・坂田銀時編



「糖分……」
に嫌われるアルヨ」
「それでも構わないなら、食べたらどうなんですか?」
 
ソファの上でぐったりとなって呻く銀時に、神楽も新八も冷たい声をかける。
銀時が糖分断ちをして、今日で二週間。
きっかけは、銀時の恋人であるの言葉。
 
『銀さん。これから二週間、甘い物食べなかったら、バレンタインに手作りのチョコあげるね?』
 
そして銀時は、糖分摂取を人生最上の課題にしている彼にしては珍しく、この二週間、本当にパフェもチョコも和菓子も、口にしてはいないのだ。
愛の力は偉大というか。
だが、だからと言って、禁断症状のようにソファでぐったりとなって「糖分…」と呻いている姿はいただけない。
アンタ、それでもいい年した大人かよ!? というツッコミは、すでに新八も飽きてしまった。
銀時の前でこれ見よがしに糖分摂取していた神楽も、やはり飽きて酢昆布摂取に戻っている。
 
 
しかし、そんな鬱屈とした万事屋の空気も、そろそろ終わるはずである。
今日は2月14日。バレンタイン当日。
手作りのチョコを持ってやってくるであろうを、銀時をはじめとする三人は、今か今かと待ちわびていた。
 
 
―――匂う」
 
ひくり、と銀時が鼻を動かす。
 
「何やってるアルか。
 こんな時に屁ェこいてんじゃねーよ、新八」
「違うって。
 って言うか神楽ちゃん、また人格変わってるよ」
 
神楽の容赦ない言葉を慌てて否定する新八。
しかし、当の言葉を発した銀時は、二人にはまるで構わず、ソファから上半身を起こす。
 
「匂う……この匂いは……この甘い匂いはまさしく……」
 
やがて確信を持ったのか、銀時はソファから立ち上がると、玄関へ向かって全速力で駆け出した。
 
「チョコォォォォォ!!!!」
 
「……銀ちゃんが壊れたヨ」
「……限界だったんだよ、きっと」
 
二人に哀れみの視線を向けられているとも知らず、銀時は玄関へとまっしぐら。
突撃せんばかりの勢いで、玄関の扉をがらりと開け。
 
「チョコォォォォ!!!!!」
「きゃあぁっ!!!??」
 
その悲鳴に驚いてみれば、玄関の外には、紙袋を抱えたと、その紙袋に頬ずりしている銀時の姿が。
一種、異様な光景ではある。
 
「……銀ちゃんが壊れっぱなしヨ」
「……って言うか、本当にチョコの匂いしたんだ」
 
ますます呆れる二人。
かと言って、おそらくチョコレートが入っているのであろう紙袋に頬ずりする銀時は、何やら恐ろしくて近寄りがたい。
遠巻きに眺めているだけではあったが、それでも、の表情が困惑から怒りへと変わるのはよくわかった。
当然であろう。
せっかくのバレンタインデー。
それなのに銀時は、恋人であるよりも、チョコしか眼中に無い様子なのだから。
 
「……銀さん?」
「チョコォォォ!!!」
「…………銀さん」
「チョコだよチョコ! 俺の人生そのもの!!」
「………………」
「なんつーの? チョコのためなら死ねるね、俺は!」
 
とうとう無表情になったは、紙袋の中から、包みを一つ取り出す。
 
「神楽ちゃん。パス」
「はいヨっ」
「うぉぉおおおぉっ!!! 俺のチョコォォォォ!!!!」
 
途端、を放り出した銀時は、神楽と壮絶なチョコ争奪戦を繰り広げ始めた。
それを見て引きつった笑いを浮かべるに、新八は申し訳無さそうに歩み寄る。
 
「す、すみません。銀さん、色々と限界で禁断症状が……あ、でも!
 ちゃんとさんの言いつけどおり、二週間、まったく糖分摂取はしてませんでしたよ!」
「その結果がコレなのは、複雑なんだけどね……」
 
だが、銀時の今のこの様子こそが、確かに二週間の糖分断ちの結果の証明でもあるような気がして。
結局は「仕方ないなぁ」と苦笑する。
チョコを死守する神楽と、そのチョコを奪おうとする銀時。
見慣れてしまえば微笑ましいとも思える光景に、は諦めの溜息をつく。
それを見た新八が、またもや「すみません」と謝るが、これは新八が謝るべきことでもない。
首を振ると、は紙袋の中から、新たに包みを取り出した。
 
