番外HEAVEN 〜彼女は誰かに恋してる〜



最近、の様子がどうもおかしい。
ぼーっと窓の外を眺め続けていたかと思えば、長々と溜息をついたり。
何か悩み事でもあるのかと尋ねてみても、「なんでもない」と笑って誤魔化すばかり。
けれども、明らかに何でもないわけがない。
のこの様子に、万事屋一行はもちろんのこと、真選組の面々もまた、心配を隠せない。

そんなある日。

いつものように万事屋へと向かう新八の目に、見慣れた姿が飛び込んできた。
である。
何の気なしにに呼びかけようとして、しかし新八は言葉を飲み込んだ。
言葉をかけるのを思わず躊躇うほど、は真剣な表情で店の内をガラス越しに見つめているのだ。
じっと見つめているかと思うと、不意に溜息をつく。それでも諦めきれないかのように、再びガラスの中を見つめては溜息の繰り返し。
その溜息のつき方は、ここ最近のそれとまったく同じである。
となると、おかしさの原因はここにあるのではないか。
気になった新八は、が溜息をつきながら歩き出した後、その見つめていた店の中を覗き込んだ。
 
「……これって、まさかさん」
 
思わずの姿を目で追い掛けたものの、すでにその後ろ姿は見えなくなっていた。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
―――オイオイ、マジでか」
 
その日の昼過ぎ。
頼まれて買物に出掛けたの後をつける影が三つ。
万事屋一行である。
新八からの報告を受けて、その確認のためにこうしてつけているのである。
目論見通りが朝と同じ店の前で立ち止まったのを確認して、銀時が呟きを漏らす。
が一心に覗き込んでいる店。その看板には見間違えようのない大きさで「冠婚葬祭 貸衣装」と書かれている。
おまけにが覗き込んでいるその先には、いくつかの花嫁衣裳が展示してあることも、新八が確認済みである。
つまりは、花嫁衣裳を見ては溜息をつき、それに思いを馳せてはぼーっとしているということか。
それにしても、花嫁衣裳というのが意味深である。
 
「もしかしてさん、誰か結婚したい相手でもいるんですかね」
「マジでか。私、に聞いてくるネ」
「待て待て。焦っちゃいかんよ。大体、相手なら」
「俺しかないですねィ」
 
最後の言葉に、三人は顔を見合わせた。
だが、それが三人の内の誰でもない人物の発言であることはすぐにわかる。
ならば、と同時に振り返る。
するとそこには案の定、沖田がにやにやと笑って立っていた。
途端、殺気立つ神楽と、不機嫌を隠そうともしない銀時。
そんな二人に、沖田は逆に上機嫌。
だが、その機嫌に水を注す人物もまた、ここにはいた。
 
「誰に決まってるって? あァ?」
 
沖田の後ろに立っていた土方である。煙草をくわえた仏頂面に、 銀時の不機嫌度合いは最高潮に達する。
銀時に沖田、土方と。三者三様三竦み。
 
さんに想われてるのは、俺でさァ」
「何言ってんの。俺なんかの王子様だよ? が好きなのは俺に決まってんじゃん」
「あァ? 王子様だァ? んな死んだ目にふざけた肩書きつけてんじゃねェよ」
「最初に言ったのはだぞ。テメーの感性を否定する気ですかコノヤロー」
さんの感性が個性的なだけでさァ」
「そーだよ。だから天パーの俺を愛してんだよ」
「勝手にの感情決めつけてんじゃねェよ」
「とか言いながら土方さん、さんが好きなのは自分だとか思ってんじゃねーですかィ?」
「バッ……ち、違ェよ!!」
「顔が赤いよ、土方君〜?」
「っ!? てめー、笑ってんじゃねェ!!」
 
どうやら図星だったらしい。今にも剣を抜きかねない土方に、銀時は笑いながらもやや身構える。
沖田は高見の見物を気取ってはいるが、漁夫の利を狙っているのは一目瞭然。まさに一触即発。それこそ傍観者でありたい新八は、思わず一歩下がる。
しかしここで、この場にいるはずのもう一人の姿が見えないことに気付いた。
いつもであれば真っ先に「は私のものネ!!」と噛み付いているであろう神楽が見当たらないのだ。
一体どこへ行ったのか。
周囲を見回して―――その姿を捉らえた時には、神楽はすでにの傍にいた。
 
「か、神楽ちゃんっ!?」
 
新八の慌てた声に三人も現状に気付いたものの、時すでに遅し。
神楽に話し掛けられたは、焦るようにぱたぱたと手を振り―――そして神楽に教えられたのか、隠れていたはずの銀時たちに視線を向けた。
バレてしまっては隠れている意味がない。
後をつけていたことまで神楽が暴露していないことを祈りつつ、銀時たちはの前へと歩いていった。
 
「みんな、どうしたの?お仕事?」
 
首を傾げながら、は銀時に問う。
自分が真っ先に話し掛けられたことに気分をよくした銀時だったが、口を開くよりも先に、沖田が「そうなんでさァ。旦那たちとはちょうどそこで会ったんでィ」と台詞を引ったくる。
当然、銀時は面白くない。
更には神楽がにやにやと意味深に笑っているのも気に入らない。
だが、つまらない嫉妬でを傷つけることなどしたくはないのだ。
表向きは平静を装って。銀時は口を開いた。
 
