聖誕恋愛華合戦
街の至る所で鳴り響くクリスマスソング。
楽しそうに笑いあう親子連れ。
いつにも増してイチャイチャしている恋人たち。
対して、自分が置かれている状況はどうか。仕事の鬼である副長の命令によって、クリスマスもイヴも仕事。
山と積み上げられた書類――半分以上は自分の始末書だという事実には気付かない事にした――と向き合うことにも飽き、見廻りと称して屯所を抜け出してみれば、世間には自分たちの世界を築き上げている人間の山。
ますますもって苛々が増長されただけだった。
「―――だから、クリスマスなんて爆発しちゃえばいいと思うんですよね」
「オイオイ。なに物騒なこと言ってんの、この娘は」
茶屋で注文したあんみつをスプーンで突きながら淡々と口にしたならば、テーブルの向かい側で万事屋こと坂田銀時がパフェを食べながら淡々と返してきた。
「物騒」という言葉の割に淡々とした口調だったのは、の言葉が愚痴以外の何物でもないとわかっているからであろう。
事実その通りで、は出そうになる溜息を押し戻すために、白玉を一つ口の中へと放り込んだ。
さっぱりとした甘みが口の中に広がり、喉を通り、そのまま全身隅々にまで行き渡るような感覚を覚えるが、それも束の間。現実は幸せからは程遠い。
「で? 俺を引っ張り込んで何をしたいんですか、お嬢さんは」
「いえ。パチンコ店から絶望的な表情をして出てきたものだから、暇人見つけたと思って」
「言うんじゃねェよ……切なくなるじゃねーか」
何で勝ってる時に止めなかったかな俺、と頭を抱えてボヤく銀時に、クリスマスに仕事をするのとパチンコで負けるのと、どちらがマシだろうかとは何となく考える。
とは言え、ものの数秒とせず「仕事の方がマシ」との結論が出たため、少なくとも自分の境遇は最悪ではないのだと認識するに至った。
それだけでも、屯所を抜け出した甲斐はあったというものだ。
気を取り直したところで、再度あんみつを頬張る。
「まぁまぁ、万事屋さん。パチンコに負けるくらいで何ですか。人生負け組よりマシですよ」
「あ?」
「周囲の幸せが妬ましいとばかりに、クリスマスを敢えて狙ってテロを起こそうとしている根暗な人種です。具体的にはあの辺にいるバカたち」
「んなモンと比べられてもなァ」
「なんだとこのアマ! 我らを愚弄するかッ!!!」
覇気の無い返答をする銀時とは逆に、声を荒げる男たちが数人。
がスプーンの先を向けた先で立ち上がるのは、浪人の出で立ちをした男たち。廃刀令のこの御時世に刀を持ち歩くなど、自らの正体を明かしているようなものだ。
仕事から逃げ出した先で仕事を見つけるなど、にとっては不本意極まりない。
しかし見過ごすわけにもいかないのだから仕方がない。クリスマスに仕事などしたくないが、それでも自分の職業に最低限の誇りは持っているのだから。
睨みを利かせて近づいてくる浪士たちに、茶屋の中での乱闘は不味いと判断したものの、咄嗟に手を伸ばした先に愛用の刀は無い。本気で見廻りをする気などなかったのだから当然だ。ついでに隊服ではなく普段着の着物を着ていたことにも今更ながらに気付く。
自分の状況を考えてから喧嘩は吹っ掛けるべきだった。と思ってみても後の祭り。
素手で乱闘かぁ、などと呑気に覚悟を決めたところで、視界をサッと影が塞ぐ。
「万事屋さん?」
「お前さァ。わかってて挑発したんだろ、今の」
「はい」
「俺を巻き込むのも織り込み済みってか?」
「嫌なら逃げてくれてもいいですよ?」
別に本気で巻き込むつもりがあったわけでもない。
銀時を茶屋へと誘ったのは、本当に単なる暇潰し。入った先で攘夷浪士らしき集団を見つけたのは偶然でしかなく、挑発するような言葉を発したのは職業柄。
自力でもどうにかできると、それは過剰な自信ではない。「逃げてもいい」と言ったのも嫌味ではない。一般市民を巻き込むなと、ここ最近は耳にタコができるほど言われているのだ。どこぞの一番隊隊長のせいで。
にとっては、自分は民を守るべき真選組で、銀時は守られるべき一般市民。そんな感覚だった。
けれども銀時にとっては違っていたらしい。
「オイオイ。いくら俺でも、丸腰の女置いて逃げるほど薄情な男じゃねェんだよ、っとォ!」
の言葉に応えながら、躍りかかってきた男を何でもないように銀時は木刀で殴りつける。
どうやら銀時にとっては、丸腰の人間を見捨てる、という選択肢は無かったようだ。「あ、逃げないんだ」とが呑気に感心している間にも、銀時は難なく浪士たちをあしらい。
気付けば、はただ呆けていただけ。銀時がすべて片付けてしまっていた。
その手際のあざやかさもさることながら、の中で響くのは銀時の言葉。「丸腰の女置いて逃げるほど薄情な男じゃない」と、それは然して意味の無い言葉だったのかもしれないが、女として守られる立場になるのは、どうにもむず痒いというか、慣れない扱いにドギマギしてしまう。
「で、これどうすんの」
「え? あ、はい! あの、これを見つけた時点で副長にメールしたんで、もうそろそろ来るんじゃないかと」
現実へと引き戻され、慌てては銀時の言葉に答える。
土方の名を出した途端に嫌な顔をされたが、何事も上司への報告は必要なのだから仕方がない。
