それは、ふとした思いつきでしかなかったのだけれども。
 
 
 
 
あかいと



 
パチン、と小気味よい音と共に、糸がぷつりと切れる。
手にしていた糸切り鋏を下ろすと、今し方まで取り掛かっていた繕い物の出来栄えを確認する。
職人ではないのだから細かい事を言い出すとキリが無いが、それでも概ね満足のいく仕上がりだ。
自身の仕事に及第点を与えて、は繕い物と裁縫道具を片付ける。
最中、ふと手を止めたのは、中途半端な長さの糸。
縫い物に使うには少し短く、かと言ってゴミとして処分してしまうには少し勿体無いような―――帯に短し襷に長しとは、まさにこの事だ。細い細い糸では、帯にも襷にもなりはしないが。
もう少し短めに切っておけば良かったな、と少しばかり悔やんでも後の祭。
道具を片付け終えると、仕方ないとばかりには腰を上げた。勿体無いと思って取っておいたところで、使い道が無いのは変わらない。ならば潔く捨ててしまうのが、部屋を片付けるためのコツなのだ。
部屋の隅に置いてあるゴミ箱までは、十数歩。だがそこに辿り着く前、足を数歩進めたところでは立ち止まった。
縫い物に集中して気付かなかったが、今思えば確かにやけに静かだったと思う。
ソファの上。最早定位置とも呼べるその場所で、銀時が寝息を立てていた。
いつもならば、が他事に精を出していると、まるで甘えたがりの子供のように構いたがってくると言うのに。道理で縫い物が早く終わる訳だ。
普段からこうであればいいのにと思う反面、構いたがる銀時の気持ちが少しだけわかったような気もしてしまう。仮にも恋人なのだ、自分がいるのに寝られるなど、放っておかれているようで面白くない。
なんて、我が侭。
苦笑しながら、次に構われた時は少しくらい相手をしてあげようかと、そんなことを思う。
無防備な寝顔を見られるのは恋人の特権―――そう思えば込み上げてくる嬉しさ。嬉しくて、切なくて。寝顔一つで溢れ出す感情。
ああ、こんなにも好きなんだ。
いつの間にかソファの前に座り込んで。笑みを零して、ふと思いつく。
手の中にあるもの。長くもない、短くもない。その糸の色は、赤。
あかいいと。
それは本当に、ふとした思い付きでしかなかったのだけれども。
どうにも使い道が見つからなかったその糸に、はたった一つだけ用途を見出した。
ソファの上からだらりと落ちている銀時の右腕。
熟睡している銀時を起こさないように気をつけながら、そっとその右手の小指に糸の端を巻き付け、結わう。
たったそれだけのことで、高鳴る鼓動。あまりにもうるさくて、この音で銀時が起きてしまうのではないかと、そんなことすら思えてくる。
まるで落ち着く気配の無い鼓動をそのままに、が手にするのは赤い糸のもう一端。それを自身の右手の小指に巻いてみて――結わうのは難しそうなので諦めた――これで目的達成。
二人を繋ぐ、赤い糸。細く頼りない糸だけれども、それでも確かに二人を繋いでいる。
運命で結ばれる二人は赤い糸で繋がっている。なんてそんな迷信を本気で信じているわけでもないのだけれども。
それでも何とはなしに嬉しくなってしまうのは何故だろうか。
小さな自己満足と同時に湧き起こる気恥ずかしさ。いい年をしてどこか子供じみたこの行為に、頬に熱が集まるのがわかる。
銀時が起きてしまう前に解いてしまおう。そう、銀時の手を取りかけた時だった。

「ひゃ…!?」

手首を掴まれたかと思うと、伸ばした腕を引かれて。
ぽすん、と銀時の上に乗る上半身。すぐ目の前には、にやにやと人の悪そうな笑み。
 
「……起きてたの、銀ちゃん」
が傍にいて、俺が気付かねェ訳ねーだろ」
 
もし最初から起きていたのならば、何て性格が悪いのだろう。それでは誤魔化せるものも誤魔化せはしない。
とは言え、銀時の右手小指に結わえられたままの赤い糸を見れば、最初から起きていなかったにしても察せられている可能性は甚だ高い。
恥ずかしさのあまり逃げたくて身を捩ったものの、がっしりと上半身を抱きこまれてしまっては身動き一つも容易ではない。
せめて目だけでも合わせまいと顔を逸らすと、くつくつと低い笑い声が聞こえる。何もかも見透かされているようで、恥ずかしいどころの話ではない。居た堪れなくて、穴があったら入りたいとは、まさに今の心境だ。
けれども銀時にはどうもを離してくれるつもりがないらしい。もがくほどに、更にその身を強く抱きすくめられてしまう。
 
「それに、せっかくなら、な?」
 
何がせっかくなのかと、問いかける余裕も今のには無い。
しかしの反応など最初から求めていなかったのか、無反応のを気にすることなく勝手にの手を取る。
 
―――よし。しっかり繋いでおかねーとな」
 
満足そうに頷く銀時の手には、の右手。そしてその小指にしっかりと結わえられた、赤い糸。
一瞬、何が起こったのかわからず、はぱちくりと目を瞬かせる。
赤い糸。右手小指に結ばれたその先を視線で辿れば、到着点は銀時の右手小指。蝶結びになっているそれは、先程自身が結んだものだ。
二人の右手小指を繋ぐ、赤い糸。
その意味に気付くや、糸に負けないばかりには頬を赤く染める。
そもそもは自分が始めたことだというのに。それでも面と向かってこんなことをされてしまうと、どうしたって気恥ずかしい。
決して嫌だというわけではないのだけれども。
 
「……ほんとに私でいいの?」
「それは俺の台詞なんだけど?」
 
結ばれる運命にある二人は、赤い糸で結ばれている。
運命などというものを信じているわけでもないけれど。
そんな大層な相手に自分を選んでくれるのが、冗談混じりなのだとしてもは嬉しくてならない。
もしも「運命の赤い糸」なんてものが本当に存在しているのだとしたら。
自分たちで結んでしまったものでも効力があればいい―――大して信じてもいない神様に今だけ祈りながらは、銀時の胸に顔を埋めた。



<終>



赤い糸って、右手だったんですね……ずっと左手だと思ってました。
しかもそもそもは縄だし。しかも足だし。出所は中国だし。
今回ちょっと調べてみてビックリしました。しょーもない雑学が増えた(笑)

('09.05.09 up)