どうしても欲しいものがあるの―――
聖誕祭に、祈りをひとつ
どんよりと曇った空。
まるで今の私の気分を映し出しているよう。
街は、クリスマス一色でとても明るいのに。
そんな浮かれた喧騒の中にいても、私の心はちっとも晴れない。
ぽっかりと穴が開いてしまったかのよう。
普段はこんなこと思わないのに。
この時期になると、どうしようもなく昔が懐かしくて―――人恋しくなる。
それも、誰でもいいわけじゃない。
思い出されるのは昔のこと。攘夷戦争の頃。
皆、それぞれの理由で戦ってた。
真剣に国を憂えてたり。ただ幕府が許せなかったり。
だけど私には、それすらなかった。
ただ、あの場所には皆がいたから。一緒にいられたから。
それだけが、私が戦争に参加していた理由。
いつも一緒だったから。それが当たり前だと思っていたから。
皆で賑やかに過ごす日々は、ずっと続くものだと。そんなことすら考えないほど、一緒にいるのが当然で。
だけど今。私は独り。
どこから歯車が狂ってきたんだろう。
それとも、あの頃の私たちが間違ってたのだろうか。
今のこの私の姿が、本来あるべき姿だったのだろうか。
不意に目の奥につんとした痛みが走る。
目頭を押さえたけれども、今ここで女が一人泣き出したところで、誰にも気に留められないに決まってる。
今日はクリスマスなのだから。
皆、隣にいる恋人や、家で待ってる家族のことで一杯で、私には見向きもしないだろう。
だからこそ、余計に独りでいることが身に染みて、人恋しくなる。
まるで、私がここにいるのは場違いみたいに思えてきて。
買物袋を持ち直すと、足を速めて家路を急いだ。
そんな私の前に下りてきた、一片の白い何か。
何だろうと思って見上げてみれば、どんよりと曇った空から、白い雪が舞い落ちてきていた。
次から次へと。後を絶たずに。
周囲の人たちも、歓声をあげて空を見上げてる。
そっか。これでホワイトクリスマスになるんだから。
特に理由は無くても、それでも何となく嬉しい気分になるのかもしれない。
今年、特別なクリスマスになるような気がして。
―――もし、そうなら。
本当に、特別なクリスマスになるのだとしたら。
そして、サンタクロースなんて存在が、本当にいるのだとしたら。
いなくてもいい。神様でも誰でもいい。願いを聞き届けてくれるのならば。
もう子供でもないのに、図々しいのかもしれないけれど。
それでも祈りたい。
特別なクリスマス、私の欲しいものを叶えてください―――
「―――。雪かぶってんぞ、お前」
突然、名前を呼ばれて。
いきなり現実に引き戻されて。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは。
「……あ。銀、時…?」
「お前、なに呆けちゃってんの。認知症にはまだ早いんじゃね?」
呆れたような表情で立っていた銀時が、一瞬、昔の姿と重なったのは、きっと今の今まで昔のことを思い出していたからなんだろう。
それでも銀時は、昔も今も、ちっとも変わらないのだけど。
だから、なのかもしれない。
少し前に、このかぶき町で銀時と再会してからというもの、たびたびこの街に足が向くのは。
懐かしいあの頃が、ほんのわずかでも戻ってくるような気がして。
大人しく頭から肩から雪を払われて。
だけどそういう銀時も傘を持ってないのか、すっかり雪をかぶっている。
「傘、持ってないの?」
「お天気お姉さんは、降るのは夜からだって言ったんだよ。騙されたぜチクショー」
でも好きだけどな、と続ける銀時は、やっぱり相変わらずで。昔のままで。
思わず笑いが零れてしまう。
なんだか久しぶりに笑った気もする。
すると、雪を払っていた銀時の手が止まった。
「やっと笑ったかよ」
「え?」
「お前さ、この間会った時から全っ然笑ってねーじゃん。
さて。笑ったご褒美に、銀時サンタさんがにプレゼントをあげよう」
にやりと笑った銀時が、視線だけで後ろを指す。
プレゼント。なんだろう。
期待も何も無く。ただ反射的に、つられるように。銀時の後ろに視線を向けて。
そして私は、そのまま固まってしまったかのように動けなくなってしまった。
「おお! 、久しぶりじゃのー!!」
「……銀時。坂本はともかく、なぜ高杉まで呼んだのだ」
「それはこっちの台詞だぜ。俺はが会いたがってるって言うから来てやっただけだ」
「ハイ、そこ! の前でケンカおっ始めんじゃねェ!
衝突することでしかコミュニケーションとれない思春期ですかテメーらは!
