「正月休み返上って、鬼ですか。鬼でしたね、この鬼畜野郎! 私は社畜になった覚えは無い!!」
「いいから黙って働け」

副長は新年早々無慈悲でした。
 
 
 
 
新春江戸日記



 
「ふぁぁあ〜〜〜」
「……でけェ欠伸すんな、仕事中に」
「だって、寝てないんですもん」

そもそも今年のお正月、私は非番だった筈。
だからこそ、大晦日の夜は、紅白歌合戦を見て、ゆく年くる年を見て、カウントダウンライブを見て、録画してあったガキ使を見て。
さて寝るぞ、と、明け方になってお布団にもぐりこんだ瞬間だった。出動命令が出たのは。
なんでも攘夷浪士によるテロ予告があったらしい。新年早々傍迷惑な連中は何を頑張っているのか。その頑張りをもっと別の方向に向けたらよいものを。
おかげで私は寝正月を返上、こうして見廻りに出る羽目になってしまった。サボりたくても、お目付け役の如き副長が相方だから、逃げる事も敵わない。
って言うか、逃げようと試みたけれども、すぐさま捕まってしまった。やっぱり徹夜明けの体では色々無理があったらしい。
そもそも見廻り自体も堪えるんだけど。寒いし疲れるし退屈―――
本日何度目かの欠伸を噛み殺したところで、幸か不幸か、不穏な気配を察知してしまった。不穏な気配と言うか、殺気? あんまり歓迎したくない気配。
 
「とりあえず、無駄足じゃなくて良かったですね」
「アホか。こういうのは無駄足になる方がいいんだよ」

副長の言葉は確かにその通り。
だけどもちらりとその表情を窺えば、いつものポーカーフェイスが少しばかり崩れている。何となしに楽しそう。冷静だ何だと言われてる副長も、結局は喧嘩っ早い不良警官であることに違いない。
私はと言えば……労働するからには結果を求めたいけれども。基本的には事勿れ主義なんだよね。
そんな私がどうして真選組なんかに入ってしまったのか。成り行きとしか言えないけれども、正直、自分でもよくわからない。多分、お給料だと思う。少なくとも休日返上は頭になかったはず。あの頃の私には。

「でもこれ、一網打尽にしなかったら、まさか明日も仕事とか?」
「そうだな」
「頑張りましょう! 明日は駅伝と新春時代劇を見なくちゃいけないんで!!」
「テレビしか見てねーじゃねェか!!」
 
それが清く正しい日本のお正月、ってものです。
出掛けたところでどこも混んでるし。住めば都、我が家が一番。我が家って言うか、屯所だけど。似たようなものだからいいや。
とにかく私は休日を堪能したいんだ。
 
「ちなみに明後日は駅伝の復路と、録画しておいた大河スペシャルがですね」
「勝手にしろ。それより気付いてんのか?」
「勝手にします。これ、標的が私たちになってますよね? むしろ副長ですよね、標的。私は巻き添え。被害者。慰謝料ください」
「仕事だ。諦めろ」

わお。命の危機に晒されてるのに、仕事の一言で切り捨ててくれたよ、この仕事の鬼。
何気ない風を装って見廻りしている私たちの背後に、どう贔屓目に考えても穏やかとは言い難い気配が一つ、二つ、三つ……たくさん!
とりあえず私が狙われる理由はないので、副長がヤツらの目的なんだろうな、という結論には達した。
テロの予告主と背後の穏やかならぬ気配の主が同じかどうかは別問題なのだけれども。
あれ? これ別人だったら、やっぱり明日も仕事確定? やだなぁ。何が悲しくて、正月から仕事三昧。明日は午前中に駅伝、午後は仮眠で夜から新春時代劇というスケジュールなのに!

「で、どの辺でやるんですか?」
「一般人巻き込むわけにいかねーだろ……なんだって今日は人が多いんだ」

舌打ちする副長は、早く暴れたいのにそれが叶わなくて苛々してるんだろう。カルシウムが足りてないと思う。
でも確かに、正月早々、街中に人が多いとは思う。しかもテロ予告まで出てるのに。
江戸っ子なら、テロ予告なんかに屈せず正月を楽しもう、という気概でもあるのだろうか。そういうのは嫌いではないけれども。こういう時は困る。
まぁ痺れを切らしたのは、相手も同じだったようで。
そんな気配を感じて、腰に差した刀の柄に手をやる。

「真選組副長、土方十四郎殿とお見受けする。侍でありながら天人に迎合する幕府の犬め、我ら攘夷の先兵が天誅をくだ―――うぉぉおっ!!?」

先手必勝!
路地から一斉に現れてた攘夷浪士の長ったらしい口上を無視して、私は地面を蹴り、攘夷浪士の一人をあっさりと斬り伏せる。
背後から黄色くもなんともない悲鳴が聞こえてきたことからするに、ほぼ同時に副長も動いていたらしい。流石に抜き身の刀を手にした連中を目の前にして、視線を逸らすなんてことはできないから、確認はできないけれども。

「ちょっ、おまっ、こういうのには様式美ってモンが―――
「ああそう? 『迷わず地獄に堕ちるがいい!』はい、様式美。長七郎様かぁっこいいぃぃぃっ!!!」
「知るかぁぁぁあっ!!!」
 
