・沖田総悟編
2月14日。
屯所全体が、何やら浮き足立っている。
それも当然だろう。
真選組屯所内のアイドル・が、チョコを配って回っているのだから。
たとえ義理でもチョコはチョコ。しかもの手作りと来れば、喜ばない男が屯所内にいるはずがない。
そしてここにも、からのチョコを待ちわびる男が一人。
「……来ないじゃねーかィ」
真選組隊長・沖田総悟は一人、自室で寝転がって不貞腐れていた。
部屋の外へ出れば、隊士たちがそれぞれから貰ったチョコを手に騒いでいるのが目に入るだけだ。
それなのに自分は貰っていないのだから、その光景は実に気に入らない。
苛々とした思いを持て余し、頭の中を歓迎したくないような考えが過ぎる。
数日前の、大江戸ストアの前でのの様子から、勝手に結論付けていたのだが。
もしかしたら、が好きなのは自分なのだと思ったのは、単なる思い込みに過ぎないのではないのか。
だとすれば、この数日、勝手に期待していた自分が馬鹿みたいではないか。
「……期待、してたんだねィ。俺って奴ァ……」
言葉にしてみて、ようやく気付く。
に告白されたらどう返事しようか、とは考えていた。
チョコを貰うだけ貰って、ひとしきりからかってやろう。
そうは考えていたが、からかった後どうするか、までは何も考えていなかった。
今ならば、考えられる。
ひとしきりからかって、泣き出しそうになっているであろうを、思い切り抱きしめてやるのだ。
ようやく、沖田は自分の想いに気付く。
だが、そうとわかれば、やるべきことは一つ。
にやりと笑い、沖田は身を起こした。
「ただ待ってるなんてのは、どーも俺の性分じゃねーや」
* * *
がいそうな場所は、屯所内では限られている。
そして昼下がりの時間帯となれば、居所を特定することなど容易いこと。
「―――」
案の定、台所で洗い物を片付けていた。
その背中に向かって呼びかければ、面白いほどに肩を跳ねさせて反応する。
普段ならそれをからかうところではあるが、今回に限ってはそんな気にはならない。
どうやら思っている以上に自分に余裕が無いことに、沖田は内心で苦笑しながら気付く。
だが、それはも同じこと。
声をかけているのに振り向きもしないのが、その証拠だ。
「。俺にはチョコ、くれないんですかィ?」
再び跳ね上がる、の肩。
それでも努めて平静を振舞おうとしているのか。
ようやく聞こえてきた声は、震えてもなく、はっきりしたものだった。
「チョコ、欲しいんですか?」
「俺だけ貰えないってのは、不公平じゃねーかィ」
肩を竦めると、別にその仕種が見えたわけでもないだろうが、が食器を洗う手を止める。
きゅっと蛇口を捻って水を止めると、手を拭き、台所の隅に置いてあった袋の中へと手を入れる。
一瞬、逡巡したようだったが、やがて袋の中から包みを一つ取り出すと、は沖田へとそれを手渡した。
「これで、満足ですか?」
「俺に何か言うことがあるでしょーに」
「っ! 無いですっ!!」
「んじゃ、俺の顔見てそれ言ってくだせェ」
チョコを渡す時ですら、顔を俯けたまま視線を合わせようとしない、それどころか顔を見ようともしないの顔を、沖田は強引に自分に向けさせる。
予想通り、その顔は真っ赤になって。ただ予想外だったのは、その目に浮かぶ涙。
まだ泣かせるほどのことはしていないだろうと、沖田は焦る。
「……?」
「っ、酷いですっ! なんでそんなに意地悪なんですかっ!
わかってるんでしょう!? わかってて、そんなに私をからかいたいんですかっ!!?」
とうとうは涙を溢れさせる。
泣かせるつもりは―――あるにはあったが、さすがにこれは予定外だ。
からかう余裕など、どこにもない。最初からそんなもの、無かったが。
今にも駆け出していきかねないを逃がしたくなくて。
沖田は、泣き出したを抱きしめた。
「お、沖田さ―――」
「―――わかった振りして勝手に期待して、それが勘違いだったりした日には…………俺の方が馬鹿みたいじゃねーかィ」
我ながら情けないものだと、沖田は思う。
これでは、勝手に期待していたのだと、暴露しているようなものではないか。
それでもに誤解されて泣かれるよりは、余程マシというもの。
だが、サービスはここまで。
驚いて見上げてきたに、沖田はにやりと笑いかける。
「で、俺に何か言うことは?」
「……沖田さんが思ってる通りのことです!」
やはりからかわれているのではないか。
そう思ったのか、はぷいと顔を背ける。
しかし、それで満足する沖田ではない。
「今日はバレンタインデーなんですぜィ? の口から、直接聞きたいんでさァ」
促せば、諦めたようにが溜息をつく。
「……ずるいです。沖田さん」
「ずるくて結構でさァ」
の文句も、あっさりと受け流し。
からかうような声音で「?」と呼びかければ、恥ずかしいのか、は抱きしめられたまま、沖田の胸に顔をうずめる。
か細い声で紡がれた言葉は、それでも沖田の耳に届くには十分な大きさだった。
それは本当のところ、ずっとずっと、待ち望んでいた言葉で。
耳に届くや、沖田はを抱きしめる腕に、更に力を込めたのだった。
<終>
途中からチョコはどこに行ったんだ!? とか何とか思わないでもないですが、そこはそれ(何)
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