午前零時の恋心



「ねぇ副長」
「なんだ」
「世間はゴールデンウィーク真っ只中ですよね?」
「そうだな」
「私達、何やってるんですか?」
「仕事だろ」
 
簡潔に事実だけを述べてやれば、隣でがくりとが項垂れるのが気配だけでもわかった。
真選組に盆も正月もゴールデンウィークもあるものか。
わかっていて入隊したのだろうに、せっかくの休日に、と愚痴を零す輩は隊内に掃いて捨てるほどにいる。もその一人と言うわけだ。
常であれば説教の一つでもくれてやるところだが、生憎と今はそれどころではない。
夜の闇に紛れての張り込み。夜も更けて周囲が寝静まっている今、迂闊に大声など出せるはずも無い状況だ。
狭い場所から動く事も叶わず何時間が経過したことか。しかも張り込みをしている相手が今日動きを見せるという保証も勿論無い。骨折り損になるだけかもしれない張り込みを続けていれば、愚痴が漏れてしまうのも仕方が無い―――という言葉では片付けたくは無いが、言いたい事はわからないでもない。
座り込んだ隣でが大欠伸をする。張り込みをしているという緊張感の欠片も無い。もともと、じっとしている事が苦手だと自他共に認めているに、張り込みなど不向きに決まっている。
だが、人出が足りない状況で向き不向きを考慮している場合ではないのだ。
 
「ねむ……」
「寝てんじゃねーぞ」
「寝ませんよぅ……寝たら、副長に面白いトコ全部持ってかれちゃう」
 
張り込みよりも殴り込みの方が、ずっとの性分には合っている。
これもまた自他共に認める事実なので、本人は隠そうともしない。それにしたところで、攘夷浪士との斬り合いを「面白い」と評することができるのは、くらいのものだろう。殺るか殺られるか、その鬩ぎあいを「面白い」の一言で片付けるなどとは。
そのあたりは本人の感覚の問題であるし、それをどうにかしようとする努力は土方はとうの昔に放棄している。土方にできることは精々、が暴走しないようにその手綱を握ることくらいだ。
 
「言っておくが、今日動きがあるとは限らねーぞ」
「えー?」
「文句言ってんじゃねェ」
 
ポカリと殴れば、ぶつぶつとが文句を言う。暗がりで表情は見えないが、膨れっ面をしていることは間違いない。
こうしたやりとりだけ取ってみれば、少々気の強い我が侭娘でしかない。御用改めとなれば心底楽しそうに剣を振るう、じゃじゃ馬も跳ね返りも通り越して最早悪鬼のような女だと、誰が考えるだろうか。
つまらなさそうに溜息を吐くだが、それでも寝るつもりはないらしい。周囲に気を配りながら「副長」と話しかけてくる。
 
「なんで副長自ら、張り込みなんて地味な仕事やってるんですか?」
「人手が足りねェからだよ」
「じゃあ、なんで私と一緒に?」
「てめーの面倒見切れるヤツが、他にいるのかよ」
 
からかうつもりは無く、それは純然たる事実であったのだが。しかしはからかいの言葉と受け取ったようだ。
ムスッとむくれたのが、気配からわかる。がわかりやすすぎる性格をしているのか、或いは―――
それは考えずともわかる結論で、だからこそ土方は口にするつもりはない。口にできるはずもない。
わずかに生じた動揺を落ち着かせるために煙草でも吸いたい気分だったが、相手側に気取られる可能性がある以上、それはできない。
できないとなれば余計に苛立つもので、ああどうしてよりによってと二人きりなのかと、采配した過去の自分を恨みたい気分になった。
かと言って、こんな暗がりでを他の男と二人きりにさせるなど言語道断、だからこそわざわざ自分が出張ったのだ。の問いに対する本当の答えは単純明快、土方の個人的感情に他ならない。
 
「……嘘でもいいから、もっと他の言い方してくれてもいいじゃないですか」
「嘘言ってどうすんだよ」
「乙女心ってモンが満たされるんです」
「誰が『乙女』だ」
 
正直者が馬鹿を見るとはまさにこの事で、予測済みではあったが、呟いた瞬間に土方はに叩かれることになった。
にしては珍しくも手加減をしたのか、然程痛くはない。流石に張り込み中ということで自重したのだろうか。何にせよ、痛いよりは痛くない方が良いに決まっている。
 
「それから副長」
「今度は何だよ」
「お誕生日おめでとうございます」
 
それはあまりに唐突な言葉で。
一体何を告げられたのか、一瞬、土方には理解できなかった。
理解してようやく、土方は本日の日付を思い出す。
5月4日―――いや、携帯電話を取り出して確認する。夜が更けて日付が変わっていた。現在、5月5日午前0時5分。誕生日である事など、思考からすっかり抜け落ちていた。
 
「一度やってみたかったんですよね。日付が変わったら一番に『おめでとう』を言ってあげるのって」
「なっ……」
「これが乙女心ってモンなんです」
 
何が乙女心だと、言ってやりたい気分だった。
の言葉に込められた意味がわからない。文字通りに受け取れば、別に相手は誰でも良かったというだけのこと。だが何か意味が含まれているとすれば―――の言葉は深読みするだけ馬鹿を見るとわかっていて尚、考えずにはいられない。たとえそれが、自分に都合の良い思考なのだとしても。
ここが暗がりで良かったと土方は思う。でなければ、動揺があからさまに表情に出ているはずだ。
しかしそんな土方の胸中を知ってか知らずか、は言うだけ言って満足したのか、本来の目的―――要するに張り込みの対象へと視線を転じていたらしい。
 
「あ、副長。動きあるみたいですよ。良かったですね」
「……何がだよ」
「え? だって。上手くいったら浪士を大量検挙できますよ?」
 
すごい誕生日プレゼントですよ、と喜色を滲ませた声に、それで喜ぶのはお前だけだと土方は胸の内だけで突っ込んだ。
の言葉通り、見張っていた屋敷へと、如何にもな風体をした浪士達が次々に入っていく。会合の詳細は、検挙してから調べ上げればいい。
今にも飛び出していきかねないを押さえつけながら、土方は屯所へと電話をかけ簡潔に事態を告げる。
無駄骨に終わらずに済んだ張り込みに安堵し、そして―――
 
「おい」
「何ですか? 二人で突撃しちゃいますか? いいですよ、それも楽しそう―――
「お前の誕生日も、日付変わった瞬間に祝ってやるよ」
 
平静を装った言葉で、土方はの様子を窺う。
と言っても暗がりにいては表情など見えはしない。気配を探るだけではあるが。それでもの反応は大概わかるつもりだ。
しかし、そんな術に長けていなくとも、この時ばかりはの様子など誰だとて手に取るようにわかったことだろう。
はっと息を呑む音が聞こえたかと思えば、そわそわとする気配。明らかに動揺している様に、土方は溜飲を下げる。自分ばかりが動揺させられたのでは面白くない。
 
「……副長のタラシ。スケベ」
「何でそうなるんだよ」
 
負け惜しみとも思えるような口調に、文句を口にしつつも腹は立たない。
隣で蹲るに、してやったりとばかりに笑みを浮かべて。
誕生日というのもなかなかどうして、悪くないものだと、満悦する土方だった。



<終>



一日遅れましたがね。土方さん、お誕生日おめでとうございます!
突発で書いたものなので支離滅裂ですが、今更なので気にしない事にします。してください。

('09.05.06 up)