「ぎんちゃん、ねむい」
「あー、ハイハイ」

だからどうした、というツッコミは敢えてしない。
仮にしたところで、「ねむいの」といった答えになっていない言葉しか返ってこないに決まっている。
子供のような口調で眠気を訴えたの意識は、すでに半分以上夢の世界へと旅立っているようだ。
ソファにくたりと横たわるその身体を、銀時は溜息交じりに抱き上げる。
羽のように、とまでは言わないが、それでも軽い身体。夕飯も、卵かけご飯一杯といったもので、流石に銀時も「もっと食べろ」と言ったほどだ。
今日も今日とて、深夜の来訪。とは言え、こんな状態のを見てしまうと、追い返すことなどできはしない。
諦めて隣室に敷いてあった布団へと寝かせてやると、が寝返りをうつ。起こしてしまったかと心配になったが、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきたところをみると、すっかり熟睡しているらしい。
布団を掛けてやって、まるで保護者のようだと銀時は思わずにいられない。こうして面倒をみてやって、けれども見返りは大して期待していない。望んでいるのは、決して父娘のような関係ではないのだが。
相変わらず進展の無い関係を、無理に押し進めることもできなければ、切って捨てる事もできない。実に中途半端。
けれども、そのぬるま湯のような関係性に慣れてしまえば、これはこれで存外に悪くないと思えるのだから問題だ。
このままでは確実に、今の保護者的位置に甘んじてしまう。
かと言って、具体的な打開策など思いつかず、ついでに言えば、このままを寝かせた布団に潜り込む図々しさも持ち合わせてはいない。
ならば隣に布団を敷けば良いのだが、すぐ隣にが寝ていると思えば、大人しく寝ていられる心境ではない。

「……しゃーねェな」

寝心地は悪いが、精神衛生上はマシだろう。
酒の一杯でも飲んでから寝るか、と、銀時は毛布を手に部屋を出た。
それが、日付を跨いだ頃合いの話。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――…どうしてこうなった」
 
幾分か寝惚けた頭で紡いだ言葉に、答えが返ってくることはない。
決して広くはないソファの上。
快眠とは言い難い眠りを重苦しさと息苦しさに妨げられ、よもや金縛りかと目を開けたのだ。
しかし金縛りの正体は単純明快。窓から差し込む街灯の頼りない灯りの中、銀時の上に乗っているのは毛布ではない。寝息を立てているだった。
都合がいいのだか悪いのだか判断に迷う状況に、一瞬、夢なのかと銀時は思う。
だがいくら軽いとは言え、人ひとりに乗られているこの重苦しさと息苦しさは間違いなく現実だ。
しかし、を隣室に敷いてある布団へと運んだこともまた事実だ。
一体何がどうしてこうなったのか。
疑問を口にしたところで、答えが返ってくることはない。おそらく事実を知っているのであろうは、すやすやと夢の中だ。
こうなっては仕方がない。真相を知る事を諦めた銀時にできることは、を再び布団へと運ぶことだ。
とは言え、完全に銀時の上に乗りかかっているの目を覚まさせることなく身を起こすことなど不可能に近い。起こしたいわけでもなかったが、身を起こした拍子にどうやらも目を覚ましたらしい。それでもまだ半分夢の中に足を突っ込んでいるのか、眠そうに眼を擦るばかりだったが。
 
「悪ィ、起こしたか?」
「んぅ……」

別に銀時が悪いわけではなかったが、子供のように眠たげに眼を擦られ、咄嗟に謝罪の言葉が出てしまう。
だが目が覚めたのであれば好都合。ソファの上へ身を起こすついでに遠慮なくの身体も起こし、布団へと促そうとして。

「ぁだっ!!?」

後頭部への衝撃に、気付けば視界が天井で埋め尽くされていた。
つまりはソファの上へと押し倒されたのだと理解する。ついでに言うならば、そんなことをした張本人が誰なのかということも。
時と場合によっては押し倒されることは全くもって構わない、どころかむしろ大歓迎と言いたいところだが、この場合、時だの場合だのを考慮する以前に、押し倒した本人の意図が明らかにずれているのだから、歓迎も何もあったものではない。
どういうことかと再び身を起こしかければ、それを押しとどめるかのようにがいやいやと首を振り、顔を胸へと押し付けてくる。
だから時と場合によっては……と考えかけ、銀時は思考を止めた。そんな『時』も『場合』も、やって来る日が果たしてあるのだろうか。
打ちつけて痛む頭を擦りつつ、「いい子だから、布団行こう。な?」などとを宥める。これでは本当に保護者以外の何者でもない。
しかしは変わらず、顔を銀時へと押し付けたまま。起き上がる気配を見せない。
 
「おい、―――
「ぎんちゃ…が……いい、もん……」
 
いい加減にしてくれと言いかけたところで、聞こえてきたのは舌足らずのの声。
ほとんど眠りに落ちている意識でそれを口に出すのが精一杯だったのか、続いて聞こえてきたのは穏やかな寝息。
残された銀時は一人、の言葉の意味を考える。いや、考えようにも意味がわからない。だからさっさと思考を放棄することに決めた。ただ一つわかるのは、結局この状況でどうにか眠るしかないということくらいだ。眠れるかどうかは別として。
床に落ちていた毛布を手探りで拾い上げ、の上から掛けてやる。それにしても、どう考えても寝心地がいいとは思えないのに、よくも熟睡できるものだ。
呆れ半分、感心半分。
今日も今日とて、銀時は現状に対して諦めるのみ。
 
 
 
 
Love is War  -round2-
 
(だから、どうしてこうなった!?)



<続>



('11.08.24 up)