遊び心の独占欲



「うぅ……白澤さまぁ……」

爽やかな朝とは裏腹に、恨めしげな声に呼ばれ、白澤は意識を浮上させる。
聞き覚えのあるその声の主からは、恨まれる覚えは一応ある。昨夜の気怠さを残したままゆっくりと目を開けば、案の定、目の前には一夜を共にした女がいた。
白澤とは対照的に、昨夜の痴態など無かったかのようにきっちりと着込んだ彼女。視線を彷徨わせれば、声の通りに恨めしげな瞳と目が合った。

「白澤さま。だから目立つところに付けないでって、言ってるじゃないですか」
「ああ。ごめんごめん。昨夜のが可愛くて、つい」

が文句を言っているのは、首筋に付けたキスマークの事だ。
衣服では隠しきれない場所に付けられたそれは、誤魔化しようが無いほどくっきりとその存在を主張している。
念入りに付けたそれは、一体どれだけ残ってくれることだろうか。どれだけを悩ませてくれるのだろうか。
思惑通りに付いたそれにほくそ笑む白澤に対し、は頬を膨らませて怒っている。

「何度言ったらわかるんですか。学習能力ないんですか。馬鹿なんですか。神獣なのに。それとも白澤さまって実は馬と鹿の相の子でしたっけ。所詮はケモノですかそうなんですね」
「……さすがにそれは、ちょっと酷くない?」

苦笑してみるも、「酷くないです」とにべもなく言われてしまった。
が怒る理由も、わからないではない。同じやりとりをこれまで何度繰り返してきたことか。
学習能力などあるに決まっている。それでも止めることをしない白澤の真意を、は考えたことがあるのだろうか。
きっと無いのだろうな、と白澤は考える。そんなだからこそ白澤に付き合うのだろうし、何より、白澤自身それをに伝えるつもりがない。

「まったく……たまには真剣に人の話聞いてくださいよ」
「僕はいつだって真剣だけど?」
「遊ぶことに、ですよね?」

呆れたように溜息を吐いて、が肩を竦める。どうやらこの話はこれで終わりのようだ。
付けられてしまったものは仕方がない。どうやって誤魔化そうかと悩みながら部屋を出て行こうとするその背中に、白澤は声をかける。

「またメールちょうだいね」
「人の話を聞いてくれるなら考えてあげます」

振り返ったが悪戯っぽく笑う姿に、彼女が本気で怒ってはいないことを知る。
その言葉を最後に、何の未練も無いように部屋を出て行った
実際、未練など無いのだろう。
遊びだと誘ったのは白澤。それに乗ってきたのは。ただそれだけの、後腐れのない関係。
白澤が他の女を誘おうとも、は何も口出ししない。その代わり、は自身の都合で白澤に誘いをかける。
心地良いはずのその距離感。どこか物足りないと感じたのはいつからだったろうか。
何度抱いても、気付けばするりと腕の中からすり抜けていく。
目立つ場所にわざと痕を残すのは、その物足りなさを少しでも埋めるため。

「あーあ。僕もヤキが回ったかなぁ」

ぼやきながら白澤は身体を起こす。
たとえ誰も聞いていなくとも口に出すつもりもない想い。気の遠くなるほどに重ねた歳月で、自身の感情すら誤魔化す術を身に付けてしまった。

「無駄に歳はとりたくないもんだね」

苦笑しながら、寝台を降りる。
さて、彼女のために設定したメロディーが次に彼の携帯を震わせるのは、いつになるだろうか―――



<終>



たとえ本気になっても、真剣に相手と向き合えない白澤さまとか妄想すると萌えるのは私だけでしょうか。

('14.01.16 up)