もってけ! セーラーふく
 
 
 
予鈴も鳴り終わり、生徒は全員教室へと向かう。そんな朝のいつもの光景。
そしてこれもまたいつもの光景ではあるのだが。予鈴と共に閉じられる校門を潜ること叶わなかった生徒が校舎横のフェンスをよじ登る姿もちらほら。
だが遅刻は遅刻。例外を見逃すわけにはいかない。
故に予鈴が鳴り終わって数分。朝のSHRの開始を告げる本鈴が鳴る直前まで、ぐるりと校舎周囲を見回るのは風紀委員の仕事だ。
このたった数分間。風紀委員は遅刻者を捕らえるため、遅刻者は無事に校舎内に滑り込むため。互いに如何に相手を出し抜くかの駆け引きが行われる。
ただし、いつ如何なる場合においても、例外というものは多分に存在する。
その例外たる存在は、よじ登ったフェンスの上に器用に仁王立ちして、不敵な笑みを浮かべていた。
 
「出たわね。諸悪の根源、風紀委員副委員長っ!!」
「いや……テメーが遅刻しなきゃいいだけの話だろうが」
 
例外たる存在に名指しされた風紀委員副委員長―――土方十四郎は、真剣に頭痛を覚えずにいられなかった。
こっそり校舎内に入ろうとする遅刻者は、まだ可愛げがある。
こうして面と向かって挑んでくる人間が、一体この世にどれだけいるのだろうか。しかもフェンスの上に仁王立ち。仮にも女が。
女子生徒の名前は。Z組の生徒ではないが、月に何度もこうして『ご対面』していれば、嫌でも顔と名前を覚えてしまう。
遅刻だけではない。スカートの丈も校則規定より短く、これもまた風紀委員としては直させたい点だ。しかしその点を一度指摘してやったら、「絶対領域のロマンがわからないなんて、それでも男か副委員長っ!?」と呆れられてしまった。おまけにそれには身内であるはずの他の風紀委員まで同意するものだから、何となく悔しくてそれ以来土方はスカート丈については指摘するのを止めた。
フェンスの上で、その短い丈のスカートが風に煽られるものだから、まともにに顔を向ける事ができない。果たしては自覚しているのか。土方としては「自覚しているが気にしていない」に一票入れたい。
他の風紀委員たちも、不自然に顔を逸らしている。流石は風紀委員、女子生徒のスカートの中を見ようとする不埒な輩はいないらしい。仮にそんなことをしようものなら、後で土方から鉄拳制裁が下されることをわかっているからなのかもしれない。
それはさておき、遅刻者は厳罰処分。今日こそ現行犯で捕まえて反省文を書かせるべし。
だがその場にいた風紀委員の一体何人が、真剣に職務遂行を考えていたか。
 
「副委員長っ! こっち見てみろド根性無しガエルがっ!!」
「なんだとっ!?」
「とうっ!!」
 
安い挑発にうっかり乗せられてしまうのは、毎度毎度の反省材料。
だと言うのに、今日もまた反射的に土方は顔を上げてしまう。
その時にはもう遅い。掛け声と共にフェンスの縁を蹴り上げたが、見事な飛び蹴りを見舞う直前。臆面もなくスカートを翻して飛び込んでくるについて思えることは、毎度変わらぬ後悔と、今日はピンクか、などという風紀委員らしくはなくとも健全な男子高校生らしくはある思考。次の瞬間には、鈍い音と共に側頭部へ衝撃が襲う。
どさり、と倒れこむ音と重なり、ストン、と軽やかな着地音。続く喝采。
 
「いぇいっ!」
「これで10戦10勝の無敗ですぜィ」
「マジで? やるね、私!」
 
沖田の言葉に機嫌よく答えると、は校舎内へと駆けていく。それを止めようとする人間は、この場には存在しない。
フェンスの上から飛び蹴りを食らわせてくるような女に勝てる自信は、誰にも無い。顔面から受けて立つ馬鹿、もとい度胸ある人物は土方くらいだろう。沖田に限っては、単に仕事不熱心なのと面白さから放っているだけなのだが。
ようやく土方が立ち上がったところで、最早は校舎内。追いつくはずもない。
これもまた、いつもの朝の光景。
さて一日が始まるとばかりに、風紀委員たちもまたそれぞれの教室へと戻りかけ―――しかしいつもと同じだったのはここまでだった。
 
「むきゃあぁぁっ!!!」
 
甲高い悲鳴に、風紀委員たちは顔を見合わせる。
校舎内から聞こえてきたその悲鳴は、聞き覚えのある声。のもののように思えたからだ。
あのが悲鳴をあげるとは、一体何事が起きたのか。フェンスの上で高笑いする彼女しか知らない風紀委員たちにとってそれは、青天の霹靂。心配よりも驚きと好奇心が先に立ち、悲鳴がした方へと駆け出す。
果たして、現場へと辿り着いてみれば、が銀八に腕を引かれて立ち上がっているところだった。
何が起こったのかはわからないが、大方、全速力で駆けていたが転ぶなり何なりしたというところだろう。
パタパタとスカートの裾を払いながらぼそぼそと礼を述べるに、その頭をポンと叩いて銀八が笑う。
 
