如月純愛大合戦



これは偶然だ。
疚しい事をしている訳ではない。
本当にたまたまで偶然で不測の事態で、決して必然でも狙った訳でも必定の事態だった訳でもない。
たまたま外を歩いていたら、偶然にも気になる相手の後姿を見つけた。たまたま歩く方向が同じだったものだから、偶然にも後をつける形となってしまった。たまたま彼女―――が入った店は、偶然にも自分の目的地だった。たまたま店内の販売スペースをあれこれ見て回るを、偶然にも同じ店内の喫茶スペースから眺める格好になってしまった。
これは偶然の産物だ。本当に偶然以外の何物でもない。神に誓ってもいい。信じてもいないが。
断じてストーカー行為に勤しんでいる訳ではないのだ。

「お前と違ってな」
「ふざけんな。ストーカーはテメーだろーが」

どうしてこうなった。
注文したチョコレートパフェを口にすれば、甘い甘いチョコレートの味が身体の至るところまで沁み渡って幸せを感じるはずだというのに。
銀時の現在の心境は真逆。苦虫を噛み潰したような表情になる。
とは言え、それは相手も同じ事だ。向かいの席に腰を下ろしてコーヒーを飲んでいるのは、の上司であり、銀時にしてみれば邪魔な天敵かつ恋敵の土方だ。
本来であれば、今すぐにでも席を立ちたいところだ。けれども、すぐ目の前にはチョコレートパフェ。バレンタイン期間限定の、スペシャルでデラックスな仕様のこのパフェを食べずして、どうして立ち去ることができようか。別に店内の販売スペースでチョコレートを物色しているの動向が気になるとか、そういう訳ではない。決して。
 
「違いますー。俺はパフェ食いに来ただけですー」
「俺だってな、アレだ。見廻り中に隙見て逃げ出したあいつを捜してただけだ」

それが本当ならば、を見つけた時点で連れ戻しているだろう。
そう突っ込んでやりたかったが、それで本当に連れていかれては意味がない―――いや、別に銀時としてはをストーキングしているつもりは毛頭無いのだから、意味などそもそも存在していないのだが。ただ、チョコレートを楽しそうに選んでいるを見ていると、売り場から強引に引き離すのは可哀想だと思っただけだ。チョコレートが好きな人間に悪いヤツはいない。それだけのことだ。本当に。
パフェに盛られているチョコアイスを口にしながら、銀時は懸命に自身に言い聞かせる。それこそ何の意味も無い行為かもしれないが、少なくとも自尊心は守られる。はずだ。
視線の先では、男二人の存在になどまるで気付いていない様子で、がチョコレートを見比べている。手にとっては戻し、別のものを手にとって眺めては戻し。
楽しそうに、けれども真剣そのものでチョコレートを吟味している姿に、気になることが一つ。
の本命チョコは、一体誰の手に渡るのか。
そもそもに本命がいるかどうかから疑問が始まるのだが、しかし、それなりに値段の張るチョコレートを前に至極真剣に悩んでいるのだ。これはもう本命相手に贈るチョコレートを選んでいるとしか思えない。
しかしには現時点で恋人はいない。どころか、寄せられる好意を明後日の方向に投げ返してくるような天然記念物並の鈍感娘だ。そのが、バレンタインデーを目前にして本命チョコ選び。とうとうも色恋づいたのかと思うと同時、その相手が気にならないはずもない。
と言うよりもむしろ、その相手が自分以外の男であれば、人知れず抹殺してやろうかと銀時は半ば本気で思う。少なくとも今までの周囲にそれらしき男はいなかった。それなのに、降って湧いたような男に横からを掻っ攫われてなるものか。ついでに目の前のマヨラーも抹殺したいところだ。の上司だという特権を濫用して好き放題しているのだから万死に値する。別に、その他大勢の存在があるとしても一つ屋根の下で生活しているのが羨ましすぎるとかそういった訳ではない。断じて。
 
「とりあえず死んでくんない? そしたら俺は幸せになれるからさ。と」
「奇遇だな。テメェが死んでくれりゃ、俺も幸せになれるんだよ、と」
 
表面上は何の脈絡も発された銀時の言葉に、土方はこめかみを引き攣らせる。
パフェとコーヒーを間に、睨み合う二人。明らかに店にそぐわない空気を撒き散らしていたが、あまりの恐ろしさに誰も近付くこうとはしない。
その無言の攻防止めたのは、場の空気にそぐわない、けれどもこの店本来の空気にはよく似合うのであろう、能天気な声だった。

「すみませーん。これくださーい」

店員を呼ぶのは、聞き慣れた声。
瞬時に二人の視線が、店内の販売スペースへと向けられる。
その先で、相変わらず二人の存在に気が付いていないのであろうが、一つの包みを店員へと差し出していた。
応対する店員の声は聞こえない。それでもの声だけは耳に届くというのは、一体どういうことか。単にの声が甲高くて良く通るのか。それとも恋する相手に対しては感覚器官の機能が増幅されているのか。
どちらにせよ、の声は良く聞こえたのだ。それなりの距離があるにも関わらず。無情にも、二人の耳へと飛び込んでくるのだ。
 
「えー? 違いますよぅ。自分へのご褒美チョコですよー。敢えて言うなら、自分が本命、みたいな?」

あっはっは、とやはり甲高い声で笑うに、言葉も無く崩れ落ちる男が二人。
予想して然るべき事態ではあったはずだ。
あのに本命の相手がいる気配など、微塵たりとて感じていなかったのだ。いや、だからこそ、自分が本命相手なのではないかという淡い期待を抱かなかったと言えば嘘になる。
存在しない相手に嫉妬し、あり得ない希望を胸に抱き。
最もあり得そうな可能性に、何故思い至らなかったのか。思い至りたくなかっただけなのか。
何にせよ、現実に打ちのめされている今のこの状況が変わる訳ではない。

「そうなんですよー。素敵な出会いって、なかなかないんですよねぇ。初詣でもお願いしてきたんですけど」

周りを良く見ろすでに出会ってるから!!
頭を抱えた男二人の胸中は、奇しくも一致する。
しかし、面と向かってにそれを言うほどの気概も無く、溜息が本音に取って代わって吐き出される。



他の男が本命、などという最悪の事態こそは避けられたものの。
気になる相手からの本命チョコは、今年も結局貰えずじまい。
良くも悪くも、バレンタインデーは何事も無く過ぎ去っていったのだった―――



<終>



フラグが立ちもしない(笑)
本気出して動けばフラグは案外簡単に立ちそうなんですが……ヘタレ二人には無理の模様。
てか、何故かストーカー化してるし……

('11.02.17 up)