もってけ! セーラーふく −所謂ふつーの女の子−



いつになったら飽きるのか。
日常茶飯事と化したそれに辟易しながらも、それでも風紀委員としての務めだと無理矢理自身を奮い立たせて土方はその場に今日も立っていた。
正面では、毎度毎度変わらない光景。フェンスの上でが仁王立ちになって高笑いをしている。
これと対面するのが日常となりつつある自分の人生に疑問を持ちたくなる。
 
「出たわね、風紀委員副委員長! 今日こそ年貢の納め時よっ!!」
「それはこっちの台詞だろうが、普通……」
 
は、取り締まられる遅刻者。土方は、取り締まる風紀委員。
いつもの事ながら、の感性は独特だ。と言うよりも、自己中心的だ。遅刻をしておきながら、何故ここまで胸を張れるのか。考えても仕方が無いので、土方は気にしない事にした。気にしたら負けだ、きっと。事、に関しては。
ともあれ今日もは朝からテンション高くフェンスの上に立っている。銀八に失恋してからと言うもの、そのテンションは加速度的に上がっているような気さえする。頼むからこれ以上テンション高くするなと言ってやりたい。が、言ったところでは聞きやしないに決まっている。
こうなれば最早、がこの学校にいること、遅刻常習犯であること、そして自身が風紀委員であること、全てが絡み合った不運を嘆く他ない。
嘆いたところで現実が変わるわけでもない。今日も今日とて、は土方を指差して笑っている。無意味に自信たっぷりな表情で。
相変わらずの態度。相変わらずの絶対領域。そして相変わらずの飛び蹴りが待っているのだろう。
と思いきや。
 
「行くぜっ! キャット空中三回転っ!!」
「てめェはどこの戦隊ヒーローだっ!?」
「とってんぱーのにゃんぱらりぃっ!!」
「ってマジでやってんじゃねェェェ!!!」
 
今日は違ったらしい。流石に飛び蹴りにも飽きたのか、などと悠長なことを考えている暇は土方には無かった。
フェンスの縁を勢いよく蹴り上げて飛んだかと思えば、空中で前方宙返りを試みている。三回転と言いながらも一回転しかできていないが、そんな事が問題なのではない。
が空中でバランスを崩すよりも早く身体が動いたのは、何となくこうなることを予測していたからなのかもしれない。
いつもであれば目指す目標、というよりも土方目掛けて狂い無く飛び掛ってくるが、今日は宙返りなどという馬鹿げた要素を取り入れたせいか、明後日の方向に落ちようとしていた。
しかし。だからと言って、バランスを崩し落ちてくるを上手く抱き止められるはずもない。そんな御都合主義な展開は、今時漫画の中でだってありえない。
故に。
 
「うひゃぁあっ!?」
「ぐぁ…っ!!」
 
どこか間の抜けた悲鳴をあげて落ちてきたの身体を全身で以って受け止める羽目になった――受け止め損ねただけとも言う――土方は、落ちてきたのその勢いのまま地面に倒れこみ、ついでに頭も打ちつけ。
 
「……え? 副委員長? え、あれ? ちょっ、副委員長っ!?」
 
暗転する意識の中、初めて耳にするの焦った口調だけが、やけに大きく響いて残った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
不意に目を開けた土方は、目の前に広がる白を疑問に思った。
目の前は白。周囲も白。その中でただ一つ色のついたものと言えば。
 
「あ、気がついた? 大丈夫、副委員長? 生きてる?」
 
パイプ椅子に腰を下ろし、手にしている分厚い本をぱたんと閉じる、の姿だった。
何の本かとちらりと表紙を盗み見てみれば、タイトルらしきものは『サイエンス オブ 格闘技』。ツッコむのも億劫になって、とりあえず土方は見なかったことにした。
周囲にひかれた白いカーテン。そしてベッドに横になっているこの状況。落ち着いてみればここがどこかは明白。保健室である。
ついでに、保健室に運び込まれた原因を思い出す。同時に頭痛を感じたが、これは打ち付けたせいというよりもむしろ、あまりの馬鹿馬鹿しさに対する精神的なものだろう。
実際、馬鹿馬鹿しくてならない。フェンスの上から飛んで宙返りを試みた女の下敷きになって気絶した、などとは。
しかし身体を動かそうとすると、途端に頭がズキリと痛む。こちらは流石に精神的なものではないだろう。痛みに顔を顰めたのがわかったのか、が心配そうな目を向けた。
 
