恋する第一補佐官様
「どうかしましたか、さん」
裁判に必要な書類を閻魔殿まで届けに来たは、獄卒の一人で、更に付け加えるならば鬼灯の恋人だ。
忙しい中、仕事とはいえ少しでも顔を合わせられるのは嬉しい事だというのに、当のはどこか浮かない表情をしている。
どこか体の具合でも悪いのか。それとも悩み事でもあるのか。心配した鬼灯が声を掛けても、は「何でもないです」と笑って首を横に振るばかり。
しかし、すぐにまた元の表情に戻ってしまうその顔を見せられて、「どうかしていない」と納得するのは無理な話だ。どう考えても何かあったとしか思えない。
そうとなれば、たとえ相手が恋人であっても容赦はしないのが鬼灯だ。
そそくさと帰ろうとしたの腕を引くと、もう片方の手での頬を抓り上げた。
「嘘を吐くのはどの口ですか。大叫喚地獄に放り込みますよ」
「ひひゃいへふ、ほへんあはい」
「何を言ってるのか、わかりませんよ」
「……鬼灯様のせいごめんなさい私が悪かったです」
一度は離した手をもう一度頬へとやれば、は即座に謝ってきた。
初めから素直に話せば良いものを、と促せば、はおずおずと上目遣いに鬼灯の顔を窺う。その表情が嗜虐心を堪らなくそそるのだとは、おそらく本人は気付いてはいまい。
世の中には気付かなくてもよい事がある。万が一気付かれてしまえば、おそらくこの表情を見られる機会が格段に減ってしまうに違いない。それでは実に面白くない。
などと鬼灯が密かに考えていようとは、勿論、は知る由も無い。
「……怒りませんか?」
「さあ」
「……馬鹿にしませんか?」
「今すぐ馬鹿にしてあげましょうか」
「もう! 鬼灯様のバカ!」
躊躇いがちに口を開くをからかっていたら、先に馬鹿呼ばわりされてしまった。
とりあえずその頬を再度抓り上げる事で軽いお仕置きに変えると、すっかり赤くなってしまった頬をさすりながら、が不満そうに鬼灯を睨みつけてきた。
とは言え、迫力など皆無なのだが。鬼灯の目にはむしろ可愛らしいとしか映らない。恋人としての欲目を差し引いたとしても、だ。獄卒として亡者からなめられたりしないかと心配になるほどだ。
「……私にはいじわるばっかりするくせに」
「はい?」
「座敷童子ちゃんたちにばっかり優しくて。頭撫でてあげてて」
「ヤキモチですか」
「そうじゃなく―――!?」
「貴女にも十分優しいつもりなんですけどね」
だからこそ、からかったり喧嘩したりはしても、本気で怒った事などない。要らぬ心配もしてしまう。それなのに伝わっていなかったとは、極めて残念な事だ。
それほど自分はわかりにくいだろうか。確かにそう言われる事もあるが。
多少なりとも衝撃を受けた鬼灯だったが、すぐに気を取り直す。ならばわかりやすい行動で示してやればいい。
とりあえず、座敷童子たちにしているように頭を撫でてやれば、は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
わかってみれば、その浮かない表情の原因は実に可愛らしいヤキモチだったわけだが、どうやらこれで機嫌は直ったようだ。
「で、これだけで十分なんですか?」
「え?」
「座敷童子たちと同じ扱いで満足するんですか、さんは?」
頭を撫でていた手で、そのまま髪を弄びながら問い掛けたその言葉。
隠された意図はに伝わったらしく、ただでさえ赤かった頬は更に紅潮してしまった。顔から湯気が上るのではないかと思えるほどだ。
「……………もっと、してほしいです」
暫くの間を置いてぽつりと落とされた声は小さな小さなものだったが、それでも鬼灯の耳にはしっかりと届いた。
愛しい恋人の声なのだ。聞き逃す筈もない。
その答えに満足し、鬼灯は恥ずかしさのあまり目を伏せたの耳元へと口を寄せる。
「では、続きは今夜、私の部屋で」
囁き、手にしていた髪にそっと口吻けを落とす。
しかし、それが限界だったらしい。「し、失礼しますっ!」と口早に言うや、鬼灯の手を振り解いては駆けだしていってしまった。
一瞬だけ見えた顔は、今にも卒倒しそうな程に真っ赤で。おそらくあの顔の熱は暫く引かないだろう。同僚から指摘され慌てふためくであろうを想像するだけで何やら楽しくなってくる。
さて。この手を振り解いた事に対するお仕置きに、何をしてやろうか。
「……あのさ、鬼灯君。ちゃんとイチャつくのはいいけど、時と場所を考えなよ」
「ちくしょうこのリア充めぇぇぇ!!」
閻魔大王の言葉に、そう言えば仕事中だったかと鬼灯は思い出す。
が、仕事中の雑談ならば誰だとてやっているだろう。ならばこの程度の会話、許容範囲ではないか。
そう判断した鬼灯は、閻魔大王のボヤキを黙殺し。
偶々居合わせた亡者の叫びは金棒一振りで黙らせ。
久々に愛しい恋人と過ごせるであろう夜に、鬼灯は思いを馳せた。
<終>
すごくどうでもいいのかもしれないけど、これ、ヒロインが鬼でも恋『人』でいいんだろうかと考え込んでしまいました。
とりあえず私は、頭撫でられるのが好きです。
('14.02.03 up)
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