もってけ!セーラーふく −いー加減にしなさい!−



卒業式が終わってしまえば学校に用などない。
かと言えば必ずしもそうではなく、大学受験の合否、卒業後の進路など学校側に伝えるべきことはそれなりにあったりする。
卒業したのに高校にやってくると言うのは何やら不思議な感覚で、卒業の事実に実感が持てなかったりだとか、かと思えばチャイムの音に慌てる必要がない己に気付いて、既に居場所はここには無いのだと寂寥感を感じたりだとか、複雑に絡み合った感情が胸中を去来する。
しかしそんな感情を凌駕するものを抱えて、土方は立ち尽くしていた。
事の始まりは一ヶ月前。世の中が浮き足立つバレンタインデー。
何の因果か、からバレンタインチョコを投げつけられたのだ。文字通り。
それが自分のためのチョコでないことは重々承知だ。チョコは彼女の片想いの相手のために作られたもの。そして当の相手に受け取ってもらえなかったもの。
八つ当たり気味に投げつけられたチョコには、受け取るべき人間がいない。しかしそれではあまりにも可哀想だと、そのまま受け取ってしまったのが運の尽き。
こうして一ヶ月間も頭を悩ませる羽目になってしまったのだ。
成り行きで受け取ったような形になったバレンタインチョコ。これでもホワイトデーに何か返すべきなのかと悩んだのが最初の二週間。義理でも何か返すべきかと決めたものの、何を買うべきかで更に二週間悩む羽目になった。
売り場に行けば、時節柄、ホワイトデー用の菓子は山ほど置いてある。その中から適当に選べばいいだけなのだろうが、しかし成り行きとは言え、受け取ったのは手作りチョコ。生半可なものではが納得しないだろう。欲しくて貰ったわけではないが、それでもは理不尽に怒る。そんな確信が土方にはあった。
結局購入したのは、デパートの特設売り場で一番高かったクッキーの詰め合わせ。箱は小さいのに値段は馬鹿げていた。何かしらのブランド名が付いていたが、興味のない土方には聞き慣れないものだった。
ともあれ、これならは満足するだろう。実際、チョコは美味しかった。投げつけられた衝撃で無惨な状態になってはいたが、それでも味が変わることはない。
しかし、持ってきたはいいが、が必ずしも今日学校にやってくるとは限らない。家を知らないのだから持っていくこともできず、あてもなく街を歩いたところで出会える確率は一体如何程だと言うのか。
ともすれば渡せない可能性も十分にあったのだが、むしろその方が土方にはありがたかった。用意はしてみたものの、しかしどんな顔をして渡せば良いのかまるでわからない。会えなければその方が楽だ。少なくとも努力はしたと胸を張れる。
だが現実とは、ままならないものである。しかも土方にとって、対に関する限り、思い通りに事が運んだことなどないように思う。
よりによって今日学校に来なくても良いではないか。
手にしたものを渡すべき相手に対し、そんな矛盾した思いを抱かずにはいられない。
廊下を歩くその先には、すっかり見慣れてしまった姿があった。
卒業しても、拘りの絶対領域は健在。丈の短いスカートにニーハイソックス。誰に見せたいのか、はたまた気分の問題なのか。いずれにせよ、それは非日常においてはやけに日常的な光景だった。

「あ、風紀委員副委員長!」

卒業したのだから、勿論その肩書きはとうに他の生徒に譲り渡している。
しかしそんな事はには関係ないらしい。おそらく彼女にとって土方は学校を卒業しようとも何年経とうとも、きっと死ぬまで「風紀委員副委員長」なのだろう。
どうでも良いことを考えている間に、がパタパタと駆け寄ってくる。「本命校合格したんだ!」と、やけに機嫌が良いと思ったら、それが要因らしい。にこにこと、いつにない笑顔を向けられ、こんな表情を見たことが今まであったかと記憶を辿ってみても、ついぞ見つからない。

「副委員長も合格報告に来たの?」
「あ、ああ……」

合格したの?それは良かったね、おめでとう。と言われれば頷く以外に反応の返しようがない。
の笑顔やら存外普通の受け答えに対する驚愕と、ホワイトデーの菓子をどのタイミングで渡せばいいのかという思考とで頭が混乱し、どうすれば良いのかわからないのだ。
この様子では、ホワイトデーのことなど忘れ去っているのではないか、それともそんな風を装っておいて、何もなかったら後から散々に詰るつもりなのか。
とて土方の連絡先など知るはずもないのだから、そんな事は杞憂に過ぎない。しかし混乱している身には、それは如何にも起こり得そうな事のように思えたのだ。
だが、いつまでもぐだぐだと悩んだところで何が解決するわけでもない。男は度胸とばかりに、土方は手にした包みをへと突き出した。

「? 何これ」
「っ、ほ、ホワイトデーだ、ホワイトデー!!」

半ば強引に押しつけてやれば、きょとんと目を瞬かせたままが包みを手に受け取る。
できればその間に逃げ出してしまいたかったのだが、それを判断するよりもが我に返る方が早かった。

「ホワイトデーって……私、何か副委員長にあげた?」
「……いいから貰ってろ!!」

とにかく後悔の念を抱かずにはいられなかった。
やはりやめておけば良かったと、思わずにはいられなかった。
どうやらには、土方にチョコを渡したという認識がまるで無かったらしい。確かに投げつけられただけで、渡されたものではない。貰ったと言うには何かが違う。
ならば最初から悩みもせず、チョコの存在など無視してしまえば良かったのだ。
しかし後悔先に立たずとは、まさにこの事だ。に渡してしまったものを今更「やっぱり無し」と戻すことなどできるはずもない。
居た堪れないと、背を向けてその場を去ろうとしたその時だった。

「がはっ!?」

不意にその背中に突如衝撃を受け、よろめく。
一体何事かと訝しむよりも先に聞こえてきたのは、すっかり耳に馴染んでしまった声だった。

「ふっ、副委員長のスケコマシっ! 変態! 色気違い!!」

頭上から降ってきた声に、どうやらに蹴りを入れられたらしいと知れる。この場に他に誰もいない以上、何か仕掛けてくるとすればそれは以外の誰でもないのだから、当然と言えば当然の結論だ。
それにしても、と土方は思う。
そこまで言われる筋合はないではないか。
成り行きで手にしたチョコの礼でしかなく、それ以上の意味もそれ以下の意味もない。勿論、蹴られる筋合もない。
だが反論しようと身を起こした時には、はパタパタと走り去ってしまっていて、その背中は遠く小さくなっていた。これでは反論したところで何の意味もない。
最後の最後までこれなのかと、知らず溜息を吐いてしまう。
それでも、これで全て終わりだと安堵する土方は気付いていなかった。

無理やり押し付けたホワイトデーのプレゼントを、がしっかり手にしていたことに。
そして、その顔が真っ赤に染まっていたことに。



<終>



気付いたら卒業してしまいました。この二人。
……どうしましょう?(聞くな)

('10.03.15 up)