新春砌ノ恋合戦



「え? 副長も初詣ついてくるんですか?」
「悪ィかよ」
「仕事はいいんですか?」
「お前は俺に年中無休で働けってか」

むしろ自ら週休0日の勢いで働いてるんじゃ、というツッコミを、は敢えて喉の奥へと押し戻した。
新年早々、土方と言い争っても仕方がない。
それに折角貰えた休みだ。つまらないことで撤回されては面白くない。
クリスマスもイヴも仕事だったといじけていたら、何故かあっさりと正月休みをくれたのだ。元旦の一日だけではあるが、それでも休みであることに変わりはない。
浮かれて、初詣用の着物を新調したほどだ。どうせ使い道のないボーナス、こうして世間に還元しないといつまで経っても景気は上向かない。
正月に初詣なんて、一体何年ぶりだろうか。混雑は目に見えているが、今はその人ごみすら愛おしく感じるのだから不思議だ。同じ人ごみでも、仕事で向き合うのと私事で紛れ込むのとでは大違いだ。
そこに土方がついてくるのが意味不明だが、どうせ面倒事を起こさせないためのお目付け役程度の意味だろう。嫌というほどでもないし、上手くいけば色々と奢らせることができるかと思えば、むしろありがたい存在なのかもしれない。
そうとなれば、何年かぶりの正月休み。存分に楽しむに限る。
真新しい着物に袖を通せば、それだけで気分が高揚する。華やかな着物に、ストールを羽織って。外へと出れば、灰色の空からはらはらと舞い落ちてくる雪。
 
「この天気なら、初詣の人出も少しは減ってますかね」
「出掛けないって選択肢はねェのかよ」
「イヤならついてこなくていいんですけど」

の言葉に返ってきたのは溜息だったが、どうやらお目付け役は天気程度では怯まないらしい。
しかしそれはとて同じこと。
元旦から休みが貰えたというのに、屋内に引き籠っていては何の意味もない。それに雪の中の初詣も粋なものだと、開いた蛇の目傘をくるりと回しては思う。
うっすらと雪化粧した世界へと足を踏み出せば、さっくりと柔らかい感触と共に足跡が残る。自分でも子供っぽいと思うが、雪の中を出掛けるのは、何故だか楽しいのだ。
さくさくと雪の感触を楽しみながら、真っ白な世界へと足跡をつけていく。
流石に外を歩いている人間は疎らだ。皆、家の中に籠って、炬燵に入って御節や御雑煮を口にしているのだろうか。そういうお正月もいいな、とは思うものの、そういう光景は家族団欒にこそ相応しいものだ。
真選組にいる皆は家族みたいなものではあるが、それでも、そういう正月風景とは何か違うのだ。そう、どちらかと言えば、宴会で馬鹿騒ぎの方が似つかわしい。
それはそれで楽しいんだけどね、とは空を見上げる。
灰色の空から舞い降りる雪。雪にも寒さにも負けず、今年一年の無事を祈願するために神社に詣でる。
日本人の侘び寂びとはこういうものだろうかと、何となく思うのだ。

「で、どこの神社に行くんだ?」
「縁結びで有名な神社です。今年は素敵な出会いがありますように、って」
「……そーかよ」

はぁ、と溜息を吐く土方を他所に、はさくさくと足を進める。足元の冷たさが気にならないでもないが、それよりも今は目的地に着きたいばかりだ。
別に、然程縁結びに拘っているわけではない。ただ、露店等でそこの神社がこの付近で一番賑やかだと、そんな理由に過ぎない。縁結びは二の次だ。
それでもやはり、気にならない訳でもないのが複雑な乙女心というもので。どうせ行くなら、やはり素敵な出会いというものを祈願したくはある。

「あ。どうせだから副長もお願いしていきますか? 好きな人がいるならその縁結びでも……って、好きな人いるなら、クリスマスもお正月もその人と過ごしてますよねぇ」
「だから過ごしてんじゃねーか……」