長七郎様を知らないなんて、なんたるモグリ! それこそ侍の風上にも置けないヤツめ。『長七郎江戸日記』を全シリーズ見ろ!
こちらが少数で相手が多数の場合、先手を取るのが第一。相手が態勢を立て直すまでにどれだけ斬り伏せられるかというのが重要。というのが私の持論。そんなの関係無しに一対多でも勝ってしまうどこかの一番隊隊長は、あれはもう人間じゃない。うん。
一通り斬って、目の前に残るは3人。すでに油断は無い。一対三の真剣勝負。まぁ、こんなものか。
刀を構え直す。手に馴染むほどに振るってきたけれども、それでも人を斬ることには慣れない。きっとこれからもそうなんだろう。そうありたい。人を斬ることに、慣れたくなんて、ない。
慣れたくはないけど、やらなければいけない。
まったく、正月から辛気臭いったらありゃしない。
構え直した刀の切っ先を、ビシッと攘夷浪士たちに向ける。まぁこれくらいの遊び心はあってもいいと思う。

「天、不正を為せばそれを斬る。悪に上下の隔ては無い。天下御免、真選組一番隊、、参る!」
「よっ! 姉ちゃん、千両役者!!」

……は? なんのこと?
一瞬逸れた思考は、すぐに軌道修正。さすがに今は、他事を考えてる場合じゃない。
とは言え、おちょくられたと思ってるだろう攘夷浪士たちは、怒りのせいで動きが直線になっている。勿論、それを見越してのさっきの口上なんだけど。おかげで動きは読みやすく、これなら相手が三人でも捌きやすい。
初めに斬りかかってきた浪士を、ひょいと横に避ける。標的を失って勢い余った男は、そのまま前のめりに倒れる。頭に血がのぼった人間というのは、実に単純。
そのまま二人目の横をすり抜けて、三人目に斬りかかる。まさか自分が真っ先に狙われると思っていなかった男をあっさりと横に薙ぐと、そのまま振り返って二人目を斬り伏せる。ようやく立ち上がった一人目も、体勢を整える前に袈裟がけに。
我ながら流れるような動きに、自己満足。うん。時代劇の殺陣シーンみたいな様式美、いいよね!
一人満足していると、周囲からわっと歓声があがる。
そういえばさっきも妙な掛け声があったっけ、と周囲を見回して、流石に私もびっくりした。
いつの間に集まったのか、周囲に人の壁ができていた。どう見ても浪士とかではない、普通の人たち。手を叩いたり歓声をあげたり。「さまぁ!!」とか呼ばれたので、よくわからないけど声のした方に手を振ったら、黄色い悲鳴が聞こえた。なにこれ意味わかんない。

「……おい。なんだコレは。見世物じゃねーぞ、俺らは」
「知りませんよ」
「お前、手ェ振ってたろうが」
「だって。呼ばれたから」

つい反射的に。
どうやら副長の方も片付いたらしい。不審そうな表情で寄ってきた副長に、私は肩を竦めてみせた。実際、この状況は理解できないし。
わけがわからないうちに、周囲にいた人たちはこの場を離れていく。
入れ替わりのようにやってきたのは、私の直属上司の化け物もとい沖田隊長。珍しい、この人が真っ先に現場に現れるなんて。
 
「あー。ちょっと間に合わなかったか」
「何がですか?」
の勇姿」
「は?」

言われた言葉に、私の頭上に疑問符が浮かぶ。
それがわかったのか、「知らねーのかィ?」と沖田隊長が説明してくれた。

「最近、時代劇の影響受けてただろィ。派手な立ち回りのおかげで目立って、今、江戸の注目の的になってるんでさァ、は」
「マジでか」
「マジでさァ。今日も、テロ予告があったならも動くだろう、運が良ければ立ち回りが見られるだろうってんで、江戸は盛り上がってたんでィ。なんたって、生で時代劇が見られるんだからねィ」
「……だから人が多かったのか」

呆れたような副長の声に、私も同意したい。暇なのか、江戸っ子は。暇なのかもしれない、正月だし。
攘夷浪士も暇なら、大衆も暇。暇人ばかりで羨ましい。

「……副長」
「なんだ」
「今すぐ休暇ください。一ヶ月くらい」
「奇遇だな。俺も欲しいと思ったところだ」

以心伝心。煙草を吸いながらどこか遠くを見つめる副長は、いつも以上に疲れているように見える。
私も似たような表情してるんだろうな。
なんだって正月早々、暇人の欲求を満たすために働かなくちゃいけないのか。
休暇が取れたら、『長七郎江戸日記』シリーズを通しで見よう。そうしよう。暇なら副長にも付き合ってもらおう。そして二人で長七郎様を堪能しよう。
そう心に決めた、一年の始まり。



<終>



ちっとも夢小説じゃないものが書き上がってしまいました。
ほんとはどこかに、副長に褒められて頭撫でられて、ほんわかするヒロインの図を入れたかったんですけどね。
無理でした。長七郎様にすべて持っていかれてます、このヒロイン。

('14.01.03 up)