年越し蕎麦も食べたいしなぁ。
……帰るか。
一体私はここに何をしに来たんだろう。そんな疑問は虚しくなるだけなので無視することにした。
屯所に戻る頃には年が明けてしまってるかもしれないけど。
見廻りから戻ってきてる人もいるかもしれないし、ちょっと遅い年越し蕎麦でも啜りながら、のんびり歌番組でも見るのもいいかもしれない。
平凡かつ侘し……いやいや、平凡だけどワビサビ溢れる日本の年越しってものを満喫してやろう、この際。
なんて人が思ってる時に限って、事が起こるのだから、世の中ってままならない。
境内から出ようとする私とは逆に、入ってくる男の三人連れ。むさ苦しい上に、腰には刀。おまけに揃って強張った表情。どう見ても初詣に来たとは思えない。
一年の最後の最後にバカ発生。
何をやらかすつもりか、それとも本当に初詣か。どちらにしたって、廃刀令のこのご時世に刀を提げて歩くなんて、真っ当な人間じゃない。
どうしようか迷ったけれども、やっぱり職業柄、無視しちゃマズいだろうなぁ。
面倒だなと思いつつ、攘夷浪士三人の方へと足を向ける。こちらに向かってくる彼らと鉢合わせるまでに時間はかからなかった。
「何だ、貴様は」
「真選組よ。ちょっと話聞かせてもらえる?」
腰に差した刀に手をやって、三人を見据える。
周囲には無関係の参拝客。できれば刀は抜きたくないけど……
私が真選組だと名乗った瞬間、面白いくらいに男たちの顔色が変わった。
さて、後はこいつらがどう出てくるか。
「しっ、真選組っ!?」
「怯むなっ! こんなガキ一人に何ができる」
…………ガキ。
「誰が幼児体型だゴルァァァ!!」
「言ってねェェェ!!」
とりあえず、すぐ目の前にいた浪士の鳩尾に蹴りを入れる。
呻いて前のめりになったその首に手刀を落とすと、振り向き様にもう一人に回し蹴り。問題は。
キン…っと金属音が響く。咄嗟に抜いた刀で、最後の一人の刀を受ける。
流石に刃物が現れれば周囲も驚いて、悲鳴をあげて逃げていく。
あーあ、せっかくの年越しが台無しだね、これ。だから刀抜きたくなかったのに。
「調子に乗るなよ、ガキが」
「ガキって言うな!! 貧乳はステータスだ! 希少価値だ!! って名言を知らんのかこのボケナス!!」
受けた刀をそのまま流すと、半歩横にずれて返す刀で銅を薙ぐ。
避けられたから、かすっただけで傷は浅い。畳み掛けるように斬りかかっている間にも、背後に気配を感じる。やっぱり蹴りだけじゃ無理か。一対三はキツいなぁ。
今度からブーツに鉄板でも仕込んでみようか。あ、でもそれじゃ歩きにくいかも?
ま、その辺はおいおい考えていけばいっか。
慌てず騒がず。振り下ろされた刀を紙一重でかわして浪士の懐に入り込み、顎に肘を叩き込む。上手くいけば脳震盪、そうでなくてもしばらくは動けないだろう。
右足で蹴り飛ばすと、そのまま左脚を軸に身体を反転。振り向きざまに背後の気配へと刀を振り払う。
再び、固い金属音。ちぇっ、防がれたか。
「その刀どけてください。殺せません」
「誰を殺す気だ、誰を」
それは言わずもがなでしょうに。
ドサクサに紛れて土方さんを抹殺するという素敵な計画は、おかげでパァ。
大人しく刀を引いて鞘へと収める。どうやら土方さんがとどめを刺しておいてくれたみたいで、攘夷浪士三人は敢え無く撃沈。何事も起こらなくて良かったと言うべきか。
さて、と。
「じゃあガキの私は大人しく帰りますのであとは土方さんが一人で勝手に頑張ってくださいね」
「なに拗ねてんだ、このバカ」
「拗ねてませんー。事実を言っただけですー」
「拗ねてるだろうが」
うるさい。拗ねてないったら拗ねてない!