―――どうよ、。さすがにあの頃の全員とはいかねェけど、何とかコレだけ集めてみたんだぜ?」
褒めてくれと言わんばかりの銀時の笑顔は、やっぱり昔と同じで。
その向こうにいる三人も、変わっているはずなのに、それでも何故かあの頃と変わらないように思えて。
―――まるであの頃に戻ったかのような感覚に、不意に襲われる。
もちろん、それは一瞬だったのだけど。
「なん、で……」
「あ? だってがこの前言ってたんじゃねーか。また皆に会いたいとか何とか」
それは、確かに。
偶然会った時、何かの拍子で漏らした本音を聞いた銀時に、「後ろ向いてんじゃねーよ。前を見て歩け、前を見て!」なんてお説教されたっけ。
でも。それでも私は、あの頃に戻りたくて。独りは淋しくて。皆に会いたくて。
会いたくて。けれど、会えるとは思えなくて。それなのに―――
「銀、時……」
「え。ちょっと待て! なんでいきなり泣いてんの、!!?」
「貴様ァァ!! を泣かせるとは、どういうつもりだ!!?」
「違ェよ! これはアレだよアレ、嬉し泣きだ、感動の涙ってヤツだ! だよな、!?」
「なに泣いちょうか、。久しぶりじゃきに、もっと可愛い笑顔をワシに見せてくれんかのー?」
「テメーはどいてろ。それより、こんなヤツら放って、俺としけこもうぜ。なァ?」
「抜け駆けしてんじゃねェよ、てめーらァァァ!!!」
あまりにも賑やかな集団に囲まれて、道行く人たちの視線が私たちに向けられているのを感じるけど。
そんなこと、ちっとも気にならない。
むしろ、自慢したいくらい。
私のことを気にかけてくれる人たちが、ちゃんといてくれるんだって。
しかも、こんなに素敵な人たちだって。
―――私は、独りなんかじゃないんだ、って。
溢れてくる涙は、さっきまで堪えていたものとは違う。
嬉しくてたまらない時にも涙が出るんだって。こんなの、初めての体験。
だけど、悪いものじゃない。
「銀時」
「なんだ?」
「ありがとう」
「あー……今年だけ、サービスな」
今年だけでも、十分に嬉しい。
どれだけ感謝しても、足りないくらい。
だから、もう一度お礼を言おうとしたら。
「来年はコイツら抜きで、二人きりでクリスマス過ごそうな?」
「抜け駆けしてるのは貴様もだ、銀時ィィ!!」
「アッハッハッハッ。来年はワシと宇宙で過ごすっちゅーのはどうじゃ?」
「さりげなくの腰に手ェ回してんじゃねェよ。ソレは俺のだ」
ああ、もう。本当に。本当に―――
「ハイハイ! いい年してケンカしないの!」
つまらない事で張り合って。ケンカして。
本当、昔に戻ったみたい。
取り合う対象が私っていうのが、よくわからないけど。きっと、冗談だろう。
けど嬉しくて。
あの頃のように騒げるのが嬉しくて。
思わず止めに入った私の言葉に、4人揃ってにやりと笑う。
ああ、やっぱり。
皆して、落ち込んでる私のことを慰めてくれていたのかも。
自惚れかもしれないけど、そう思いたい。思っていたい。
「それじゃ、ま、再会を祝して飲みに行くとすっか」
銀時の言葉に、一斉に歩き出す。
皆、てんでバラバラの方向を見ているけれど。
それでも、進む先は同じ。あの頃と同じように。
―――本当はもう、進む先すら皆それぞれ違っているはずなのに。
今日だけは、こうして同じ道を進んでいる。
あの頃、いつまでも続くと信じて疑っていなかったように。
二度と戻らないと思っていた、この高揚感。
なんて、奇跡。
これが、クリスマスなんだろうか。
いくら特別だからといって、こんな奇跡、叶ってしまっていいのだろうか。
不安になるほど幸せで。だからまた、泣きたくなってしまう。
それを、ぐっと堪えて。
雪が舞い落ちる空を見上げ、誰にも聞こえないように口の中で呟いた。
「―――ありがとう」
欲しいものは。祈ったことは、ただ一つ。
ただ一日でいい。皆で過ごしたあの日をもう一度、私にください―――
<終>
バカっぽいネタが没になったので、何故かシリアス路線になってしまいました。
逆ハーとも呼べないようなネタですみません。
……イヤ、まぁ、更新することに意義があるということで!(何
BGMは、JUDY AND MARYの「クリスマス」使用。
出だしがそのまんまでございます。
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