只今、人生最大のピンチに陥ってます。
 
 
 
 
後朝になるとも



 
悲鳴をあげなかっただけ上出来だと、は自分で自分を褒めてやりたい気分だった。
もっとも、パニックのあまり声を出すという命令すら脳が出せなかった、というだけの事なのかもしれないが。
それも当然。朝、目を覚ますと、目の前に土方の寝顔があったのだから。
だが動顛しながらも手繰り寄せた記憶に、現状には納得する。
有体に言ってしまえば、抱かれたのだ。昨夜。部屋に戻った記憶が無いから、あのまま眠ってしまったのだろうが。
そう。昨夜の記憶が面白いくらいに途中でぶつりと切れている。眠った記憶も、浴衣を自分で着た記憶も無い。となると、着せてくれたのだろうか。そう思うと、は何だか頭を抱えたくなった。
昨夜はもう、恥ずかしさと痛さで今なら死ねると思ったのだ。残っている記憶はそれだけだ。これが気持ちいいだなんて、世の中にはマゾヒストしかいないのかと本気で思ったものだ。実のところ今でもそう思う。
それはさておいて。目下の問題は、自分が置かれているこの状況だ。
男に抱かれたのも昨夜が初めてで、当然ながら朝を迎えるのも初めてで。
一体、こういう時にはどんな反応をすればいいのか、皆目見当もつかない。やはり普通に朝の挨拶なのだろうか。それとも、昨夜の行為の感想でも言うべきなのだろうか。まさかそんな事を口に出せるはずもなく、かと言って「おはよう」の一言にしたところで、まともに顔を見られる自信がには無い。寝顔ですら見ていられないのだから。
いっそこの場から逃げ出してしまおうか。ふと思いついた考えは、少なくともにとっては最高の名案に思えた。
それは問題を先延ばしにしているだけなのかもしれないが、少なくとも対応を考える時間はできる。このままでは、土方が目を覚ますのも時間の問題だ。
善は急げ。痛む身体に顔を顰めさせながらもどうにか叱咤してもぞもぞと行動を開始する。浴衣を着せておいてくれてありがとう。なんて感謝の言葉は胸の内に留めて。
 
―――どこ行く気だよ」
「ぅぎゃぁぁぁああああぁっ!!!!」
 
反射的に土方の顔面を力の限りに殴りつけてしまったのは、決して自分のせいではないと後々までは自己弁護をする。
いきなり話しかける方が悪い、心の準備もできてない状態で声をかけるな、等々。でもそんな女心の機微を悟れとこの男に言う方が無理なのかと、そう思ったところでの自己弁護は変わらない。
確かに、グーで殴ったのは悪かったかなという気がしないでもないが。しかし自身、それどころではなかったのだ。軽い恐慌状態に陥っていたのだ。心神喪失状態は絶対に酌量の余地があるはずだ。
ともあれ、昨夜以上に色気の無い悲鳴をあげて。
だが逃げ出そうにも、殴りつけたその手首をぐいと掴まれてしまっては、この場から離れることすらできはしない。そのことにますます恐慌状態になってしまう。
 
「ちょっ、やだぁっ、帰るっ、帰るぅっ!!」
「あーもう黙れこのバカ」
 
誰がバカだ、などといつもならする反論を、しかし今ばかりはが口にすることは無かった。
余裕が無かったことは勿論だが、それ以前に口を封じられてしまってはどんな余裕があったところで反論などできるはずもない。
口唇に触れたのは、温かくもかさついた何か。覚えのある感覚に事態を把握したのが先だったか、背中にまだ温かい布団の感触を感じたのが先か。
どちらにせよ、行為が変わるわけでもない。開いていた口唇は容易く舌の侵入を許し、結果、は口内を好きに蹂躙されることになった。
口内の至るところを舐め上げられ、舌を絡めとられ。仕上げとばかりに下唇を軽く吸われた時には、押さえ込まれたの身体からはすでに力が抜け切っていた。
そういえば昨夜もこうだったんだっけ、と口吻けの余韻が残る頭ではぼんやりと考える。蕩けた思考回路がショートしている間に、あれよあれよと流されて―――
 
「いやぁぁぁあああっ!!!」
「耳元で叫ぶんじゃねェ!!」
 
再度上げた悲鳴に、今度はポカリと頭を叩かれた。
濡れた口唇が首筋を這う感触に、昨夜の、そして今し方の羞恥が蘇ったが故の、悲鳴。反射的に昨夜の痛みを思い出してしまい、の身体が無意識の内に強張る。
それをどう受け取ったか。溜息と共に、土方がから身体を離した。
圧迫感が無くなったのは嬉しい。けれども様子が何かおかしいと、は訝しく眉を顰めた。
 
