・高杉晋助編
川からの風を心地よく感じながら、橋の上を歩く。
そんな高杉の耳に聞こえてきた、バタバタと走る足音。
後ろから聞こえてくるそれは、しかし振り向かずとも、誰のものだかわかってしまう。
思わず浮かぶ苦笑。
その間にも、足音は大きくなる。
木製の橋なのだから、その音は余計に響く。
そして。
「たーかーすーぎーさぁぁんっ!!!」
「おっと」
「ふぎゃぁっ!!!」
後ろから突進してきたその足音の持ち主を避けるように、高杉は身体を横にずらす。
そうなると、走ってきて、なおかつ高杉の背中めがけてダイブしてきた人物の末路は、言うまでも無い。
背中どころか、勢いのまま転んで、橋と激突である。
その姿が可笑しくて、くっくっと笑いを漏らした高杉ではあったが、すぐにそのままその場を立ち去ろうとした。
が、突然足首を掴まれ、危うく転びそうになるところを辛うじて堪える。
「……離せよ、」
「やです。離しません。責任とって起こしてくれるまで、絶対に離さないですから」
そもそも、が背中めがけて飛び込んでくるのが予測ついたために、危険を察知した高杉は避けたのだ。
避けなければ、巻き込まれて痛い目に遭っていたに違いないのだから。
しかし、にそんな道理が通じるはずもなく。
腑に落ちないことではあったが、それでも高杉はの身体を起こしてやることにした。
立ち上がったは、ぱたぱたと―――自分の身体ではなく、手に持っていた包みの埃を払う。
そして。
「はいっ、高杉さんっ!」
「……何だァ?」
包みをから強引に押し付けられ、わけもわからず高杉はそれを受け取る。
ピンクのリボンでラッピングされた、白い包み。
高杉の手に渡すと、はにっこりと笑った。
「チョコですよ。チョコレート。バレンタインデーですから、今日は」
「ああ……そんな日もあったな、確かに」
「あるんですよ。イッツ、告白ターイムっ!!」
ようやく得心した高杉であったが、その理解を待つ間もなく、は次へ話を進める。
びしっと指をさし、テンションも高く宣言。
だが、そのテンションは一瞬にして消え去った。
子供のような朗らかさで笑っていた少女はいなくなり、今、高杉の目の前にいるのは、目を細めて静かに笑う、見たことも無いような女。
それでもその口が紡ぐ声は、聞き間違うはずも無く、のもので。
「―――好きです。高杉さん」
女は化け物だと、素直に思う。
たかが仕種一つで、表情一つで、雰囲気をがらりと変えてしまう。別人の如く。
少女のような無駄な元気さを持つは、もはや目の前には存在していない。
―――いや。
「……」
「はい」
「埃だらけの姿で格好つけても、台無しだぜ?」
「……そーゆーコトは、見て見ぬ振りするものなんですっ!!!」
いた。戻ってきた。少女のが。
赤くなり、慌ててぱたぱたと着物の埃を払う姿は、いつもの。
そのことに安堵する自身に、高杉は苦笑する。
どうやら思っていた以上に、この少女に翻弄されてしまっているらしい。
ぷぅ、とそれこそ子供のように頬を膨らませ、「もう! チョコ返してください!!」と喚くの頭を軽く押さえつけ、黙らせる。
「せっかく頂いたモンを返すつもりはねーよ」
「いいんです! 返してくださいっ! どうせ高杉さんには意味なんか無いでしょうっ!!?」
いつの間にやら、は涙目になっている。
一瞬でも大人ぶっていたは、どこへ行ったのか。
ころころと表情を変える、そんな子供じみた所作に、笑いを禁じえない。
「返事は一ヵ月後、だろーがよ」
「……え?」
きょとん、と目を瞬かせるの頭を軽く叩いてやると、言われた意味をよくわかっていないであろうをそのままに、高杉は振り返る。
そのまま歩む足を、今度は止める手は出てこない。
だが、止めようとする声は出た。
「ちょっ…た、高杉さんっ!!?」
「ああ。どこにいたところで、必ず探し出して掴まえてやるからなァ……覚悟、しとけよ?」
完全には振り向かず、視線だけをに向けてみれば。
言われたは、顔を真っ赤に染めている。
本当にころころと表情を変える女だと、高杉はくっくっと笑う。
どうやらといると、笑いには事欠かないようである。
再び前に向き直った高杉に、後ろから降りかかる声。
「たっ、高杉さんの、格好つけーーっ!!!」
だから何故、はこうも笑いというものを提供してくれるのであろうか。
どこか楽しさを覚えながら、高杉はその場を後にした。
から渡されたチョコを、大事に手にして。
<終>
高杉さんって、格好つけなんでしょーか?(w
どういうわけだか、そんなイメージがありますが……どうしてだろう。
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