顔を合わせたくないのならば帰ればいいだろうに。しかしがそう言っても銀時は店を出る様子を見せない。元の席に戻って、無言でパフェを食べている。
首を傾げながらもが店主へ謝ったり浪士たちを縛り上げたりしている最中へ、呼んでいた土方が数人の隊士らとともに姿を見せたので、これでお役御免とばかりに転がっている浪士を引き渡して、事の顛末を報告して。
しかし、どうにも土方の様子が上の空だ。よくよく見れば、眉間に皺を寄せたまま、その視線はパフェを食べている銀時へと向けられている。
犬猿の仲なのだから存在を無視すればいいのに、となどは思うのだが、本人たちにしてみればそれでは済まないのだろう。好きにすればいいが、それでも周囲を巻き込んで喧嘩するのはやめてほしい。
少なくともこれ以上この茶屋の中で暴れることになるのは迷惑だと土方の袖を引いてみたが、あまり効果は無かったようだ。
「オイ。なんでコイツがここにいるんだ」
「あ、それはですね」
「お宅のお嬢さんにナンパされたからだよ。文句あっか」
「な、ナンパとか言わないでください!!」
しかし思い返してみれば、自分がした行為は傍から見ればナンパ以外の何物でもなかったかもしれない。
これはもしかしなくても怒られる。仕事を抜け出してナンパだ。お説教コースに違いない。説教の内容自体は右から左へ抜けていくから痛くも痒くもないのだが、じっと正座させられるのが嫌なのだ。前時代的説教スタイルが嫌なのだ。と言うか「説教」という響き自体がもう嫌なのだ。
何とか誤魔化さなければと思うものの、うまい言い訳など咄嗟に思いつかない。これは覚悟を決めなければと思った矢先に、ぐいと腕を引っ張られた。
「それにコイツもさっき言ってただろ。俺は協力者なの、協力者。わかったら感謝しやがれ」
「? 万事屋さん?」
「感謝してやるからそいつを離せ。これから事後処理させんだよ」
銀時に引き寄せられたと思いきや、状況を把握しきれない間に、今度は土方に腕を掴まれ引き寄せられてしまった。
訳が分からないものの、疑問に思うよりも先に「事後処理」という名のお説教の方が気になってしまう。最終的にはまたもや始末書が一枚増えるのだろうか。一体今まで何度「なにとぞ御容赦ください」の文言を書いたことか。というか、そんな実の無い始末書をこの上司は本当に読んでいるのだろうか。ふと気になったが、流石に聞ける雰囲気ではない。聞けたとしても「読んでるに決まってるだろ」と言われることは必至だ。
こっそり溜息を吐いていると、またもや腕を引かれてしまう。
「感謝してんなら目に見えるモンで表してほしいんですけど? 具体的にはコイツと今日一日デートする権利とか」
「へ?」
「ふざけんじゃねー。俺が何のために昨日今日とにデスクワーク押しつけたと思ってんだ。テメェみたいなのに引っ掛かると困るからだよ」
「はい?」
「そんで自分だけ美味しい思いしようって? オイオイ、権力濫用じゃねーか、この上司は」
「あの」
「何とでも言いやがれ。とにかくコイツは返してもらうからな」
「えっと」
「そっちこそふざけんじゃねーよ。あわよくばホテルまで行く気だった俺のこの計画はどうしてくれんだ!」
「…………」
頭上で交わされるいがみ合いは、を他所に終わる気配がない。
その内容は、を取り合ってるように聞こえてしまうのだが、まさかなぁとは呑気に思う。そんな漫画のような面白愉快な展開、自分の身に起こるはずがない。
となれば、これは一体どういうことなのか。
頭上に疑問符を飛ばすの耳に不意に飛び込んできたのは、街中に溢れ返っているクリスマスソング。
途端、疑問が氷解して、は一人頷いた。
「ああ。つまり二人とも、誰でもいいからクリスマスを一緒に過ごす相手が欲しいという、人生負け組寸前な境遇ってことなんですね」
「…………」
「…………」
の言葉に、口争いを止めた二人がの顔を見る。その何とも微妙な表情に、勝手に納得しているのは一人。
人の振り見て我が振り直せ。周囲に踊らされて苛立ったり落ち込んだり喧嘩したりする姿など、傍から見ていれば滑稽以外の何物でもない。
「じゃ、私、屯所戻って今回の報告書作りますね。副長も早く戻ってくださいね。あ、万事屋さん、今日はどうもありがとうございました」
深々と頭を下げると、呆気に取られている二人を他所には茶屋の外へと出る。
あれだけ苛々していたクリスマスソングや周囲の賑わいが、今では微笑ましく思えるのだから不思議だ。他人は他人、自分は自分。当たり前のことに気付いてしまえば、見方もガラリと変わってしまう。
街中に流れる聞き覚えのある曲を口ずさみながら、は屯所へと足を向ける。今日も攘夷浪士という悪を一つ滅したのだから充実した一日だったと、そんなことを呑気に考えながら。
「―――オイ。鈍いにも程があるだろ、アレは。何なんだよ」
「俺こそ聞きてェよ……」
知らぬは当人ばかりなり。
<終>
タイトルは「鏡音八八花合戦」をもじって。中身はまったく関係ありません。
二人がリベンジ図って正月に勝負をかけても面白いかと思ったのですが、やっぱりネタは特にありません。
と言いますか、何より、この話自体がクリスマス遅刻してて申し訳ないです……
('10.12.26 up)
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