「なに。こそこんなところ覗いて。結婚したい相手でもいんの?」
 
途端、その場が静まりかえる。
皆、の答えを待っているのだ。
問い質した本人であるはずの銀時ですら、固唾を飲む。
一応、相手が自分だろうという自信はそれなりにあるのだ。
王子様などという恥ずかしい肩書きをつけられたことも、つまらない嫉妬で泣かせてしまったことも、が自分のことを好きだからではないか。
そう期待して、敢えてずばり聞いてみたのだ。
だがそれでも緊張は拭えない。
幾ばくかの沈黙。
それを破ったのは、小首を傾げたの言葉だった。
 
「え。なんで?」
 
目を瞬かせるその頭上には、間違いなく疑問符が浮かんでいる。
だがその反応に、男達も目を瞬かせた。
の態度からは、ごまかしている様子など微塵も感じられない。
つまりは、本気で銀時の質問の意図をわかっていないということだ。
 
「……それならさん、何を見ていたんですか?」
 
確かに花嫁衣裳に見入っていたのならば、こんな反応は無いはずだ。
その場の男性一同の気持ちを代弁するかのように新八がに問い掛ける。
 
「あ、あのっ! 何でもないの! 本当に何でもないから!!」
 
慌てふためくだが、だからと言って店内を隠せるわけでもない。
一同が覗き込むと、そこには当然のことながら、花嫁衣裳が展示されている。
これを食い入るように見つめておいて、何を否定するというのか。
揃ってに目を向けると、4人の男の視線に耐えかねたように、は赤くなって俯いてしまった。
 
「これだから男は野暮ネ。女の秘密は詮索するもんじゃないアルよ」
「……てめー神楽。知ってんな、その顔は」
 
にたり、との隣で笑う神楽。
普段ならば酢昆布で釣れそうなものだが、事がに関わるとなれば、酢昆布一年分程度では動きはしないだろう。
 
。野暮な男なんかほっといて、女二人で買物に行くアルよ!」
「か、神楽ちゃん! あ、みんな、その、お仕事頑張ってね!」
 
神楽に手を引かれ、は慌ててそちらについていった。
本来ならばそれを追いかけたいところなのだが、「仕事中」だと言ってしまった以上、そしてに「お仕事頑張ってね」と言われてしまった以上、それを無視して追いかけたら何を言われてしまうか。
結局、男4人、呆然とその場に留まる羽目になってしまった。
 
「……結局、が好きなのは俺ってコトでファイナルアンサー?」
「どこをどうしたら、そんな結論が出やがるんだ。脳まで糖に侵食されやがったか?」
「そういう土方さんこそ、脳がマヨネーズ製になってるんじゃないですかィ?」
「テメっ、総悟! 刀抜けェェェェ!!」
「結論っつか、事実だな。が俺のこと好きなのは。
 残念だったな。おめーらの出る幕なんか、これっぽっちもねーよ」
「そりゃこっちの台詞でさァ。
 旦那は噛ませ犬、真打は俺だったというオチが待ってるんでィ」
「勝手なこと言ってんじゃねーよ。
 がいつ、てめーらのことが好きだと言った。あァ?」
「てめーのこともな。多串君」
「誰が多串だコラァァ!!」
―――もしかしてさんが見てたのは、アレなんじゃないですか……?」
 
往来で掴みかからんばかりになっていた三人を他所に、ぽつりと新八が漏らす。
その言葉に、三人同時に店内を覗き込む。
新八が指さしたその先。花嫁衣裳のその奥。
衣装を引き立たせるための賑やかしなのだろう。煩くない程度に飾り付けられたいくつもの造花と。そして。
人の背丈ほどもあるだろうかという、クマのぬいぐるみ。
 
「……マジでか」
さん、確かにああいうの好きそうですからねィ……」
「ガキくさい嗜好してんだよな。そう言えば」
 
ぬいぐるみを見ていたのに、結婚がどうのと言われては、疑問符を浮かべるしかないであろうし。
見つかって赤くなったのは、自分でも子供っぽいとわかっているからか。
溜息をついていたのは、どう考えたところで、今の給料では手の届かない代物だからだろう。
途端、何もかもに納得がいってしまい、溜息が重なる。
 
「あー……長期戦は得意じゃねぇんだけどなァ」
「なら俺が貰わせてもらいますぜィ?」
「長期戦だろうと、望むところだ。俺は―――オラ。行くぞ、総悟」
 
なし崩し的に、それぞれの方向に歩き出す三人。
取り残された形になった新八は、それぞれの背中を一瞥し。
首を傾げながら、ぽつりと口に出した。
 
「でもさんのあの目は、恋する人間のものだった気がするんだけどなぁ」
 
誰も聞いてはいないし、聞かせるつもりも特にない独り言ではあったのだが。
―――その真相は、当人のみぞ知る。



<終>



単に、サブタイトルが使いたかっただけのネタ。
かなりの部分、仕事先の昼休み中に携帯でがしがし打ってたので……まぁその。文章がおかしかったらすみません。