ぼそりと呟かれた土方の言葉は、くるくると蛇の目傘を回して笑っているの耳には届かなかった。
けらけらと笑いながら、は足を進める。真っ白な世界の中、目的の神社に近付くにつれ次第に人が増えていく。誰も彼もが笑いあいながら向かう先は一つ。
その光景を平和だなぁと思うと同時、この平和が当たり前でなければならないのだとも思う。そして、その「当たり前の平和」のために、自分たちがいるのだとも。
すっかり染み付いてしまった、職業病な思考回路。それを嫌だと思わない程度には、自分の仕事に誇りを持っている。
それでも今日くらいはのんびりしたいと、はくるりと傘を回す。傘の上に積もった雪が舞い、はらりと地面へ舞い落ちる。
次第に賑やかになる周囲。こんな天気でも、やはり初詣は欠かせない人間は多いらしい。流石は江戸っ子。
参道までやって来たならば、そんな粋な江戸っ子たちの中に、はふと見覚えのある姿を見つけた。
軒を連ねる露店。賑わう人の中、一際目立つのはその銀髪。

「あ、りんご飴! と万事屋さん!!」
「イヤ。それ普通逆じゃね? それじゃ俺がりんご飴のオマケ扱いじゃね?」
「おじさん、私にも1個ちょうだい! お代はアレがもつから」
「勝手に人の財布アテにしてんじゃねェ!!」

銀時の横をすり抜け、後ろの屋台へ。ついでに代金の請求を土方へと押し付け、は手にしたりんご飴を口にする。
口の中へと広がる甘い甘い飴の味。そう言えばこの人も甘党だっけ、と横を見たならば、銀時もまたりんご飴を手にを見ていた。

「どうかしましたか?」
「イヤ。今日はどうした。仕事か? それとも、まさかそこのマヨラーとデートか?」
「そんなワケないじゃないですか。副長は、私のお目付け役という名の財布です」
「誰が財布だオイ」

普段であれば小突かれるところだろうが、さしている傘が邪魔であるためか、手を出してくる気配は無い。
雪にはこんな意外な効用もあるのかと、妙なところでは感心する。次回からは、余計な一言を口走る時は、雨か雪の日にしようと、そんなどうでもいい考えが脳裏を過った。
ついでに過ったどうでもいい考えは、銀時がこんな雪の中わざわざ初詣に来るキャラだったろうか、と言うことである。
それについては、素直に口に出してみたならば、意外にもすんなりと答えが返ってきた。
 
「アレだよ、アレ。もう神頼みしかねェんだよ。俺が彼女作るには。アンタみたいな可愛い彼女」
「へー。万事屋さん、彼女欲しいんですか。私も素敵な出会いが欲しいんですよね」
「それならよ……」
「お互い、いい出会いがあるよう、神様にお願いしましょうね!」
「…………」

にこやかに言い放ち、はすたすたと拝殿へと向かって参道を進む。
やはりこの神社に来るような人間は、異性に縁が無いのだろうか。そう思ってはみたが、周囲を見る限りはそうでもなさそうだ。
となればあとは、職業柄だとか甲斐性だとか、そのあたりが関係してくるのだろう。
まぁ確かにあの二人は揃って甲斐性無さそうだよなぁ、などと本人たちが聞いたら怒りだしそうなことを呑気に考えつつ。
賑わう人々の中、くるりと蛇の目傘を回しては空を見上げる。

神様神様。神頼みに縋るしかない哀れな二人に、どうかどうか可愛い彼女をくれてやってください。

見上げた先の灰色の空からは、深々と真白な雪が舞い降りる―――
 
 
 
 
 
 
―――イヤ。気付けよ。そこは気付くとこだろ、普通」
「気付かねェから鈍いんだろうが」
「まァ、財布扱いしかされてねェヤツより確実にマシだけどな」
「うるせーよ。恋愛対象として見られてねェヤツより俺の方が確実にマシだ」

舞い降りる雪の下。五十歩百歩の諍いに、知らぬはやはり、当人ばかり。



<終>



クリスマスの続きのようなそうでもないような。
勿論、リベンジは図れていません(笑)
いっそ、バレンタインもこの設定で書こうかと思ってみたけれども、やはりネタは特に無かったり。

('11.01.01 up)