勿論、最後に物を言うのは自分自身の力量だ。
だがそこに辿り着くまでに、他人の力にほんの少しばかり縋ったところでバチは当たらないだろう。
人間、一人では生きていけないのだ。助け合って生きているのだ。何せ「人」という字は、人と人が支えあってできている、というくらいなのだから。
故に、少しくらい助けを借りるのは、人としてむしろ当然のことだ。
そう自身を納得させた彼らが手にしていたのは、一冊の本―――
貴女に贈る、厳選された口説き文句
正直、暇を持て余していたのだ。
天人達がいつ攻撃を仕掛けてくるかわからない状況下ではあるが、一先ずは小休止。
午前中は怪我人の面倒を看て、昼餉をとったその午後。
とりたててやるべき事も見当たらず、はぶらぶらと当てもなく建物内を歩いていた。
当ても目的も無いつもりだったが、本音を言えば誰でもいいから構ってほしかっただけなのかもしれない。
自分が存外に淋しがり屋なのだとは、わかっていても認めたくない事実である。
「あ、ヅラ発見!」
「ヅラじゃない、桂だ―――まぁいい。探したぞ、」
自分が探されていたという事実に、は首を傾げる。
何かあっただろうかと考えてみても、思い当たる節は何も無い。
面倒事でなければいいけど。そう考えながらは話を促す。面倒事は御免だが、愚にもつかない話題ならば大歓迎だ。多分。
しかし話を促しても桂はなかなか言葉を発しない。口を開いたかと思えば、思い直したように口篭ってみたり。初めの内は見ている分には面白い暇潰しになると思ったが、一分で飽きた。
用事があるのか無いのかはっきりしろと言いかけたところで、ようやくと言うべきか、決意を秘めた表情で桂が口を開いた。
「疲れているだろう?」
「え? あ、まぁ……」
「何せ俺の心の中を一日中走り回っているのだからな」
「…………」
真顔だ。
何の冗談かと思いきや、桂は真顔だ。
そもそも桂がこんな冗談を口にするとはとても思えない。ならば本気なのか、これは。
これは一体どういう反応をすべき場面なのだろうか。
常識人を自負するは、考えてみた。
考えて、まずは桂の額に手を当ててみた。
熱は無い。
次に脈をとってみた。
これも正常。
となると、異常なのは。
「ちょっ、誰かぁぁっ!! ヅラの頭がおかしくなっちゃったぁぁあっ!!!」
元からおかしかったけど、という台詞は敢えて飲み込んで。
桂の首根っこを掴むと、その身体を引き摺っては駆け出した。
誰でもいい、このおかしさを認識し、共有する相手が欲しかったのだ。
だが然程走ることなく、はその相手を見つけ出すことに成功した。
成功したと言うよりも、その声に反応して室内から顔を出したに過ぎないのだが。
「どうしたんじゃ、?」
「辰馬っ! どうしよう、ヅラの頭が本格的におかしくなっちゃった!!」
「俺はどこもおかしくなどないぞ」
「ほら! おかしい!!」
桂の反論を聞いているのかいないのか。
半分泣きそうになりながら桂を押しつけたものの、しかし押し付けられた坂本は当然と言うべきか、受取拒否と言わんばかりに横へと転がした。
「はっはっはっ。ヅラがおかしいなんぞ、今更じゃろ」
「そうだけど! おかしさに一層輪がかかったって言うか!」
しかしの訴えも馬耳東風。
あくまでマイペースを崩さない坂本は「それよりも」との言葉を遮った。
「わしゃあ、おんしに聞きたいことがあるんじゃ」
「なに? 急ぎの用事?」
「天国から落ちよった時、痛くなかったがか?」
「…………」
相変わらずヘラヘラと笑う坂本は、けれどもやはりこんな冗談を言うタイプではない。
それ以前に、これは冗談なのか。
冗談にしても意味がわからない。本気なのだとしても意味がわからない。結局のところ、どう頑張ってもには意味がわからなかった。頑張りたいとも思えなかったが。一体どんな理由があれば、こんな台詞を口にできるのだろうか。
わからないなりに、それでもわかったことはある。
「いやぁぁあっ!! 辰馬までおかしくなっちゃったぁぁぁあっ!!!」
笑っている坂本の首根っこを掴み。転がされた状態から身を起こしかけた桂の首根っこを空いた手で掴み。
大の男二人を両手で引き摺って、は悲鳴と共に駆け出した。
何やら後ろから聞こえてくる文句や笑い声は無視。気にしたら負けだと自身に言い聞かせる。
一体どこにこんな力があったのかと、後になってみれば不思議なものだが、男二人を引き摺ってまるで重みは感じなかった。火事場の馬鹿力とはこのことなのかもしれない。
泣きたい気持ちになりながら、バタバタと走ることしばし。
「お? 何やってんだ、?」
「銀時ぃっ! 会いたかったぁぁぁっ!!!」
助けを求めるような必死な声音で呼ばれて、一瞬銀時は動揺する。
しかし「会いたかった」と言われて、嬉しくないはずがない。後ろに引き摺っている物体はこの際無視することにした。
「どうしたっての、一体」
ああ、まともな人間だ。
普段ならば銀時を指して「まともだ」などとカケラも思わないはずが、今この時ばかりは、怪訝な面持ちを浮かべながらも心配してくれる銀時が非常にまともに思えたのだ。
安心した瞬間、は自分の目が潤むのを自覚する。泣き出すなんて情けない。わかっていてもそれでも、涙が出そう。だって女の子だもん!