「大丈夫? 頭打ってるんだから、動かない方がいいって」
「……誰のせいだと思ってやがる」
「え? 自業自得でしょ」
「どうしてそうなるんだ!!?」
 
ぬけぬけと言い放つに思わずツッコめば、更に頭痛が激しさを増した。これは肉体的精神的両方によるものに違いない。
悔しいが、身体を動かさない方がいいというのは正しいようだ。自業自得でない事は間違いないが。
ベッドに横になったまま、しかしやる事がない。それはも同様。それにしても何故までもがこの場にいるのだろうか。
カーテンで仕切られた狭い空間に二人きり。慣れない状況に沈黙がどうにも居心地悪く、土方はその点を尋ねてみることにした。どうせまともな回答が返ってくることはないだろうと、そう踏んで。
 
「風紀委員の人たちに頼まれたの。保健室の先生留守にしてるし、頭打ってるんだから、気がついて起き上がろうとしたら殺してでも止めてくれって。そんなことができるのは私だけだって」
「オイ」
「あと、さっきまで副委員長のクラスの女の子が心配してお見舞いに来てたよ。坂田先生に引っ張っていかれちゃったけど」
「…………」
「あの子が坂田先生の彼女なんだね。で、副委員長の好きな子」
「ぶっ!!?」
 
不意打ちで図星を突かれて、思わず土方は噴出した。「汚いなぁ」などとは顔を顰めているが、それに構っていられる心境ではない。
実際に彼女が来ていたのかどうかは、見ていないからわからない。が、銀八の恋人が土方の片思いの相手、というのは確かにその通りだ。
何故それがわかったのか。
信じられないものを見るような気持ちでを見れば、疑問が伝わったのか、は何でもないことのように説明しだした。
 
「普通、生徒一人を迎えに来るのに先生が足を運ぶなんてないでしょ? それに坂田先生ってば、当然のようにその子の肩抱いてるし、その子も嫌がってないし。って言うか空気違ったもん、空気が。それから副委員長、この前坂田先生の好みのタイプ聞いたときに、『大人しくて可愛くて清楚で純情で天然』って言ったでしょ? もしあの子のことを表現したんだとして、でもただのクラスメイト相手にそんな表現は普通使わないから、じゃあ副委員長ってばこの子のこと好きなんだろうなって思っただけ」
「…………」
 
ぐぅの音も出ない。女の洞察力というのは、なかなかどうして鋭いものだ。
Z組の生徒の中に、他人を心配して見舞いに来るような人間などたかが知れている。そしてその中で銀八が構いたがるような人間と言えば、それはもう一人しか存在しない。故に、さっきまでいたというのは確かに彼女なのだろう。
嬉しいやら複雑やら。はと言えば、推察してみせた自分は凄いだろ、と言わんばかりに自慢げな顔をしている。何やら小憎らしい。
片思い中の彼女には不本意ながら恋人がいて。目の前にいる女は、平然と飛び蹴りを食らわせてくるどころか、「動こうとしたら殺してでも止める」と言ってのけるような人間で。
まるで自分の頭上で不幸の星が燦然と輝いているような気がして、土方は何やら泣きたくなった。人生に絶望したくなる瞬間というのは、こんな時なのかもしれない。
土方が余程酷い顔をしていたのか。おかしそうにがけたけたと笑う。それが面白いわけがなく、土方はますます不機嫌になる。仮にも怪我人を笑うとは、一体どういう了見なのか。
だが笑うことにも飽きたのか。ふと、が黙り込む。そして。
 
