赦しを乞おうなどとは、思わない。
 
 
 
 
magnet (side S)



 
腕の中で震える身体。
少し痩せただろうかと思う。
零れ落ちる涙を拭ってやると、安堵するように身を擦り寄せてきた。
最後に笑顔を見たのはいつだったか。もはや記憶の底に沈み、思い出す事も叶わない。
進むことも戻ることもできず、この恋に身を絡めとられ身動きのとれなくなった女。その哀れさがいっそ愛おしかった。
そんな自分は愚者なのだろう。だが、をこの腕に抱けるのであれば、何に成り下がろうとも構いはしなかった。がこの恋に溺れているのならば、自分は彼女そのものに溺れている。
 
「私、間違ってなんかない、よね…?」
 
震える声はか細く、それでも聞き逃すことはない。その口唇が紡ぐ言の葉を、一言一句たりとも取り零すつもりはなかった。
甘い口唇が哀しげな色で紡ぐ言葉は、まるで縋るものを探すようにも聞こえる。何が、とは言わなかったが、それでも何を指しているのかは知っている。そして、彼女が肯定の言葉を望んでいることも。
幾度と無く繰り返される、それはまるで儀式のような問答。
 
「間違ってなんかねーよ」
 
そう。間違いなどであるはずがない。
 
「間違ってなんかねェんだよ。お前も、俺も」
 
ただただ、愛し合っただけだ。そのことに何の罪があるはずもない。間違ってなどいない。
腕の中で答えを待つだけでなく、自身にも言い聞かせるように、言葉を繰り返す。
たとえそれが、攘夷浪士と真選組、対極にある二人なのだとしても。
人目を忍んだ逢瀬。公にできるはずもない関係。
いっそ互いに何もかもを捨ててしまえば楽なのかもしれない。しかし譲れないものをそれぞれに持っているのだ。愛だ恋だとは全く別に存在する、それは魂に刻み込まれた矜持。それが、何もかもを捨てることを許さない。そして、そんな魂ごと互いを愛してしまっているのだ。
世間には赦されない恋。赦しを乞う気は毛頭ない。しかしこの関係が明るみに出れば、破滅しか待ち受けていないこともわかっている。
わかっていて尚、手離すことなどできない。たとえから笑顔が消えようとも。泣かせることしかできずとも。
それでも高杉には、と別れるという選択肢はありえない。出会わなければ良かった、などと思うこともない。出会わなかった仮定を考える事ができないほど、高杉にとってはなくてはならない存在だ。
幸せにするなどと紛い物の言葉など口に出せるはずもない。その身を抱き締め、地獄へと道連れにすることしかできない。
行く末を諦観し、刹那の恋と快楽に溺れるが、哀しい。
何もかも承知の上での関係。
それでも。
愛した女一人幸せにしてやれない自身が、どうしようもなく歯痒かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして巡りくる幾度目の夜。
胸の内とは裏腹に緩やかな夜明けを独り迎え、高杉は知る。
二人の恋に、幕が引かれたのだと。



<終>



タイトル通り、BGMは「magnet」で。
小説ってか、雰囲気小話です。
続きの展開は自分の中にあるのですが、書くかどうか悩み中。ので、雰囲気だけ書いてひとまず満足してみました。うん。昼ドラ展開好きです。


('09.07.26 up)