とりっく・おあ・とりーと!
「トリック・オア・トリート! お菓子くれないと、入れてあげないよ?」
「……何やってんの、お前」
店の扉を開けた途端、見慣れた顔が満面の笑みを浮かべて、訳のわからない事を口走る。
そんな目に遭っては、銀時でなくとも呆れる他はないだろう。
けれども何が不満なのか、出迎えた本人は口を尖らせる。
「ハロウィン知らないの?」
「はろいん?」
更に聞きなれない言葉を聞いて、銀時は眉間に皺を寄せる。
それで全てを察したのだろう。出迎えたは、溜息を一つつくと「もういいよ」と、がっかりしたように道を開けた。
一体何事なのか。
訝しみながら店内に入ると、ますます奇異な光景が飛び込んできて銀時は目を丸くする。
さほど広くも明るくもないスナック。その店内にいる客はいつもと変わらないが、対応している女たちがいつも通りではなかった。
普段ならば着物姿の彼女らが、今日に限っては全員、何やら突飛な格好をしているのだ。白だったり黒だったり、或いは橙色だったり。どちらかと言えば洋装に近いそれらは、けれども何かが普通ではないような気がする。
「今日ね、ハロウィンだから仮装してるんだよ、みんな」
後ろからが説明してくれるが、そもそも「ハロウィン」というものが何なのか、銀時にはわからない。
仮装することにどんな意味があるのかもわからないが、そういうものなのだと言われたらそうなのだと思うしかない。
そう言えば、と銀時は振り返る。
突飛な言葉に驚きが先立ってあまりよく見ていなかったが、の格好も普段とは異なっていたように思う。
どんな「仮装」をしているのか。それは単なる興味本位に過ぎなかったが、ハロウィンに対する興味と言うよりは、気になる相手に対する興味に他ならない。
大体、金があるとは言い難い自分がスナックに通い詰めていることにどんな意味があるのか、はいつになったら気付いてくれるのか。
それはそれとして。
振り返った先、はにこにこと笑っている。それが営業スマイルなのだとしても、可愛いから構いはしない。
まず真っ先に目に入るのは、首元で結わえられた真っ赤なリボン。そのリボンが止めている黒いケープ。下に着ているのはワンピースだろうか、黒いスカートの裾が膝丈でふわりと揺れている。そして頭上には同じく黒のとんがり帽子。
それだけならまだしも。
帽子からは、何故か猫耳が生えている。そして下をよく見れば、スカートからも尻尾と思しきものが生えている。
これが仮装だと言うのならば、何の仮装なのか。コンセプトは何なのか。
問い質したいところだが、しかし誰にどう問い質せば良いのやら銀時にはわからない。だが問い質すよりも先に「よくやった!」と褒め称えそうだ。目の前の仮装したは、とにかく可愛らしかった。
「どうしたの、銀ちゃん? 座っていいよ?」
「あ、あぁ……」
促され、我に返ってカウンター席に座る。
その隣に当然のようにも腰を下ろし、銀時の意向を聞くことなく勝手に注文をする。銀時がこの店に来て飲むのはいつも同じものだから、今更聞かずともわかるのだろう。正直な話、それが一番安い酒だからなのだが。高い酒など飲んでは、頻繁に通うことなどできるはずもない。
注文の品が出てくるまでの間、は隣で「ハロウィン」とは何かを、至極丁寧に解説してくれる。別に教えてほしいと言ったわけでもないのだが、もしかしたら店に来た客には説明しているのかもしれない。淀みないその口調は、話し慣れている感がある。勿論、客商売をしているのだから話し上手でなくてはならないだろうが。
「―――そんな感じでね。本当は子供が仮装するんだけど、どうせなら大人も楽しんじゃおうってのが、最近の風潮みたい」
「へー」
「だからね。『トリック・オア・トリート。お菓子くれないと、悪戯しちゃうよ?』」
出迎えた時と同じような満面の笑みで、が再度同じような言葉を繰り返す。
違うのは、菓子を出さない場合の代償と、そして銀時が今はその言葉の意味を知っているという点だ。
TRICK or TREAT。菓子を差し出さなければ悪戯を仕掛けられるということだが―――
「で、具体的にはどんな悪戯されんの?」
「え?」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。困ったように首を傾げる仕草が可愛らしい。
ようやく平静を取り戻した銀時は、そんなの姿を機嫌よく見つめる。
衝撃を受けた出で立ちも、見慣れてしまえば可愛いばかりだ。この衣装の製作者の意図はわからないような、それでもわかってしまうような、そんな気分ではあるが、言いたいことは一つ。「ありがとう!」と声を大にして叫びたい気分だ。
それはともかく、が考える「悪戯」は一体どんなものだろうか。まさか一杯飲んだら店から追い出されるなどということはないだろうが―――しかし出迎えの言葉が「お菓子くれないと、入れてあげないよ?」だったから、絶対に無いとも言い切れない。
どのみち菓子など持っていないのだから、悪戯されるのだろうが、からならば大概のことは受け入れられそうだ。
他愛もない事をやけに真剣に考えているを微笑ましく思いながら、カウンター内から差し出された酒を受け取る。と。
「じゃあね! 擽っちゃう! こちょこちょ、って!」
さも名案とばかりに明るく言い放ったの顔には、満面の笑み。おまけに両手は擽るような仕草をしてみせて。
瞬間、銀時は思わずカウンターに突っ伏した。受け取ったばかりのグラスはそれでも死守したが。
「……ママ。この可愛いイキモノ、お持ち帰りしていい?」
「いいわけないでしょ」
「銀ちゃん?」
擽りが「悪戯」とは、子供っぽい発想だとは思う。ついでに仕草も子供っぽい。とても、このかぶき町で水商売をしている女とは思えない。
だが、そこがいい。
どう見ても本気で名案だと思っていたらしいが、可愛くて仕方が無い。
不思議そうに呼びかけてくるに、手を振って大丈夫だという意思を伝えながら、銀時は思う。
ハロウィン文化など、根付いてしまえばいい。
<終>
遅れまして、申し訳ない。
おまけに内容も無くて、更に申し訳なく……なので、こっそりアップです。
('09.11.01 up)
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