「ふくちょー。暇ですかぁ? 暇ですよね。暇じゃなかったらぶっ殺す。ので入りますね」
「せめて俺の許可を得てから入ってきやがれ!!」
言ったところで無駄と知りつつ、それでも土方は言わずにいられない。
遠慮なく室内へずかずかと入り込んできたは、真選組内における土方の頭痛の種の一つだったりする。
天上天下唯我独尊、この世は私のためにあると言って憚らない、傲岸不遜の塊。
何かあっても「大丈夫ですよ、許してくれますから。え、理由? だって私、可愛いじゃないですか」だ。おまけに一部の隊士がそれに賛同するものだから、はますます付け上がる。全員でないだけマシなのかもしれないが、残りにしたところで、に強く出られたら逆らえない。更にが増長して、ますますもって手がつけられない。
しかし当然ながら自身は、自分が問題児である自覚など欠片も持っていない。だから今日も今日とて、我が儘放題に屯所内を蹂躙して回っているのだろうが。
「暇ですか?」
「暇じゃねーよ」
「じゃあ死にますか?」
「わかった。暇だ。暇だから刀抜くんじゃねェ」
本気で抜刀しかけたを押し留め、土方はつい溜息を吐かずにいられない。
全く、黙って立っていればそこらの芸能人以上の顔立ちだと言うのに、抜刀趣味とこの性格で全てがパァだ。天は二物を与えないと言うが、目の前のがまさにその証拠という訳だ。
読みかけの書類を机の隅へと押しやり、土方はへと向き直る。
大人しく刀の柄から手を離したは、無駄に礼儀正しくちょこんと正座して土方の言葉を待っていた。
「で、用件は何だ」
「副長って女の子にモテないタイプですよね」
「……用件はそれだけか?」
今度は土方が刀の柄に手をかける番だった。
いくらなんでもそれだけが用件だとは思わないが、ならばありえない話ではないから困る。
これで頷かれようものならば本気で抜こうかとまで思ったが、流石にも笑って「違いますよぉ」と受け流した。
「でも怒るってことは図星なんですね。自覚してるんですね。ついでだからカルシウム不足も自覚しましょうよ、この際」
「余計なお世話だ!!」
「じゃあ本題に入りますね」
相変わらず自分のペースで事を進めるには、何を言っても無駄なのだろう。
軽やかに無視された怒りの矛先は、一体どこへ向けたら良いのか。
しかし当然ながらはそんな土方の懊悩には気付かないようで、笑いながら小さな包みを差し出してきた。
「これあげます」
「毒か? 爆弾か?」
「……だから副長は女の子にモテないんですよ」
途端に不機嫌そうに口元を結んだの様子から察するに、一応は殺傷兵器ではないだろうと土方は見当をつける。
それにしてもが他人に物をくれてやるなど珍しい。明日は台風か、それとも代償にとんでもない要求を押し付けられるか。
できるならば前者の方がマシだと思いつつ、土方は包みを開けていく。仮に後者だとしても、その時は山崎あたりに押し付ければいいと、これはこれで酷い事を考えつつ。
包装紙を剥がした中には小さな白い箱。そしてその中に入っていたものは。
「や、あの! 副長が買いだめしてたから、応募シール沢山あったじゃないですか! え、知らない? まぁ中身にしか用事ないでしょうし副長は。とにかく、私は1等の最新型ノートパソコンが欲しかっただけなんです!! 当たらなかったけど。代わりにそんなものが当たっちゃってでも私いらないしだから副長に押し付けちゃえって思っただけで別に深い意味とかまるでなくていいから黙って貰ってください私いらないから意味も無いから!!」
次第に早口になっていくの言い訳は、しかし今の土方には右から左。無駄な労力でしかない。
そんな土方の様子に気付くことなく、は後半一息にまくし立てると、慌てたように「失礼します!」と部屋を飛び出していった。
だが一方の土方もまた、そんなの様子など目に入っていない。が出ていった事にも気付かないまま、ただ手元の一点だけを注視している。
に渡された小さな箱。その中から出てきたのは、マヨネーズ型のライター(非売品)
* *
「土方さん、何かあったんですかィ? が怯えてましたぜィ。最近、土方さんが妙に親切で不気味だって。天変地異の前触れか、もしかしたら自分の先が短いのかもしれないって泣き出して、そりゃあもう大変な騒ぎだったんでさァ」
「…………」
会議後、引き止められて何事かと訝しめば、そんな話。
沖田にしては珍しく、面白がるよりも困惑の色が強い表情に、どうやら本気で困ったらしい事が窺える。
それはそうだろう。あのに泣きつかれては、何をどうして良いのかわからないに違いない。
しかし、だからと言って土方に何をどうしろと言うのか。それは確かに、機嫌は良かった。何せ非売品のマヨネーズ型ライター。しかも特に見返りを要求される訳でもなく。気分が良かったから、確かにいつになくに対して親切に振る舞ったかもしれない。が。
「……あのバカに言っておけ。その台詞、そのままそっくり返してやるってな」
それにしたところで、不気味だの天変地異の前触れだのとは、あんまりではないか。
素直に喜ぶのではなかったとばかりに、土方は大きな溜息を吐いたのだった。
慣れない事は、するもんじゃない
初めて、タイトルを最後に持ってきてしまいました。
や、何となく、この方が形になるかと思って。今回の話は……
('08.11.16 up)
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