などと自身を茶化せる程度には、少しばかり余裕が戻ってきたらしい。そんな自分を冷静に分析する前で、銀時は何故か顔を赤らめていた。熱でもあるのだろうか。
風邪ひいたの、馬鹿じゃない証拠だよ、良かったね。軽口を叩こうとしたは、しかしすぐに絶望に襲われることになった。
「あのさ、お前」
「うん?」
「お前の親父は泥棒だったんだろ。その瞳は星を盗んでお前の目に入れたみてェにキレイじゃねーか」
「…………」
瞬時に引く涙と血の気。
真顔だ。こいつもやっぱり真顔だ。
決断するのに時間は必要ない。当たり前だ。戦場では迷った奴から死んでいくのだから。ここは戦場ではないというツッコミは無視をして。少なくともにとっては、同程度に危険な場所であることに違いは無い。
故には迷わなかった。
迷うことなく両の腕に力を込めると、その手の中にあったものを前方へと投げつけた。
要するに、両手に引き摺っていた桂と坂本を、銀時に向かって投げつけたのだ。
「うわぁぁぁあんっ! バカばっかぁぁああっ!!!」
「だぁあっ!!?」
ドゴッだのメキッだの怒号悲鳴だの、すべてを背にしては三度走り出した。
命の危機―――冗談事でも大袈裟でもなく、本気でそれをは感じ取ったのだ。
生存本能が命じるまま、は全速力で廊下を駆けていく。目的地は特に無い、ただ三人から少しでも離れるためだけに。
普段ならばどうということのない疾走も、流石に大の大人を引き摺った後とあっては肺が悲鳴をあげ、身体が体力の限界を訴えてくる。
それでもは立ち止まらない。誰にともなく助けを求めて駆けて駆けて駆け続け―――
「ひぃゃぁぁあっ!!?」
「うおっ!?」
人影が視界に入った時には既に遅し。
車は急に止まれない。全力疾走も急にはブレーキをかけられない。
悲鳴と共には、目の前の人物へと飛び込む羽目になってしまった。
そして勢いのついたを受け止めきれるはずもなく、相手諸共揃って倒れこんでしまう。ガンッと床に打ち付ける音。自身はどこも痛くないのだから、打ち付けたとしたらぶつかった相手だ。は今、その相手に圧し掛かるようにして倒れこんでいる。
「しっ、晋助っ! 大丈夫!?」
おそらくは頭を打ちつけただろう相手を慮って、はがばりと身を起こす。
いくら必死だったとはいえ、完全に非は自身にある。何かあっては一大事と青褪めたが、頭を擦りながらもすぐに上半身を起こしたところを見ると、どうやら最悪の状態は免れたらしい。
そのことに安堵すると同時、今度こそまともな人間に出会えたとはふにゃりと力の抜けた笑みをその顔に浮かべた。
「でも良かったぁ……晋助に会えて」
正確に言うならば「まともな人間に会えて良かった」なのだが、この際それはどうでもいい。にとって「まともな人間=晋助」であり、流石に「まともな人間」と口にするのは失礼になるかとも思ったのだ。
意識してそう考えた訳ではない。咄嗟に出た言葉の裏できっと、常識に基づいた思考が瞬時に巡った結果なのだろう。
だが言葉として出てしまえば、その裏にある意味を探れるかどうかは、受け取った相手次第。
そしての思惑など知る由も無い高杉は、当然と言えば当然のことながら、の言葉を文字通りに受け取った。
「へェ。俺に会いたかったって?」
「……いや、まぁ、うん……?」
にやりと口の端を上げた高杉に、は不穏なものを感じずにはいられない。
おかげで返答も曖昧且つ疑問形という、肯定しているのだか否定しているのだかわからないものになってしまったが、高杉は気にしなかったようだ。
「『俺に会いたい』っていう願いは叶ったぜ。さて、あと二つの願いは何だ?」
「…………」
どこか楽しげな笑みを浮かべたまま。高杉は臆面も無くそう言ってのける。
対するは無言。
最早何を口にする気力も無かった。
それでも身体はまだ一応動く。目は口ほどに何とやらと言うが、この場合、手は口ほどに物を言うのだろう。感情を言葉に乗せる代わりに、その手に乗せて。
力の限りに高杉の顔面に拳を叩きつけた。遠慮も躊躇も何も無く。ただ本能の命令に従うまま、機械的に。
まともに拳を受けて倒れこんだ高杉を尻目に、は無表情のまま早足でその場を去る。
何だこれは。天人による新手の精神攻撃か何かだろうか。そうとでも思わなければ腑に落ちない。事実、の気力は今、根こそぎ奪われている。この状態で天人の攻撃など受けようものなら、最後まで戦い抜ける自信が無い。
暇潰しの代価としては、これはあまりにも大きい。
もう寝よう。寝て、今までの事はすべて夢として忘れてしまおう。
盛大な溜息を一つ零し、は残り半日、自室へと引き篭もったのだった。
『厳選された口説き文句 ベスト10』
そんなタイトルの本が、数日後、資源回収のゴミの上に積まれていた事にが気付かなかったのは、幸か不幸か―――
<終>
わかりにくい話でスミマセン。
でも一人、口説き文句ワースト30を口走っているヤツもいますがね(笑)
この口説き文句の本、実際に出版されてるものです。国内は知りませんが、海外で。かなり笑えます。
('09.04.05 up)
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