「ま、明日からは遅刻しないように早起きすることだな。それとそのスカート、絶対領域は先生も好きだけどな、そういうのは彼氏の前だけにしとけ。他の男に見せるのは勿体ねーよ、その脚は」
 
早く教室行けよ、と締めて、銀八はぺたぺたとスリッパの音を響かせて教室へと向かう。
残されたは、呆然とその後姿を見送るばかり。風紀委員がすぐ後ろにいることにも気付いていない様子だった。
 
 
 
 
 
 
ようやくを捕まえることに成功した土方は、反省文を書かせることはできたのだが、その内容は「二度と遅刻はしません。坂田先生の名前に賭けて」などというフザけたものだった。
しかし当の本人は大真面目だったらしい。その日以来、は遅刻する事もなくなったし、スカート丈も校則通りになっている。
ともあれ、これで風紀の乱れが少しは直ったと安堵した土方だったが。何故か他の風紀委員には不評のようで。
 
「朝の楽しみが減ったよなぁ」
「土方さんが蹴り倒される様がおかしくて仕方なかったんだけどねィ」
 
好き勝手言う奴らは無視。だが近藤までもが「なんかさんがいないと調子狂わないか? なァ、トシ?」とまで言い出す始末。
土方にしてみれば、これで平穏になったと大歓迎したい事態であるというのに。
だが平穏なのは束の間に過ぎなかった。それはあっと言う間に破られることとなる。
 
「風紀委員副委員長っ! いるんでしょ! 隠れても無駄だから出てきなさいっ!!」
「……そもそも隠れてねェだろ」
 
休み時間。Z組の教室の扉をガラリと開けて現れたのは、件の
遅刻は無くなったし、スカート丈も普通になったが、その性格はまるで変わっていないようだ。当たり前と言えば当たり前だが。
土方のことを肩書きで呼ぶのも相変わらずのようだ。呼びにくいだろうに、は頑なに肩書きで呼びつける。もしかしたら土方の名前を知らないのかもしれないし、知ろうともしていないのかもしれない。どちらにせよ、どうでもいいことだ。
仕方無いとばかりに立ち上がれば、周囲が囃し立てる。が、期待されているような色気のある呼び出しでないことだけは確かだ。それこそ、初恋の娘の名前に賭けたっていい。
土方の勘が正しければ、の思い人は―――
 
「坂田先生の好みのタイプって、どんな女の子?」
 
勘と言うほどのものでもなかったのだが、あまりにも予想通りのオチに土方は笑い出したい気分だった。
ただ一つ予想外なのは、との距離の近さだ。連れてこられた先は人気の無い校舎裏だったが、何も知らない人間に見つかったら完全に勘違いされるような距離まで接近されている。勿論、は何も気にしていないに違いないのだが。
顔をズイっと寄せて尋ねてくるのその表情は、酷く真剣だ。それだけ本気なのだろう。
正直なところ、土方にはその心境がまるでわからない。よりによって相手が銀八とは。あのダメ教師のどこを好きになったと言うのか。
気にはなったものの、問い質したところでまともな答えなど返ってこないだろう。
 
「どうしてそれを俺に聞くんだよ」
「風紀委員副委員長だったら担任の好みくらい把握してるでしょ?」
「どんな理屈だそれは!!?」
 
無茶苦茶なことをさも当然のように断言するは、理不尽そのもの。何を言っても無駄なのだろう。
「ねぇ?」と更ににじり寄ってくるを押し返しつつ、どうすべきかと土方は迷う。
銀八の好みは、知らないでもない。別にそれは風紀委員副委員長だから、などということは決してなく、Z組の生徒には周知の事実だからである。
教えたところで何が減る訳でもなし。むしろ教えない方が危害を加えられそうだ。
 
「大人しくて可愛くて清楚で純情で天然なところのある年下だよ」
「え!? それってまさしく私のこと!?」
「どこがだ、どこが!!?」
 
嬉々とするに、土方は思わずツッコんでしまう。
のこの性格で「大人しくて可愛くて清楚で純情で天然」ならば、世の中そんな人間ばかりだ。
むしろ真逆だろう。清々しいまでに真逆だ。唯一当てはまるのは「年下」という条件のみ。
それでも本人は自分が「大人しくて可愛くて清楚で純情で天然」だと信じているのだから、幸せなことだ。そして不幸なのはこの世の男だ。
しかし、だ。仮に、万が一にでもがこの条件に当てはまっていたとしても。全ては無駄になるのだ。
 
