結局のところそれは、自分が甘いだけなのかもしれないが。
 
 
 
 
My Dear Sweet



 
「しんすけ〜。おふとんしいて〜」
 
カラリと障子が引かれるや、飛び込んできたのは間延びした声。
誰がやってきたかなど、振り返らずともわかる。そもそもこんな事を高杉に要求するような人間など、一人しかいない。
 
「てめェで敷け、酔っ払い」
「よってないもん〜。しんすけのばか〜」
 
罵倒しながら、しかしその声はどこか甘ったるい。その声が好きなのだと言ったところで素面の彼女に冷たい目線を投げつけられるだけなのは目に見えている。これは墓場まで持っていくつもりの秘密だ。
甘ったるい声をした酔っ払いは、酔っていないとしきりに否定しながら、ぽすんと高杉の背にもたれ掛かってきた。まるで幼子が親に甘えるように。
漂う酒気に、相当に飲んだことが知れる。これで酔っていないと平然と言うのだから、大した法螺吹きだ。
 
「ねぇ、おねがい〜」
 
背にかかる体重は、全幅の信頼を寄せられているよう。普段であれば他人に縋るくらいならば舌を噛み切る方がマシだと、そう考えているような女だというのに。それこそが、このという女だ。
 
「しんすけってばぁ」
 
だがこれも間違いなくなのだ。
耳元で囁かれる、甘く熱の籠った声。
酔っ払いの戯れ言は突き放すには余りにも心地が良すぎる。
押し付けられる柔らかな体躯と、吹き込まれる甘やかな声。
身も心も蕩かされそうなそれらは、一種の麻薬のようなものだ。抵抗しようとする気など瞬時にして奪われる。
甘やかしているという自覚は重々承知している。だが逆らえないのだ。
酔っ払いに何を言っても無駄だからと、そんな建前を掲げ。溜息一つと共に高杉は腰を上げる。背中に感じていた体温が無くなったことに少しばかりとは言え喪失感を覚えてしまうあたり、相当に重症なのだろう。
だがそれも束の間の話。
部屋の真ん中に敷いてやった布団にふらふらと危なっかしい足取りで潜り込んだ酔っ払いは、そのまま寝入るわけではなく、じっと高杉へと視線を投げてくる。
 
「……何だよ」
「しんすけもいっしょにねよ?」
 
酔っ払いの戯れ言は、甘ったるい誘い文句。
勿論その言葉が文字通りの意味でしかなく、に他意が無いことは高杉自身よくわかっている。一体今までどれほど期待を裏切られ続けてきたことか。
だが満面の笑みを浮かべてのお誘いを断れる男が果たしているのだろうか。ちなみに高杉は連戦連敗。白旗を揚げる準備はいつだって整えてある。
今日も今日とてさっさと降参すると、部屋の明かりを消しての隣へと身体を滑りこませる。
途端に、その背中にピタリとくっつく体温。定位置について満足したのか、程無くして穏やかな寝息が背後から聞こえてきた。
実は淋しがりなのかとも思う。酔っ払ったが最後、どれほど宥めすかしても怒鳴っても、頑として自室には戻らない。必ず高杉の部屋に押し掛け、寝る時まで甘えるようにその体温を欲してくる。
いっそ身体を投げ出してくれれば、遠慮なく抱けるものを。しかし甘えるように背中に擦り寄られるばかりで、高杉にしてみれば不満極まりない。かと言って強引に事を起こせば、翌朝自分の身体は冷たくなっていることだろう。
理不尽の塊。
わかっていても突き放せない。甘えられれば請われるままに甘やかしてしまう。
背中に感じる温もりに安堵する一方で、内に籠る熱をもて余しながら。
今夜も眠れそうにないと、高杉は息を吐いた。
自業自得。そんな言葉が脳裏に浮かぶ―――



<終>



拍手お礼にしようかどうか迷いましたが、そうすると他にもお礼話書かなきゃならないから面ど……イエナンデモアリマセン。
何か最近、高杉が好きなのかもしれません。カッコつけな電波のくせしてヘタレだと非常に萌ゆります。

('09.02.21 up)