年の初めのためしとて
正月と言って思い浮かぶもの。
お年玉。門松。凧あげ。独楽回し。カルタ。鏡餅。そして―――
「……何ですか、これは。未知との遭遇?」
「え? おせち料理に決まってるじゃない」
何を当たり前のことを、と言わんばかりのの口調に、言い出した銀時はもちろん、高杉、桂、坂本の三人も絶句する。
が「おせち料理」と呼ぶ目の前の物体。
三つ並んだ重箱はわかる。確かにそれらは、おせち料理が入れられるべきものだろう。
問題は、その中身。
普通ならば、煮物なり何なり、地味な色ながらも色取り溢れる料理を詰めたのが「おせち料理」というものだ。
しかし目の前にあるものは、まず色からして異なる。
黒と原色。
それが一体何を意味するのか。恐ろしい結論をはじき出しかねない思考を放棄するものの、おせちとかそれ以前に、料理とすら呼べないシロモノであることは一目でわかる。
「まぁ、見た目はちょっと失敗しちゃったけど。味は保証するから。ね?」
「……味見はしたのか?」
「ううん」
「ハッハッハッ! 味見しなくて正解じゃ! これはどう見ても食いモンじゃないきに―――」
「黙れこのモジャ男が」
余計な一言を坂本が口にした瞬間。
やけに温度の低い声とともに、目にも止まらぬ回し蹴りが坂本の側頭部を見舞う。
後には床に頭をめり込ませて撃沈している坂本と、その背後に能面のような無表情で佇む。
そして浮かべられたのは、艶然とした笑み。艶やかにして凄絶、そして有無を言わせぬ、鬼気迫る笑み。
「食べないの?」
笑顔でこそあるものの、まるで「食べないなら殺す」と言わんばかりの目付きをは残る三人に向ける。
その迫力は、戦場で名を馳せている三人をして、背筋を凍らせるに足るもので。
「あ、イヤ……」
「その、な……」
「た、食べるか……?」
前門の虎、後門の狼。食べても地獄、食べなくても地獄。
同じ地獄ならば、食べずにいて確実にに殺されるのを待つよりも、食べて耐える方が、少しは生き残る確率が上がるだろう。
目を合わせ頷き合うと、覚悟を決めた面持ちで三人はそれぞれに用意された箸を手に取る。
緊張の一瞬。
この瞬間に天人たちが一斉攻撃を仕掛けてきたとしたら、今の三人ならばむしろ大喜びで飛び出していったに違いない。
それほどまでに、今この時の恐怖は何物にも比しがたい。
意を決し、まず最初に極彩色の何かを口に運んだのは桂だった。
焦げて炭化したと思われる、もとは黒豆や魚であったのだろう物体よりも、そちらの方が幾分かマシだと判断してのことだろう。
だが。
口に入れて噛み締めた途端、桂の顔が真っ青になったかと思うと次には土気色になり、しまいには泡を吹いて倒れてしまった。
残るは銀時と高杉の二人。
再び目を合わせ、一体この危機的状況をどのようにして乗り越えるべきかを互いに問う。
だが、解決策などあるはずもない。
人生、諦めも肝心なのだ。
そんな重大なことをこんな事で悟っていいのか、甚だ疑問ではあるのだが、その疑問に対する答えを導き出すよりも今は、目の前の現実への対処法の方が重要である。
対処法も何も、食べるしかないのだが。
腹を括り、それぞれに真っ黒になった、もはや食べ物とは呼べない物体を箸で取る。
そして、口の中へ運び。
―――阿鼻叫喚地獄絵図。
口の中で繰り広げられるのは、まさにそんなような世界。
今までの人生が走馬灯のように駆け巡り、このまま意識を手放してしまったら楽なのだろうかと、本気でそう思うほどだ。
実際、生きる事を銀時が放棄しかけたその時だった。
「―――結構イケるじゃねェか、これ」
「え、ほんと!? よかった!」
正気を疑うような言葉に思わず現実へと戻ってくると、が高杉の傍でにこにこと嬉しそうに笑っているのが目に入った。
はたと気付く。
今ここで銀時が倒れれば、自動的に高杉一人が残る計算。そしてと二人きりになられてしまう。
それだけは、断固阻止せねばならない。
たとえ料理下手だろうとも凶暴だろうとも理不尽だろうとも、それでもを他の男にむざむざ渡すつもりは銀時には無いのだ。
よく見れば高杉の顔を汗が伝っている。相当に無理をしているのだろう。
ならばここで倒れなければ、まだ銀時にも勝ち目はあるわけで。
勝ち残れば、と二人きりになれるわけで。
「―――こっちも美味ェよ、なかなか」
ここまで来たら、意地である。
何が何でも、を渡すものか。むしろは俺のモンだ。
そんな思考に二人ともが囚われ、いつの間にかその思考も「これを食べきればと二人きり」などという間違った結論にすり替わっている。
もちろん、そんな事は誰も言っていないのだが。
だが、そうとでも思わなければ、目の前のおせち料理という名の何かを口にする事など到底無理なのだろう。
「美味ェよ、美味すぎて涙出そうだよコレ」
「銀時。テメェはそのまま涙の海で溺れて死んでろ。オイ、茶くれ」
「あ、俺にも茶くれ。別に茶で流し込んで無理矢理飲み込もうとかそういう事は考えてねーから」
「考えてんじゃねーか」
二人共に限界に近いものの、それでも無理に食べ続ける。
と二人きりになるという、約束されたわけでもない事のためだけに。
当の本人はと言えば、まさか二人がそんなことを考えているとは夢にも思っていない。
ただにこにこ笑って、二人が必死になって目の前のおせち料理を平らげていくのを眺めている。
殺人料理の達人で。
手が付けられないほどに凶暴で。
この世の摂理を無視した理不尽を振りかざし。
そのくせ、心臓を鷲掴みにするような笑顔を、当たり前のように浮かべて。
結局その笑顔に誰しもやられてしまうのだ。これほど割に合わない恋心は無いと、わかっていても。
そして数十分後。
見事に空となった重箱と。
顔面蒼白になり、脂汗をかいている二人の姿があった。
「……高杉。テメー、寝た方がいいんじゃねェか? 病人以上に病人みてェなツラになってんぞ」
「テメェこそ大人しくくたばったらどうだ、銀時。あの世から迎えが来てるようなツラしやがって」
荒い呼吸を繰り返す二人を支えているのは、もはや「ここまで来たら絶対にと二人きりになってやる」という意地だけである。
そのはと言えば、少しばかり席を外していたのだが。
「お待たせ、二人とも! まだお雑煮があるから、どんどん食べてね!」
全開の笑顔でが告げたのは、死の宣告と等しい言葉。
両手に持った鍋は、の言葉を借りれば「雑煮」なのだろう。
だが、どす黒く煮え立った汁と、そこから突き出す怪しげなモノ。
これのどこが雑煮なのか。どれほど好意的に見ても、悪魔的な何かだとしか思えない。
呪われたおせち料理を何とか完食して安堵したところへの、この不意打ち。
とてもではないが、耐えられるものではなかった。
「……今日のところはテメェに譲ってやるよ」
「イヤ。無理だから。俺もう限界だから。お迎え来てるから」
その言葉を最後に、力尽きたように倒れ伏す二人。
後には、鍋を手にしたが、不思議そうな面持ちで取り残されたのだった。
<終>
新年早々、バカな話書いてるなー。と思ってやってください。
殺人料理はヒロインの基本特技ですよね!(何
|