予想外の出来事に見舞われた時。人は一体どのような行動をとるだろうか。
坂田銀時の場合。行動をとるも何も、それ以前に身動き一つとれなくなった。
ならば、どのような行動をとるのが最も適切なのだろうか。
辛うじて回る思考で、銀時は考える。
腕の中には、頬を染めた。着崩れた浴衣から垣間見える白い肌は艶めかしく。部屋の中には二人きり。お誂え向きに布団がひいてある。
据え膳食わぬは男の恥。そんな言葉が銀時の脳裏を過ぎる。
ならば行動に移しても、何ら問題は無いのか。むしろ英断と讃えられるだろう。そうだ、そうに決まっている。
結論に至り己を奮い立たせるまで十数分。

「何をやっているか、貴様ァァァ!!!」

決意を固めるよりも先に、後頭部に鈍器のようなものが叩きつけられた。




浮かれ浮かされ熱狂言




部屋の人口が一人増えた。
そもそもの部屋主であるは布団の中から、焦点の定まらない視線を天井へと彷徨わせている。
後頭部を殴打された銀時は、その横で頭を抱え。
殴打した犯人である桂は、枕元に陣取っての額へと濡れた手拭いを乗せていた。ちなみに銀時の後頭部を襲った鈍器は湯たんぽで、今はの腕の中でその身体を温めている。

「まったく。病人を襲うとは、侍の風上にもおけん奴だ」
「だから違うっつってんだろ。から抱きついてきたんだっての」

確かに既の所で押し倒しそうにはなったが。そんな余計な事までは銀時は口にしなかったが、口にせずとも悟られているかもしれない。
朝、姿を見せなかったが気になって部屋を訪れてみれば、布団から半分抜け出した状態で倒れているの姿が。何があったのかと慌てて抱き起こすと、「さむい」としがみ付いてきたのだ。
故に自分は悪くないはずだと、銀時は胸中で繰り返す。悪いのは、いきなり熱を出した挙句に朦朧として抱きついてきたの方だ。責任転嫁と言われようとも、悪いのは自分ではないはずだ。
だが、横になってなお酷く苦しそうなに責任を押し付けるのは如何なものか。湯たんぽを抱いているにも関わらず「さむい…」とうわ言のように繰り返す様を見ていると、気の毒にも思えてくる。

「ぎんときぃ……」
「ん? なんだ? 何か欲しいモンでもあっか?」
「だっこ」
「…………」

の言葉に銀時が反応するよりも早く、横にいた桂が銀時の頭を叩いた。
咄嗟の事で避ける間も無かった。どのみち、の言葉に唖然として避けるどころではなかったが。
潤んだ瞳と赤く染められた頬で「だっこ」などとせがんでくるとは。いくら熱のせいとは言え、普段のからでは想像もつかないおねだりに、銀時は喜んで応じるべきかどうか悩む。
その隣で一人いきり立つのは桂。

「何が『だっこ』だ! そんなもの、別に俺でもいいだろう!!」

しかし怒るべき点がどこかずれている。確かにそれが正直な思いなのかもしれないが。
子供じみたおねだり。熱のせいだとわかっていて尚、それを向けられる先が自分以外の男だというのは面白くないだろう。

「だってぇ……ヅラより天パのほうがあったかそうだもん……」

天然パーマ万歳。
などと、銀時が生まれて初めて自身の髪質に感謝したことはさておいて。
怒られた事がショックだったのか、答えながらがぽろぽろと涙を零す。これも普段のならばありえない。むしろ逆ギレして殴りつけてくるだろうに。病気の時は気弱になると言うが、これではもはや別人格ではないか。
だが別人格だろうとも。布団の端から出した手で袖を掴まれ「ぎんときぃ…」と涙目で催促されたならば、これはもう拒む理由はどこにもない。絶対に無いはずだ。
意味不明な理由で拒絶されたことに衝撃を受け固まっている桂は放置することにして、銀時は乞われるままに布団を捲ろうとして。
 
「調子こいてんじゃねェよ」
 
再び後頭部に衝撃を受け、そのまま布団の上に突っ伏す羽目となった。
おまけに更に蹴飛ばされ、銀時は布団から畳の上へと強制的に移動させられる。
声の主は高杉で、痛む頭を擦りながら身を起こせば、未だ固まったままの桂を蹴飛ばして自分の居場所を作っている姿が目に入った。
 
