「それじゃあ、これ、一緒に食べませんか?」

銀時へと差し出されたのは、ラッピングされたチョコレート。
その向こうには、はにかむ彼女。

それが、ちょうど一年前の話。




芥川の運命論




日中は殺気立っているバレンタインチョコの特設売り場も、当日の夜ともなれば流石に人も疎らになってくる。
男一人でチョコレートを買うには、このタイミングで来るのが、まだ居たたまれなさを感じずに済む。
勿論、既にめぼしいものは完売しているが、それでも普段であれば目にする事もないようなチョコレートが並んでいるのだ。
自他共に認める甘党であれば、買わずにはいられないというものだ。たとえ手持ちの金が心許なくとも。買わないという選択肢は存在しない。
手頃な値段のものから、一粒1500円という冗談のようなチョコレートまで。
買うべきものを厳選すべく特設売り場を歩く銀時がふと思い出すのは、ちょうど一年前の出来事。
一年前も今と同じように、この特設売り場を歩いていたのだ。
様々な店舗が出店している売り場を散々歩き回り、厳選に厳選を重ねたチョコレートの包みは、残り最後の一つ。それを手に取った瞬間、「あっ…」と声が聞こえたのだ。
声の方へと顔を向ければ、手を伸ばしかけた女が一人。その仕草から、どうやら彼女もこの最後の一つを狙っていたであろうことは明らかだった。
さて、どうするか。などと迷ったのは一瞬。銀時は彼女の手にチョコレートの包みを持たせてやった。
バレンタインというのは、女が男にチョコレートと共に愛を伝える日―――だかなんだか知らないが、まぁ銀時よりは彼女の方が買うには相応しいだろう。銀時には愛などという至上命題はなく、要はチョコレートが食べられれば良いだけで、別のものであろうとも構いはしないのだ。

「あ、あの…っ!」
「いいっていいって。俺は自分で食べたいだけだから、別のモンでもいいしな」

慌てる彼女に、気に病む必要はないのだと伝え、他に目を付けていたチョコレートの店舗へと行こうとしたのだが。
引き留めるように掴まれた着物の袖。
何事かと思えば、はにかみながら彼女が口を開いた。

「あ、あの……それじゃあ、これ、一緒に食べませんか?」






結局その後、近くのファストフード店で、彼女が買ったというチョコレートを一緒に食べたのだった。
彼女が手に提げていた様々な紙袋に入っていたチョコレートは全て自分のために買ったとの話で、曰わく「こんな時でないと買えないものって多いんですよね」とのこと。
大の甘党だという彼女と話も盛り上がったものの、互いに連絡先どころか名前すらも伝えていなかったと気付いたのは、彼女と別れた後だった。
名前も知らない彼女は、今年も自分のためにチョコレートを買い歩いているのだろうか。それとも、誰かチョコレートをあげる相手でもできただろうか。
一年前の出来事に思いを馳せながら、一年前と同じように銀時は特設売り場を歩く。
最後に足を止めたのは、一年前と同じ店の前。見れば、残り一つとなっているチョコレートも一年前と同じ。
何やら運命めいたものを感じてしまう自分に苦笑しながら、最後の一つとなったチョコレートの包みを銀時は手に取り―――

「あっ……」

聞こえた声に、ハッとなる。
まさかと思い振り向けば、そこには一年前と同じく手を伸ばしかけた彼女の姿が。
一瞬、夢かとも思うほど、何もかもが一年前と重なって見える。唯一違いを挙げるならば、目の前の彼女の手に提げられた紙袋が一つだけということくらいだ。今年はダイエットでもしているのだろうか。
ともあれ、ここまで来ると本当に運命じみている。
呆気にとられている彼女の手へとチョコレートの包みを持たせてやれば、ようやく我に返ったのか、真っ赤になって慌てだす。

「あ、あのっ、去年の…っ!!」
「おう。また会ったな」

忘れられてはいなかったことにこっそりと安堵しつつ、銀時は平静を装う。しかし対照的に目の前の彼女は、「あー」だの「うー」だの落ち着かない。
何かまずかっただろうかと不安になったのも束の間。
いきなり目の前に差し出されたのは、一つの紙袋。彼女が手に提げていたものだ。

「あのっ、これ、その…貰って、もらえます、か…?」

真っ赤な顔で伝えられたその言葉の意味は明白。
あまりの出来事にショート寸前の思考回路で、考えることができたのはただ一つ。



これを『運命』と呼ばずしてなんと呼ぶ?



<終>



「運命は偶然よりも必然である」という、芥川龍之介の言葉がタイトルの元ネタです。
内容とはあんまり関係ないですが(笑)

とりあえず、日付が変わるまでは14日です! ええ!!

('13.02.14 up)