「はい。これが新八くんの分のチョコ。
 と、こっちは銀さんのチョコ。ちなみにあれは、神楽ちゃんのためのチョコ。酢昆布入り」
「マジですか、それ」
 
チョコに酢昆布を入れるというの神経もすごいが、それを知らずに必死の形相で奪おうとしている銀時の姿に、思わず新八は泣けてきてしまった。
 
「それから、銀さんに伝言、お願いできる?」
「え? もう帰るんですか!?」
「だってあの様子じゃ、私なんか居ても居なくてもどうでもよさそうだし」
 
その淋しそうな笑みに、新八は銀時に対して怒りすら覚えた。
だが、こんな仕打ちをされても、それでもは銀時と別れようとはしないのだ。
世の中、つくづく理不尽である。
この世の不可解さを噛みしめている新八の耳元に、はそっと口を寄せ。
 
「あのね、―――
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
「ちょっとアンタら。さん、帰ってしまいましたよ」
 
新八の言葉に、それまで凄絶な戦いを繰り広げていた銀時と神楽の動きが、ぴたりと止まる。
さすがの名前は偉大だと、妙なところで新八は感心するが、それはこの際どうでもよいことではある。
「銀ちゃんのせいアルヨ」「いーや。お前のせいだろ」と、今度はが帰ってしまった責任を押し付けあう二人に、新八は「それはともかく!」と割って入った。
 
「銀さん。それは神楽ちゃん専用の、酢昆布入りチョコだそうです」
「げ。マジ?」
、素敵ヨ! 最高アル!!」
 
死守しきったチョコの包みを抱きしめる神楽。
それでは今まで自分が追いかけていたのは何だったのだと、落ち込む銀時。
そんな銀時に、新八はから渡されていたチョコを差し出した。
 
「それで、こっちが銀さん用のチョコだそうですよ」
「俺のチョコォォォォ!!!」
 
差し出されたチョコを奪い取るようにして、銀時はその包みに頬ずりをする。
再びの異様な光景に、新八も神楽も、その場から一歩引く。
が、新八にはまだ義務が残っているのだ。の伝言を銀時に伝えるという、義務が。
 
「それからですね。さんから伝言が」
「会いたかったぜ、俺のチョコォォォ!!!」
「『糖分断ち、よく頑張ったね』と。それからご褒美の、ほっぺにちゅう」
「チョコォォォォォォ…………? え? 新八くん、今なんて」
「ですから、ほっぺにちゅう」
 
自分の頬を指差して、冷静に新八は繰り返す。
冷静な言葉ではあったが、しかしその頬が心なしか赤くなっているのを見逃す銀時ではなかった。
 
「いや待て。ここは冷静になろう。冷静に」
「僕は冷静なんですが」
「冷静でないのは銀ちゃんだけヨ」
 
新八と神楽の言葉も、右から左。
チョコの包みを抱えたまま、暗示をかけるようにぶつぶつと呟く銀時。
 
「……ほっぺにちゅう?」
「ええ」
に?」
「他に誰がいるんですか」
「されたのか?」
「…………」
 
こくりと頷く新八に、万事屋内が静まり返る。
だがそれも、一瞬のこと。
 
「返せェェェ!!! のちゅうを返しやがれェェェェ!!!!」
「何言ってんですか!! アンタがさんを構わなかったのが悪いんでしょうがァァ!!!」
「自業自得ヨ。このままに嫌われてしまうがいいネ」
 
新八と神楽の言葉に、銀時は再び玄関へと駆け出す。
が、すぐに思い直したのか部屋の中に戻ってくると、机の上に、手に持っていたチョコレートの包みを置く。
そして三度、玄関へと駆け出しかけ。
 
「テメーら! そのチョコは俺のだからな! 食うんじゃねーぞ!! 絶対だからな! 触るの禁止!!!」
 
びしっと指をさしてそう宣言すると、銀時は外へと駆け出していった。
どうやらを追いかけていったのだろう。
多分、『ご褒美のほっぺにちゅう』を貰うために。
開け放されたままの玄関を眺めていた二人であったが、やがて新八が溜息をつきながら、その扉を閉める。
 
「何やってんだ、あの人は……」
「銀ちゃんはマダオそのものネ。まるで駄目な男。略してマダオ」
 
から貰ったチョコの包みをさっそく開け、ぽりぽりとチョコを齧りながら、神楽がそう結論づける。
それを否定できない新八も、から貰った包みを開ける。
今頃銀時は、に追いついているだろうか。
そんなことを考えながら、手作りの、甘い甘いチョコレートを頬張った。



<終>



意味も無く長くなる……