「てめっ、いきなり何しやがる!?」
「寒いんだろ? だったら熱いモン食って薬飲んで寝てろ。それが一番だ」

銀時の抗議も鮮やかに無視して、高杉は布団の中のに話しかける。その手には、一人前用の鍋。高杉が蓋を開けたその中に入っているのは卵粥。
まさか高杉が作ったのだろうかと、その様子を想像しただけで銀時は不気味さのあまり気分が悪くなるようだった。だがのためとなれば、やるかもしれない。この男ならば。
味はどうだか知れたものではないが、少なくとも匂いは良い。食欲を起こすようなその匂いにつられたかのように、笑顔が戻ったが頷いた。
抜け駆けされたと悟っても時すでに遅し。仮にノリと勢いだけで行動を起こしていたならば、後々、からどんな制裁を下されるかわかったものではない。それよりは今、普通に看病して恩を売っておく方が得策だ。
それは少し考えればわかりそうなこと。何故気付かなかったのかと、銀時は悔やむが後の祭り。
何か変なものでも食べたのかと思うほどに甲斐甲斐しくの身を起こし世話を焼こうとする高杉に、負けてなるものかと銀時もの側へと寄る。今からでも挽回できるかもしれない。
高杉の迷惑そうな視線など、元より気にもならない。気になるのはの機嫌で、身を起こしても抱えている湯たんぽと運ばれてきた卵粥に、一先ずの機嫌は良さそうだ。
後は、ここからどのようにしての気をこちらに引くか、なのだが。
 
ーっ! わしが来たからにはもう大丈夫ぜよーっ!!」
 
考えるよりも先に、三度、銀時は後頭部に衝撃を受ける羽目になった。
銀時を蹴飛ばすついでに高杉も押し退けて、騒々しく部屋に駆け込んできたのは坂本辰馬。仮にも病人の前、もう少しテンションを下げろと言いたかったが、言ったところで聞きやしないに違いない。
突然現れた坂本に目を瞬かせていただったが、状況を把握しているのかいないのか、「たつまだぁ〜」とふにゃりと相好を崩した。
それがまた、普段ではお目にかかれないような可愛らしい笑顔だったものだから、室内にいた男4人、ピシリと硬直してしまう。
ありえない。だが可愛い。
一体どう反応すべきか、各人が素早く考える。下手な言動は、後々のとの関係に及んでくる。避けなければならない。
とは、理性の話。
 
「そうかそうか。そんなにわしが恋しかったか、は」
 
笑いながら坂本が、にこにこと笑うに迫る。
よりも早く、我に返った桂がその顔面に見事に蹴りを放っていた。
 
「不埒な真似をするなっ、バカ者っ!!」
「アッハッハッハッ! じゃが、風邪の時はちゅーすれば治るのが鉄則ぜよ」

蹴られてなお能天気に笑う坂本の言葉に、凍りつく場。
冷静に考えれば、それはどこの鉄則だとツッコミを入れる場面だろう。
しかし目の前には可愛らしく笑っている。周囲には、何としてでも出し抜かなければならない男たちが勢揃い。
哀しいかな、時に人間は、理性よりも本能で動いてしまうのだ。

「ヅラ! どきやがれ、邪魔だ!!」
「ヅラじゃない桂だ! 高杉、貴様も何をする気だ!?」
「そういうテメーもに近づいてんじゃねェ!!」
「おんしにも同じ台詞をやるぜよ、銀時。のちゅーはわしのじゃき」
「うるせェ! 俺のだ!!」
「貴様らに渡してたまるか!!」

最早この場に理性は存在しない。
男4人、誰もが「キスして風邪を移させれば、治ったから感謝される」という根拠も何も無い確信を抱き、争いを始める。
そして、当のは。

「あは、あははははははは………はぅっ」

熱に浮かされ乾いた笑いを零すと、そのまま力尽きたように倒れこんだのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――役立たずどもめ」

翌日。
何故か揃って風邪をひいた男4人に対し、すっかり熱の下がったがそう冷たく言い放ったのは、また別の話。



<終>



喉が痛かったのです。そこから思いついた話。
ドタバタした話が書きたかっただけでもあります。

('08.11.23 up)