騒ぎが治まったと知って、境内に再び人が集まりだす。
何事も無かったかのように鳴り続けてる除夜の鐘。そろそろ、年が明ける頃合なんだろう。
高揚する人たちとは反対に、私の気分は下がる一方。ああ面白くない面白くない。
「拗ねてないって言ってるじゃないですか! 私の幼児体型はどうせ事実ですよ!!」
「自覚してんなら『体で払う』とか言ってんじゃねーよ。あのヤローが本気にしたらどうするんだ」
「なんでそんなこと土方さんに指図されなきゃならないんですか! 関係ないでしょ!!」
「どうでもいいだろ。んなことより、コイツら縛り上げとけ。仕事しろ」
指図ばかりして、当の土方さんは煙草を取り出して口にしている。
ああもう、なんかムカつく。意味不明だし。偉そうだし。確かに偉いのかもしれないけど、副長だし。
でも、だからって職務はともかくとして私の言動にまで指図するのは絶対におかしいと思う。お門違いってヤツでしょ。そんなの私の勝手であって、どうして土方さんに口出しされなきゃならないの。親兄弟恋人だってのならともかく―――
―――アレ?
「……イヤイヤ。無いよね、そんなの。あるワケ無いし、うん。ヘソで茶が沸くわ、うん」
「何ブツブツ言ってやがる」
「や、土方さんがやたら私に構ってくるのは、私のことが好きだからなんじゃないかってありえない説が浮かんだものだから、ちゃんちゃら可笑しくて。あっはっは」
「…………」
……何その沈黙。
てっきり「バカ言ってんじゃねェ」みたいな反論が来ると思ったのに。
土方さんは明後日の方向を見たまま煙草を吸っていて、うんともすんとも言わない。私の声が聞こえなかったわけじゃあるまいし。
「いや、ここは否定するところでしょう?」
「…………」
「今から5秒の内に冗談を否定してください。そしたら許してあげます。私だってヘソで茶を沸かしたくありませんから」
「…………」
「ごー、よーん、さーん、にー、いーち」
ちょっと待ってェェェ!!?
え、いや、ちょっ、嘘でしょう!? これ何の冗談!? だってそんなことある訳が……
夢じゃないかと足元の浪士を踏みつけたら「ぐぇっ」と潰れたような声を出したから、痛いんだろう。つまり現実なんだろう。
カウントゼロ。それを口にしたらヘソで茶を沸かす方法を本気で探さなきゃならない気がして、私は言葉に詰まる。
相変わらず土方さんは黙って煙草を吸っている。一体私にどうしろと、この状況!?
泣きたくなるほど意味のわからない状況を打破してくれるならば、今の私は悪魔にだって魂を売ってやる。
だけど実際、打破してくれたのは悪魔じゃなくて、勿論私自身でもなかった。
「あけましておめでとうございまーす!!」
最初に口にしたのは誰なのか。
先陣を切った誰かの挨拶を皮切りに、口々に新年の挨拶を交わす周囲の人々。そして鳴り響く、最後の除夜の鐘。
年が明けた瞬間。
一層賑やかしくなった境内。
周囲の賑わいから取り残されたような沈黙を振り払うように、私は口を開く。
「私、過去は振り返らない主義なんですよね」
「は?」
「だから去年の出来事は綺麗さっぱり忘れて新しい年を迎えようと思います」
じゃ、明けましておめでとうございました。
深々と一礼すると、くるりと身体を反転させて、そのまま何事も無かったかのように足を進める。
間を置いて、我に返ったらしい土方さんが後ろから怒鳴ってるのがわかったけど、その時にはもう私は人ゴミの中。四度目の試みにして見事逃亡成功。
それはいいんだけど。
綺麗さっぱり忘れたいのは山山だけど、果たしてそんな簡単に行くものか。
別に土方さんがはっきり言葉にしてくれた訳じゃないしねー。からかわれてるだけだよ絶対に、うん。
なんて思ったところで効果ゼロなのは、自分でもよくわかってる。綺麗さっぱり忘れるなんて、やっぱり無理だ。
それに土方さんが、このまま黙ってるとは思えないし。黙ってたら男じゃないでしょ。男なら言うべきことは言えっての。
そしたらまぁ、その時は。
「幼児体型好きのロリコンって言ってやろうかなぁ」
これで私の完全なる勘違いだったらヘコむなぁ、なんて。
鼻唄交じりに、屯所への帰り道を一人のんびり歩いてみた。
<終>
新年早々、不憫な副長。このサイトの傾向を見事に表してますね。
今年もきっと、かっこよくて報われる土方さんはあまり無いと思います(酷)
こんなサイトではありますが、今年もまたよろしくお願いいたします。
('09.01.01 up)
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