11を越えて12に近付きつつあるということくらいである。
日付が変わるのももう目前。確実に来ないであろう恋人を待っていても仕方が無い。
毎年、誕生日であろうとも一年365日の他の日と同じようにただ何となく過ごしてきたと言うのに、恋人ができた途端、祝ってもらえないだけでこれほど落ち込むものらしい。
こうして考えてみると、やはり誕生日というものはそれなりに重要なイベントだったのか。
認識を改めても後の祭り。こんなことならば、下手に遠回しに聞かずに、誕生日だと正直に言うべきだった。
来年の課題だな、と銀時は結論を出して腰を上げる。来年も恋人であれば、の話だが、その前提については敢えて考える事を避けた。
立ち上がって、伸びをして。どこか鬱々とした気分は晴れはしないが、こういう日もあるだろう。それが誕生日だと言うのが物寂しい気もするが。
風呂場へ行きカラスの行水の勢いで手短に入浴を済ませると、部屋の明かりを消す。日付はもう変わっただろうか。そんなことをちらりと頭の隅で考えながら。
だが、次の瞬間。
 
ピンポーン
 
室内にやけに響いた音に、銀時は思わず肩を跳ねさせる。
それは耳に慣れたインターホンの音。だがこんな日付も変わるような夜中に、誰が一体訪問してくるというのか。
まるきりホラーのような展開ではあったが、恐怖よりも先に足が動く。
ありえない、という思いと、まさか、という思いと。複雑に絡まりながら、それでも思い描いてしまうのは、期待。
もつれる足で転がるように玄関へと向かい、そして。
 
「お誕生日おめでとう、銀ちゃん!」
 
果たして玄関の外には、恋人であるが立っていた。息を切らせて。
点けた明かりは暗がりに慣れかけていた目には少々眩しかったが、それでもの笑顔ほどではない。
しかしその笑顔も、すぐに不安に取って代わられ、はしゅんと項垂れた。
 
「……もう、寝るとこだった?」
「あ、あァ」
「そうだよね。こんな時間に来ちゃ、迷惑だったよね……」
 
でも、どうしても今日中に言いたかったから。
そう呟いたの声はひどく小さかったが、それでも銀時の耳には届いた。
迷惑などではないと、そう伝えたい。しかし突然の出来事に、何をどう口にして良いのかわからない。
 
「ほんとは、もっと早く来れたら良かったんだけど。でも今日が銀ちゃんの誕生日って聞いて、そんなの知らなくて、仕事も終わらないし、こんな時間じゃお店も開いてないし……」
 
次第に涙声になるが、今にも居た堪れなさで逃げ出しそうで。
させて堪るかと、銀時はその身体を抱きしめた。
まだ冬ではないとはいえ、夜になれば外は冷える。決して安全とは言えない夜の街を、身体が冷え切るのも構わずに来てくれたのかと思うと、嬉しくもある反面、その言葉に引っ掛かるものも覚えた。
 
「……知らなかった?」
「あ……うん。なんかこの間、銀ちゃんの様子が変だったから、みんなに色々聞いてみたの。そしたら、今日が誕生日って」
 
ごめんね、と謝るに、銀時こそ謝りたかった。
よくよく思い返せば、自分の誕生日を教えたことなどあっただろうか。いや、ない。冷静になって考えてみれば、銀時とての誕生日を知らないのだ。
それなのに勝手に期待して勝手に落ち込んで。思わず自分を殴りつけたくなったが、それでもはこうして、腕の中にいる。
日付はもう変わってしまっただろうか。できれば変わっていなければいいと、手前勝手なことを考えずにはいられない。
せっかくが来てくれたのだから。
 
「あ、あのね。コンビニのやつだけど、ケーキ買ってきたから……食べよ?」
 
ずっと手に提げていたビニール袋は何だと思っていたのだが、どうやらケーキだったらしい。
コンビニケーキ結構。むしろこの際、こんな時間でも営業してくれているコンビニに礼を言いたいくらいだ。
だが今は、それよりも。
 
「その前に、誕生日プレゼントな?」
「え?」
 
催促の言葉をかければ、は戸惑ったように表情を曇らせる。
ケーキ以外は用意できなかったのだろうから、当然だろう。
だが銀時が欲しいのは、物でも、ケーキでも無い。
 
が、俺のプレゼントってコトで」
 
こんな夜更けに、ただ誕生日を祝うために駆けつけてくれる、そんなが。
冷えてしまったその頬に手を添え、銀時はそっと口唇を重ねた。
 
 
 
終わり良ければ、全て良し。



<終>



思いつきのネタを思いつきで書き上げました。それだけです。
何かおかしかったらすみません。
そしてタイトルがいつも以上に適当です……

('08.10.10 up)