番外HEAVEN 〜星に願いを〜
そもそもの発端は。
「明日は七夕なんですね」
と、が何気なく口にしたことだったか。
それは、他愛の無い話題。特に深い考えがあったわけではないだろう。
だが、その場には偶然、近藤がいた。
このような祭り事は好きな近藤である。
おまけに口にしたのは。それを放っておくわけがない。
結果、近藤はどこからともなく笹を調達してきて、屯所内に立て。
そして。
* * *
「―――なんでてめーらがここにいるんだ」
「俺はについてきただけだ。誰が好き好んでこんなトコ来るかよ」
真選組屯所内。
その庭に立てられた大きな笹の前。
土方と銀時は、互いの顔を見向きもせず、しかし並んで、とある一点を見つめていた。
二人の視線の先ではが、神楽や新八と一緒になって笹飾りを作っている。
今日は七夕。
「七夕飾りを作りたいの」とのの言葉に頷いてしまったのが運の尽きか。
結果、つれてこられた先で、銀時は面白くも無い相手の隣に立って、抜け駆けされるのを牽制する羽目になっている。
しかしそれは、土方とて同じこと。
密かに火花が散らされているのだが、当のはまるで気付いていない。
一つ笹飾りができるごとに、机を挟んで向かいに座る神楽とやけに楽しそうに笑い合っている。
今回、一番の役得は神楽なのであろうか。
新八も新八で、飾りの作り方をと教え合ったりと、なかなかに羨ましい位置にいる。
にこにこと笑っているは、確かに見ているだけでも幸せすら感じる。
が、どうせならば、そのすぐ隣で笑顔を見ていたい、と思うのもまた事実。
物足りないながら、それでも隣に立つ男をの傍に寄らせてなるものかと、つまらない意地を張る男が笹の下に二人。
だが、そんな二人を嘲り笑うかのように、にやにやと笑いながらに近づく影が一つ。
「さん。俺も混ぜてもらっていいですかィ?」
「あ、総ちゃん!」
総ちゃんこと沖田総悟。
二人の男の視線や、目の前の神楽の非難の目も何のその。何食わぬ顔での隣に腰を下ろす。
はそれを咎めたてもしない。当然と言えば当然ではあるが。
しかし、その当たり前の光景に、土方も銀時も心穏やかではない。
「オイ。テメーんとこのガキ、躾がなってねェんじゃねーの?」
「その台詞、そっくりそのままてめーに返してやるよ」
土方の言葉が終わるか終わらないかの内に、神楽が沖田に掴みかかっている。
それを慌てて止めようとしていると、もはや諦めたように溜息をついている新八。
に宥められて、神楽は沖田から手は離したものの、それで納得したわけではない。
机を回り込み、沖田と挟むようにしての隣に座り込む。
今度は沖田が神楽を睨むものの、当然ながら神楽がその程度で怯むわけもない。
「! 次は何を作るネ?」
「うーん……どうしよう、新八くん」
「笹飾りは、もう十分なんじゃないですか?」
新八の言葉通り、床の上にはたくさんの笹飾りが並べられている。
大きな笹に飾るとは言え、十分すぎるほどの量であろう。
それに何より。
「そうだね。短冊も飾らなくちゃいけないしね」
「あ。短冊なら俺、近藤さんから一枚、預かってきましたぜィ」
そう言って、沖田が机の上に出した短冊には、「お妙さんと結婚できますように」と、短冊からはみ出さんばかりの文字で書いてあった。
なんとも「らしい」願い事に、は苦笑する。
そこへ新八も「僕も、姉上から短冊を預かってきたんですよ」と取り出す。
短冊に書いてある願い事は「道場復興」と、簡潔にただ一言。
これはこれで、やはり「らしい」願い事だとは笑う。
だが、七夕行事を知らない神楽は、不思議そうに短冊を見ている。
それを察したのか、新八が短冊を差し出しながら神楽に説明を始めた。
「神楽ちゃん。七夕ではね、この短冊に願い事を書いて笹にかけると、その願い事が叶うと言われてるんだよ」