「土方さん?」
「……そんなにイヤだったのかよ。昨夜」
 
ぽつりと漏らされた言葉に、羞恥も忘れては土方をまじまじと見つめる。だが今度は土方の方が態が悪いといったように目を逸らす。
自信を喪失したかのような言葉に、その態度。珍しいものを見たと、自身の置かれている状況を忘れ、は一瞬感動してしまった。こんな機会は二度と無いに違いない。
とは言え「イヤだったのか」と問われれば、は言葉に窮してしまう。
嫌だと言うのならば、いくら何でも流されたりはしなかった……と思う。そもそも、付き合ってすらいなかっただろう。
だから、嫌だった訳ではないのだ。ただ。
 
「……痛いのはヤです」
 
痛いのが好きだと言い出したら、本当にマゾヒストだ。そしてにはそんな趣味は無い。痛いのは嫌だ。
昨夜はとにかく痛かったのだ。身体が壊れるのではないかと思うほどの痛みに泣き喚いた記憶が、朧げながらも残っている。それが鮮烈すぎて、そこに至るまでの行為が記憶から抜け落ちているほどだ。
自分が痛みにこれほど弱い人間だとは知らなかった。
けれどもそれはあくまでも、痛い行為が嫌だというだけであって。
 
「だ、だから、その……痛くしないなら、別にいい、って言いますか……」
 
自分で口にしながら、恥ずかしくてならない。
顔が熱くなるのを自覚しながら、それでもは何かを言わなければと必死だった。何も言わなければ、誤解した土方に下手をしたら別れを告げられかねない。そちらの方が嫌だ。
 
「あとはっ、恥ずかしくてどう顔合わせていいかわかんなかっただけですそれくらい察してくださいこのバカ!!」
 
本当、今なら羞恥で死ねるのではと思う。
驚いたように視線を戻してきた土方に、今度はがふいと視線を逸らす。
それでも赤く火照った頬は隠しようがなく、布団に潜り込んで隠れてしまいたい、いっそこの場から逃げ出したいという衝動に駆られる。
だがそのどちらも叶う事は無かった―――抱きしめられてしまえば、身動き一つとるのも困難だ。
心臓がバクバクとかつてない速さで脈打っている。人の一生で心臓が脈打つ回数は決まっていると言うが、それが本当ならば自分は遠からず死ぬ運命に違いない。
 
「ンだよ。ビビらせんじゃねーよ、コノヤロー」
「あ、あの…土方、さん……?」
 
とりあえず耳元で喋らないでほしい。口には出さなかったが、は心底から思う。耳元で響く低い声は、ひどく心臓に悪い。心不全を起こしたら絶対に土方のせいだ。今の内に遺書に残しておこうとは決意する。
しかし今はそれどころではない。
一層強く抱きしめられて。耳朶を甘噛みされたかと思えば、首筋にかけて幾つも口吻けを落とされて。
嫌ではないと答えてしまった手前、その行為を拒絶することもできない。甘受するしか無いが、それでも反射的に強張ってしまう身体はどうにもならない。
けれども今度は、土方が溜息を吐くことは無い。代わりに、どこか面白がるような笑みを薄っすらと浮かべている。
 
「恥ずかしいってんなら、慣れるしかねェな。今夜もここに来いよ」
「へ……ぅえぇっ!?」
「妙な声あげてんじゃねーよ」
 
思わず戻してしまった視線の先で土方は、明らかに面白がっている。
だが同時に本気でもあるのだろう。抱きしめる腕に込められた力は、が返答をしない限り緩められそうにない。
呻いてみたところで土方はそ知らぬ顔。どうやら拒否権は与えられていないらしい。
慣れろと言われたところで、簡単に慣れることなどできそうにないようにには思える。けれどもこれでも一応は恋人なのだから、いつまでも恥ずかしがっていてはいけないのだろう。多分。
それに、恥ずかしいことに変わりはないのだけれども―――それでも、抱きしめられるのは、嫌ではない。
惚れた弱味とは、この事なのか。諦めて、は溜息を吐く。そして。
 
「じゃ、じゃあ……痛くないように、してください、ね……?」
 
耳まで赤く染め、そっと土方を窺うようにして呟いたのだった。



<終>



最後のところで土方さんはズッキュンやられてればいいよ(書き上げた瞬間の感想)
タイトルの意味は自分でもわかりません。何か最初についてたんですが、思考能力低下中で他に思いつかないためこのまま(酷)

ええと。実はこれ、30万HITリクとゆーか、「ほのぼのor甘甘」を満たしているのかどうか……
一応、リクで書いたつもりですが……ゆき様、こんなのでよろしかったでしょうか……?
実は銀さんも書いてたりするので、書きあがればそちらもアップしますね。ネタ的に似たり寄ったりな物ですが。

('09.04.29 up)