「大体あのヤローにはもう、かの」
「ありがとね副委員長ー!」
「って人の話を聞きやがれ!!」
 
最早用済みとばかりに走り去っていくに、アレは絶対にB型だとどうでもいい事を土方は思う。
他人の話をまったく聞こうとしない。都合のいいところだけ聞いて都合のいいように解釈して、それで全てが解決するとでも思っているのだろうか。
の思いがどれほど本気なのかはわからないが、それでもその思いが叶うことはないだろう。
だがそれは誰のせいでもない。それに人の話を最後まで聞かなかったのはの方だ。土方に責められる謂れはないだろう。
それでも、気にせずにはいられない。がこれからどんなことになるのか。
我ながら人が好すぎるのではないか。そう思いながらも、土方はが走り去っていった後をしばらくの間見続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今日もまた、平穏な朝。
が遅刻しないようになってからは、朝の見回りも随分と楽になったものだ。
数人の生徒を捕まえて他の風紀委員に引渡し、今日はそろそろ引き上げるかと思ったその時。
 
「副委員長!」
「どうした、山崎」
「イヤ、あの……いいからこっち来てくださいよ!」
 
息せき切ってやってきた山崎に連れられて向かった先は、ここしばらくは縁の無かった場所。そして。
 
「出たわね! 諸悪の根源、風紀委員副委員長土方十四郎っ!!」
「…………」
 
ここしばらくは、少なくとも朝は縁の無かった相手が、以前と同じくフェンスの上で仁王立ちしていた。しかも今度は、肩書きから名前までフルで名指し。どうやら名前を知られていない訳ではなかったらしい。
他人を指差し高らかに笑うその姿に、土方は久々に頭痛を覚える。せっかくの平穏な朝がこれでパァだ。
スカート丈も以前通りに短くなっていて、拘りの絶対領域とやらを晒している。
とりあえず、何があったかは大体把握した。
 
「フラれたんだろ」
「…………」
 
短く、ただ一言。問いかけというよりも断定に近い土方の物言いに、珍しくもが沈黙する。どうやら図星らしい。予想通りだ。
土方を指差したまま硬直するの姿は、滑稽と言えば滑稽だ。しかし土方は笑う気にはなれなかった。
一応、フラれた女だ。しかも図星を指されて黙り込んだということは、それなりに落ち込んだ証拠だろう。それだけ、少しは本気だったのに違いない。
こういう姿を見ると、確かにも女なのだとは思う。大人しくもなければ、可愛くも清楚でも純情でも天然でもないが、それでも女だ。
だが自身は、落ち込んだ姿など他人に見せたくないのだろう。首を横に振りながら鼻で笑ってみせる。
 
「イヤイヤ。よく考えたらね。なんでこの私が、男の好みに合わせて自分変えなきゃなんないの? 普通は逆でしょ、逆」
「目ェ赤いぞ」
 
瞬間、避ける間もなく鞄を顔面に投げつけられた。新手の攻撃方法だ。
別に本当に目が赤く見えたわけではない。カマをかけただけだったのだが、これもまた図星だったようだ。
失恋で泣いたのか。このが。
だが一瞬でも同情した自身を土方は呪わずにいられなかった。人が好すぎるにも程がある。
次の瞬間には、正確無比な飛び蹴りに見舞われた。少しは手加減しろと言いたくなるほどに、今日も今日とて微塵の容赦も無い。
 
「おおっと! さん、見事にコンボ決めたァァァ!! 副委員長、立てるか!? 立てない、これは立てないィィィ!!!」
「腕は鈍ってねェようだねィ。この場合、腕ってよりも脚だけどねィ」
「当ったり前じゃん!」
 
高らかに笑いながら、とどめと言わんばかりに再び蹴りつけてくる。
鬼か悪魔か、単なる八つ当たりか。いずれにしたところで、何故自分ばかりが目の敵にされなければならないのか。
軽やかに駆けていく足音。それを追う者は誰一人としていない。
また以前と同じ日常が始まるのか。
こんなことならば、その辺の適当な相手に惚れてまた大人しくなってくれないものか。
うんざりしながら、それでも今の土方にできるのは胸中で毒吐くことだけであった。
 
 
 
<終>
 


タイトル考えるのが面倒くさかったことが、ありありとわかりますね(笑)
BGMはそのまま「もってけ!セーラーふく」で。歌詞の内容と話の中身はあまり関係ありませんのであしからず。
色気も何もない話でスミマセン。
当初はもうちょっとこう、色々考えてたのですが、書きあがってみれば見事に何もありませんでした……
とりあえず副委員長は、飛び蹴りを避けることを考えるべきではないかと(笑)
 
('08.07.15 up)