「それじゃ、の面倒よろしくね?」
そう気楽な調子で告げると、は昔馴染みの友人の結婚式へと出かけていってしまった。
後に残されたのは、銀時、新八、神楽のいつもの万事屋の面々と。
そして銀時との間に生まれたばかりの赤ん坊―――である。
女神たちの伝説 〜子育て奮闘記・坂田家の場合〜
の世話を頼まれた時、銀時は深く考えもせずに了承した。
大丈夫なのかと不安がるに対し、万事屋なんだから赤ん坊の世話くらい問題ないとまで言い切ってしまったのだ。
そして今。
銀時はその時の自分を呪いたい気分に陥っていた。
腕の中には、わんわんと泣きじゃくる。
おしめは変えた。ミルクは飲ませたばかり。あとは寝かせるだけという段になって、この状況。
「銀さん。そろそろ泣きやませないと、お登勢さんから苦情が来ますよ」
「それがよくね? なんかババアの方がこんなん得意そうじゃね?」
「自分の子供の世話もできないなんて、まるでダメなお父さん略してマダオネ、銀ちゃん」
「うっせェェェ!! だったらテメェらがこの理不尽な生き物を世話してみやがれ!!」
「アンタ自分でさんに任せとけって言ったんだろォがァァァ!!」
「二言のある男は日本男子の恥ネ。いいネ。私が見本を見せてやるアル」
「だァァァ!! 触るんじゃねェ! お前が思ってるより繊細なのコイツは! お前が触ったら壊れる! 壊れるからマジやめてお願い!!」
しかし神楽が銀時の言葉を大人しく聞くはずもない。
の泣き声に二人の言い争い奪い合う声が重なり、万事屋内の騒音は最大級。
これではいつ本当にお登勢が怒りに来るかわからないと新八が二人を止めようとするも、まるで効果なし。
しかしこのままでは本当にに危害が及びかねない。そうなった場合のの反応を想像し、新八は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
「さんがキレる……」
がキレて暴れたら。万事屋半壊で済めば奇跡。良くて全壊、下手をすればかぶき町全体に被害が及びかねない。
何をバカなことを、と笑い飛ばされそうだが、ならやりかねない上に、それを可能にするだけの力があるのだ。
思わず漏れた新八の呟きだったが、銀時と神楽の耳にもしっかりと届いた。
そして二人ともに新八と同じことを考え、一瞬動きが止まる。
静まりかえる室内。の泣き声だけが響く。
先に我に返ったのは神楽だった。
「定春、噛みつくヨロシ!」
泣いているを抱きかかえながら、迷うことなく定春に指示する神楽。
そして言われるままに銀時の頭をぱくりとくわえる定春。
「ちょっ、なにこの生臭いの!? 神楽テメェ!!」
もちろん銀時にしてみればたまったものではない。
のだが。
きゃっきゃっと笑っているような喜んでいるような、赤ん坊独特の声。
気付けばいつの間にやら泣き止んでいたが、両手を振りながら可笑しそうに笑っていた。
その視線の先には、定春に噛まれ頭から流血する銀時の姿。
新八や神楽にしてみれば見慣れた光景であっても、にとっては余程滑稽な様相と見えたのか。
それに気付いた神楽は、すかさず定春に命じる。
「定春! そのままネ! そのまま銀ちゃんを噛み続けるネ!!」
「ちょっ、待っ、オイィィィ!!?」
「あ。これ完全に機嫌直ってますね」
声をたてて笑うの顔には、先程までの涙の跡こそあれ、新たに溢れる雫は見当たらない。
万事屋の主人は確かに銀時だ。
しかし頂点に立つのは。そしてその意思を左右するのは。
ならばこの場合、を泣き止ませることが最優先事項になるということは、誰にでもわかる話。
故に、銀時の叫びは黙殺。
新八も神楽も、を喜ばせることに余念が無い。
かくして数時間が経過し。
帰ってきて話を聞いたの「役立たず」との言葉に銀時が落ち込んだのは、多少同情すべき余地がある話ではあった。
<終>
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