何をやっているんだろうと、は思う。
片思いの相手に贈るためのチョコレートを作る、という事実は良い。
けれどもその作り方を別の男に教えてもらうというのは如何なものだろうか。しかもその男は自分の事を好きだと言ってくれる相手で。
その気持ちをわかった上でチョコレート作りに巻き込んでいる自分はなんて最低な女だろうとは思う。
いい加減にこんな女、見捨ててくれたら良いのに。
そう思うのに、男はいつまでたってもの傍に居てくれるのだ。そして、それをわかった上でも甘えてしまう。
この関係を、一体何と呼べば良いのだろうか。
心地良すぎて逆に居心地が悪い、そんな複雑な心境を胸に、隣で溶かしたチョコレートの味を見ている銀時をはじっと見ていた。
片恋チョコレイト
相変わらず酷い女だと、銀時は思う。
他の男の事が好きなくせに、此方の気持ちを知っているくせに。平気で泣きついてくるのだから。
あまつさえ、好きな男に渡すためのチョコレートを作るのを手伝えとは、一体どんな神経をしているのか。銀時にしてみれば恋敵にあたる男だというのに。
そうは言っても、断ろうともしないのは銀時の方だ。
それが、銀時に嫌われようとするための故意の行為だとわかっているからこそ、断るわけにはいかない。
泣きつかれたら散々に甘やかし、請われれば恋敵の為であろうとも付き合ってやる。
どんな形であれ、今一番頼られているのは他の誰でもない銀時なのだ。
甘やかして、甘やかして。そうしていつか、が自分の元に転がり落ちてくればいい。そんな下心は決して皆無ではない。
大体、迷惑ならばそう言えばいいのだ。それをせずに嫌われようなど、自分が悪者になりたくないというただの我が侭だ。
本質的に臆病なの、それが精一杯の強がりなのだとわかってしまえば、後はもう愛しさがこみ上げてくるだけだ。の意図など素知らぬ振りで、今日もその横顔をじっと見つめる。
チョコレートを型に流し込むという単純作業に、やけに真剣な表情になっているのは、背後に山積みになっている失敗作のせいだろう。
形も種類も様々なチョコレートたちは、全てが一人で奮闘した結果らしい。あれもこれもと試して、尽く失敗した末に泣きついてきたに作らせているのは、何の変哲もないハート型のチョコレート。溶かして型に入れるだけの簡単な作業の筈が、それですら一人では失敗したというのだから、そもそも菓子作りに向いていないのかもしれない。
それでもこれだけ懸命な姿を見たら、大抵の男は絆されるだろう。だが勿論、その大抵の男というものは、こうした姿を見ることがない訳だ。それを思えば、今の状況はなかなか貴重なものかもしれない。
「これで大丈夫、かな……」
後は冷やして固めるだけ、というところまで辿り着いて、自信なげにが呟く。
人に教えてもらっておいて、と思わないでもないが、失敗作の山を見る限り仕方ないのかもしれない。あれだけ失敗続きでは、本当に上手く行くのか不安にもなるだろう。
「ま、大丈夫だろ。俺が教えてやったんだからな」
銀時にしてみれば、これが成功しようとしまいと正直どうでもいい話だ。他の男に贈られる、しかも食べてもらえるかどうかもわからないチョコレートになど興味はない。
適当な調子で請け合うと、それよりも、と失敗作の山を指差す。
「アレ全部くんね?」
「アレって……え、でも……」
「万事屋銀ちゃんに頼み事したんだ。報酬くらいくれるよな?」
銀時の言葉にが目に見えて戸惑う。
それもそうだ。銀時が欲しいと言っているのは、作り損ねたチョコレート。
形も味も失敗作。とても他人に渡せるようなものではない。だが勿論、それをわかった上で、銀時は敢えてそれを指差す。
「そ、それならちゃんとお金……」
「俺はこっちがいーの」
そう言って、その辺にあったビニール袋を拝借した銀時は、の了承も待たずにチョコレートの山を袋の中へと放り込む。
板チョコにチョコレートケーキ、ショコラ、生チョコらしきもの、よくもこれだけ作ったものだと感心する程だ。それだけの熱意を向けてもらえる相手が羨ましい。
最後の一つを袋へ詰め込み、こっそりと溜息を吐く。いっそ諦めたら楽になるのはわかりきってはいるが、生憎と諦めが悪いのは性分だ。
「じゃ、告白頑張れよ」
「うん……ありが、とう……」
まるで心の籠もらない言葉に、呆けたような返事。まるで茶番のようなやりとりだが、実際茶番に違いない。
呆気にとられたままのの家を後にし、銀時は早速袋の中から一つチョコレートを取り出して口の中へと放り込む。
油分が分離して固まってしまったそれは、お世辞にも美味しいとはとても言えない。むしろ不味い。おそらく他のチョコレートも似たり寄ったりの出来だろう。
それでもこれは、が一人で作ったチョコレートだ。ただただの愛情だけが込められた、手作りのチョコレート。それがたとえ他の男に向けられた愛情なのだとしても。
報われない片想いに先に音を上げるのは、果たしてどちらだろうか。
だが、銀時には負けるつもりなどない。
がいつか、今の恋を諦める日が来るまで。
「できれば、ジーさんになる前がいいんだけどな」
冗談のように呟くと、もう一つチョコレートを口の中へと放り込む。
まるで前途多難な先行きを暗示するような苦味の強いチョコレートを、銀時は躊躇い無く飲み込んだ。
<終>
以前に書いた「片恋ごっこ」の二人のようなそんな感じ。
銀さんなら自分で作った方が美味しいチョコ作れるんじゃない? と思った結果がコレでした……
('14.02.14 up)
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