「マジでか。なら、ご飯に『ごはんですよ』たっぷりかけて食べられるアルか!?」
「安っぽい願い事だな。チャイナ娘は」
バカにしたかのような沖田の言葉にまたもや神楽が殴りかかろうとするものの、再びに宥められる。
まるで保育園の保母さんのようだと、その様子を見た新八は思わずにはいられない。
そして保母さんらしく、目の前の事だけではなく、周囲にも気を配っている。
笹の前に突っ立っている二人に顔を向けると、にっこりと笑う。
「銀ちゃん! 土方さん! ほら、短冊!」
短冊をひらひらと振りながら二人を呼ぶには、誰も敵わないのだ。
二人同時に呼ばれたことが気に食わないながらも、呼ばれるままに銀時も土方もの元へ行く。
「一人一枚ずつだからね」と配られた短冊。
笹にかけることができる願いは、一人一つだけ。
たった一つ。
挙げろと言われれば、この場にいる男たちの願いは、奇しくも一致する。
「『ごはんですよ』も『鮭茶漬け』も捨て難いアルヨ。どうすればいいアルか?」
「神楽ちゃん。他に願い事はないわけ……?」
「あはは。じゃあ、両方書いちゃえば? 神楽ちゃんのお願いなら、きっとどっちも叶えてくれるよ」
「マジでか!!」
よれよれの字を短冊に綴る神楽を、新八と二人で挟んで座り、にこにこと見守っている。
その笑顔を自分にも向けてほしい。むしろ自分だけに向けてほしい。
にとっての「たった一人」になりたい。
けれども。
「はどんな願い事をするアルか?」
「ないしょ。短冊吊るしたら、見てもいいから。ね?」
問題は、短冊に願い事を書いたが最後、この場にいる全員に見られてしまうということだ。
他の誰に知られたところで今更な事なのかもしれないが、に知られるのは困る。
知られてしまったら、今の関係が壊れてしまうかもしれない。その恐怖は、どうしても付き纏う。
それに。
たとえそれが、自分を誤魔化すための建前、言い訳でしかないのだとしても。
それでもやはり、神頼みに縋りたくはないのだ。
いるはずのない神に頼み込んでも仕方が無い。
お伽噺の牽牛と織女に願いをかけても意味が無い。
半端な気持ちで惚れた相手ではないのだから。
自分自身で振り向かせなければ、意味は無いのだ。
「あー。それじゃ銀サンも書きますかね。『パフェ一年分』とか」
「それなら俺は『副長の座』とでも書きましょうかィ」
「てめー総悟、いい加減に諦めろコラ」
大の男たちが騒ぎながら短冊に筆を走らせる様子を、は楽しげに見ていたが。
ふと思いついたように、自分の分の短冊と筆を取る。
そして、周囲の誰も自分に注目していない事を確認してから、さらさらと短冊に願い事を綴った。
書き上げて筆を置くと、満足したように笑みを浮かべる。
「ねぇ。私、先に短冊吊るしてくるね?」
断ってはみたものの、いつの間にやらくだらない言い合いに発展している男たちの耳にはどうやら届いていないらしい。
会うたびこれでは付き合う方も大変だが、子供の喧嘩みたいで微笑ましいと言えなくもない。
そんな事を口にしたら、三人とも大慌てで否定にかかるだろうが。
くすりと笑うと、は短冊を手に、すでに新八と神楽が飾り付けを始めている笹の下へと向かったのだった。
その日、真選組屯所内に立てられた笹には、色とりどりの七夕飾りと何枚もの短冊がかけられていた。
数ある短冊の中でも、上の方にかけられた短冊。そこには、小さく丸みがかった文字で、こう書かれていた。
『今の幸せが、ずっと続きますように』
<終>
気付いたら七夕だったので、突発で書きました。うひゃ。
突貫でいっぱいいっぱいなので、変なツッコミどころとかあっても、気にしないでくださいませ。
いっぱいいっぱいなのは、いつものことですけどね(ヲイ
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