読まない彼女 −2月14日の彼女−



世の中、とことん空気を読まない人間というのが存在するものだ。
目の前にいるがその筆頭で、昔と変わらず天上天下唯我独尊。の前には空気だって平伏させる勢いだ。
それでも、空気を読まなくとも、せめて多少なりとも気は遣ってほしかったと思わないでもない。
ここは江戸の街中のファミレス。の前には三人がけのソファーに大の男が四人。ありえない座り方に通りがかる店員は皆不審な目を向けていくものの、しかし抜け駆けての隣に座りたくともそれが叶わないのだから仕方がない。途端に他三人によって袋叩きにされるのは目に見えている。
だが問題はそこではない。集められた面子だ。
銀時に坂本、桂、高杉―――かつての仲間と言えば聞こえは良いが、内二人は現在指名手配中の身だ。そんな人間を人目の多い場所に呼び出すだが、それに呑気に応じている側も相当空気を読めていない。
とは言え、の言葉は絶対なのだ。それも昔から変わらない―――変わらず四人ともに、未だが好きなのだから。
まるで進展のない現状に溜息を吐きたくなる男性陣とは逆に、正面では楽しそうに笑っている。呑気なもので、男四人の思いなど知る由も無いのだろう。
急に呼び出しちゃってごめんね、と珍しくもにしては殊勝に謝罪の言葉を発して、積もる話もあればこそ、さっさと本題に入った。
 
「もうすぐバレンタインでしょ? だからコレ」
 
そう言ってが脇に置いた紙袋から、いくつかの容器を取り出す。蓋を開けたその中に入っていたのは、チョコレート。至って普通のチョコレートだけではなく、生チョコ、カップケーキ、ショコラにトリュフなど、甘い匂いがテーブルの上を舞う。
 
「せっかくだから一番美味しいの作ってあげたいと思って。でも女と男じゃ味覚違うかもしれないし。だから試食してみてくれる?」
 
にっこりと笑うは、心なしかほんのりと頬を染めている。
対する男四人は、勧められたチョコレートを味わうよりも先に、絶望感を味わっていた。
手作りのバレンタインチョコとなれば、贈る相手は十中八九本命。しかし本命相手にチョコレートの食べ比べを頼むだろうか。となれば、この場にの本命の相手はいないという結論になる。
なんて空気の読めない女なのだろうか。
四人ともに口には出さずとも思いは一致する。だが惚れた弱味というのか、から期待の眼差しを向けられて尚、その期待に反する行動に出られる男は誰一人としていなかった。
何より、試作品とは言え、の手作りのチョコレートを食べられるのだ。そんな機会、これを逃せば二度とやってこないかもしれない。他の男を思って作られたものだろうとも、の手作りであることには変わりがない。
虚しさを覚えることは重々承知で。男たちはそれぞれチョコレートへと手を伸ばす。
掌に乗るほどの小さなチョコレート。それを口の中へと放り込めば、途端にチョコレート特有の甘さが口に広がる。
 
「美味しい?」
 
少しばかり不安そうに尋ねてくるに頷いてみせれば、その顔がぱっと晴れやかな笑顔へと変わる。
いつの間にこんな可愛げを身に付けたのかと、問うのは後回し。
今はの手作りチョコレートを食べ比べることに専念せんと、男たちは次のチョコレートへと手を伸ばした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「銀さん、荷物届いてますよ」
 
新八が差し出したのは、さほど大きくはない箱。荷物など届く当てはなかったものの、受け取った箱に貼られた配達伝票の宛先は確かに銀時になっている。
大きくもなければ重くもない箱。一体誰が、と何の気なしに目を移した差出人欄。
そこに記載された名前を見るや、銀時は慌てたように箱を開封する。
果たして開封した箱の中には、透明の袋にラッピングされたチョコレート。そして、添えられた一枚のカード。
『Happy Valentine!』と手書きされたその隅に、同じ筆跡で書かれた『』の名前。中身はフォンダンショコラ。が出した数々のチョコレートの中で、銀時が絶品だと褒め称えたものだ。それは世辞抜きで、しっとりと甘い生地とホロリと苦い中のチョコレートが絶妙で―――それはともかくとして。
途端、の性格を思い出す。
考えるまでもなく、の神経は普通ではない。空気だって読みやしない。
ならば、本命の相手にバレンタインのチョコレートを試食させるなどという芸当を、平然とやってのけてもおかしくはない、のかもしれない―――
 
「……マジでか」
 
これは本当なのか。信じても良いのか。
の本命相手は自分なのだと、そう自惚れてしまっても良いのか。
手には甘い甘いチョコレート。脳裏に浮かぶのは、チョコレート以上に甘いの笑顔。
チョコレートよりも先に自分の方が蕩けてしまいそうだと、そう銀時は思わずにいられなかった。



<To be Continued...>



というわけで、ホワイトデーに続きます。
ええ。勿論私が書いて、単純にハッピーエンドが待ち受けてるワケありませんからね!
お約束展開なので、見え見えでしょうが……

('09.02.15 up)