「ねぇ、これあげるね!」

言葉とともに渡された―――と言うよりも押し付けられたのは、リボンのかけられた小さな包み。
一体何なのかと疑問に思う間もなく、普段とはうって変わって楽しげな声が言葉を続けた。

「今日、チョコレートあげたら一ヶ月後に3倍のお菓子が貰えるって聞いたの!」

普段は伏せられている顔が、今ばかりは真っ直ぐこちらへと向けられている。
目に入るのは、期待にキラキラと輝く真っ赤な瞳。
一体誰がそんな事を彼女に吹き込んだのか。
そう、高杉が天を仰ぎたくなったのが、およそ一ヶ月前の話。




3倍の憂鬱と幸福 −Whose eye is this Anyway?−




そして今、高杉はかぶき町にいた。
偏った知識を吹き込まれたからチョコレートを押し付けられたものの、当初は無視するつもりでいたのだ。
しかし、無視しようと考えるたび、キラキラと輝くの真っ赤な瞳まで思い出してしまい、無視することに罪悪感を覚えてしまう。夜兎族の中にあっても『特別製』であるの瞳は、どうやら記憶の中にあっても効力を発揮してくれるらしい。
結局、ホワイトデーとやらのために地球まできたのだが。

「へー? ほー。ふーん?」

目の前で適当な相槌を打つ銀時のにやけ面を、高杉は殴りたくて仕方がなかった。
とりあえずデパートに行けば何かあるだろうと入ったその先で、ばったり出くわしたのだ。
常であれば敵対するところだが、正直今の高杉はそれどころではない。何せ、ふとした折に「3倍って、なに? 量が3倍なの? それとも美味しさが3倍なの?」と期待に満ちた眼差しが脳裏に蘇るのだ。どんな理由にせよ、菓子をやらなければ、がっかりされることは目に見えている。
そして、万が一にでもから嫌われようものなら、かなり落胆する自信がある。
我ながら酷い有様だとは思うが、何もかものあの瞳のせいだと思うことにしている。流石、神威から『特別製』と評されるだけのことはある。
ともあれ、さしあたっての問題は、何を渡せば『3倍』になるのかということだ。
しかし皆目見当もつかず、うっかり銀時などに相談してしまった自身を高杉は後悔した。この後、散々からかわれるであろうことは目に見えている。本当に自分の周囲にはロクな人間がいない。

「で? 相手はどんな女だよ」
「は? なんでてめーなんかに」
「聞かなきゃわかんねーだろうが。まぁ食い意地がはってる事だけはわかったけどな」

喜ばせたいんだろ、ソイツのこと。
頭をかきながら聞いてくるその表情に、意外にもからかいの色は見られない。
どのみち、他に手立ても無いのだ。
半ば自棄になった高杉は、に関する話を思いつく限り始め―――






不本意ながらも銀時に相談を持ち掛けてから数日後。
目の前には、紅い瞳をキラキラと輝かせるの姿があった。
テーブルを挟んで向かいに座る高杉は、実のところ今すぐこの場から逃げ出したくて仕方がない。
今、二人がいるのは、地球にある洒落たカフェ。人目に付くことも問題だが、何より、女性客ばかりの可愛らしいカフェなど、高杉には居た堪れない。
しかし銀時からは、何が何でも最後まで付き合え、と言われている。それが一番重要らしい。「一緒に食えば親密度があがんだよ」とのことだが、親密度は別に関係ないだろう。そう言えば「そんだけノロケといて自覚ねーのかよ…」と意味の分からない言葉が返ってきただけだった。
それはともかくとして、がいたく満足していることはよくわかる。目の前に運ばれてきた特大パフェは、本来ならば10人以上で食べることを想定されているらしい。バケツかと言いたくなるような大きさのグラスに、クリームもチョコレートソースもたっぷり、プリンや色とりどりのアイスクリーム、フルーツが詰め込まれている。板チョコやクッキーがトッピングされ、挙句、バウムクーヘンやショートケーキが上に乗せられているという、もはや胸自棄がするのを通り越して、理解不能の代物だ。
だがこうして見てみれば確かにの好物ばかりで、なるほど、パフェというのは最適な選択肢に違いない。銀時に勧められて来たのだが、たまには役立つことを言ってくれるようだ。

「これが3倍…」

人目を避けるように普段は俯いている顔を上げ、うっとりしたようには溜め息を零す。
期待通りかそれ以上か。どちらにせよ目的は達したのだから一先ずの問題は解決した。次の問題は、この場所から早急に立ち去ることだ。
の普段の食べっぷりであれば、この巨大パフェもあっという間に平らげることだろう。それは救いだ。
そう、思ったのだが。

「っ!! おいしい〜っ!!」

パフェを一口頬張るや、幸せそうに相好を崩すに。
紅玉のように輝くその瞳に。

このまましばらく向かい合っているのも悪くはないと。そう思ってしまう高杉だった。



<終>



夜兎族は、色気より食い気だと思うのです。なんとなく(笑)


('13.03.14 up)