「副委員長って、人好いよね」
「は?」
「別にさっきの、わざわざ下敷きにならなくても。放っておけば私が痛い目見るだけだったんだし」
 
急に真顔になったかと思えば、そんなことを言い出す。
まさかの口からそんな殊勝なことが出てくるとは。まさに青天の霹靂。どうやらも一応は悪いと思っているようだ。それとも、気絶された事で、ようやく自分の所業を反省したのか。
何にせよいい傾向だとは思う。これで今後大人しくなってくれれば、痛い目にあった甲斐があるというもの。と言うよりも、これで今後も変わりない方が困る。何のために気絶までさせられたと言うのか。
そんなことを考える土方を他所に、の話はまだ続くらしい。いつになく神妙な面持ちのまま、は口を開く。
 
「この前も。副委員長のこと指名したら、本当に来てくれたし」
「は? この前?」
「ほら……失恋、した時」
 
その時のことなら覚えている。何せ鞄まで投げつけられたのだ。
恋をして大人しくなっていたが、失恋した途端に遅刻魔へと戻り、ミニスカ絶対領域も復活。暴力性はレベルアップしていたのだから頭を抱えたくなる。
兎にも角にも、散々な記憶しかない。溜息しか出ない。それだけだ。
 
「って言うか指名って何だよ」
「え? だからあの時、副委員長呼べって風紀委員の人に言ったら、本当に来てくれたから……」
「知らねーよ。あれはお前、山崎がとにかく来いとだけ言うから行っただけで」
「…………」
 
途端、分厚い本を顔面に叩きつけられた。
避ける間もなかった。どのみち、横になった状態で避けられたとも思えないが。
バシバシと遠慮なく二度三度と本を叩きつけてくるに、これはもう女の所業じゃないと土方は思わずにいられない。どこの世界の女が、頭を打ちつけて寝ている怪我人の顔面に本を叩きつけてくると言うのか。しかも本のタイトルが『サイエンス オブ 格闘技』。この調子ではきっとその内、遅刻しては新たな技を繰り出そうとしてくることだろう。今日のキャット空中三回転で懲りたとはとても思えない。
 
「あれちょっと嬉しかったのに! 最悪! もう最悪!! 私がバカだった! やっぱり風紀委員副委員長なんて敵だわ敵!! この人類最後の敵野郎!!」
 
最悪なのはこっちだ、と土方は胸中で思う。
誰が敵だ。誰が人類最後の敵だと言うのだ。それを言うならこそ、男にとって最大にして最悪の敵だろう。
土方が抵抗できないのをいいことに、心行くまで本で叩きつけると、気が済んだのかが椅子から立ち上がる。どうやら土方の傍にいるつもりはもう無いらしい。それは土方にとってもありがたい事だ。
「副委員長なんか、桃色モモンガに呪い殺されればいいんだ!!」などという意味不明な捨て台詞を残して去っていったは、ついでに頭痛の種も残していった。
本による顔面強打もそうだ。謎の捨て台詞もそうだ。けれども、「嬉しかった」とは一体、どういうことなのか。どうせのことだ、大した意味などないのかもしれない。けれどもそのたった一言が、土方を悩ませ頭痛の種となる。
土方なりに、想像はできる。その想像が当たっていたとして、決して悪い気はしない。のだが。
 
「あの性格で全て台無しじゃねーか……」
 
悪い気はしないのだが、かと言って嬉しいかと聞かれたならばそれもまた微妙なところだ。
せめてもう少し大人しくなってくれればと思うものの、当分無理だろう。二、三日の内には、フェンスの上で高笑いをしながら、新たな技を土方に向けようとしてくるに違いない。しかも更にレベルアップしそうな予感さえする。
何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。燦然と輝く不幸の星が流れ星となって落ちてきて後頭部に突き刺さっているのではないかと、そんな馬鹿馬鹿しいことすら真剣に考えてしまう。
諦める以外、道は無いのか。
理不尽だとは思うものの、それでも今の土方にできるのは、深々と溜息を吐くことだけであった。



<終>



ところで銀八先生の彼女は誰でもいいのですが、個人的には「高校教師しりーず」のヒロインだと思ってます。
で、先生やら副委員長やら、それぞれの思惑が交錯してればいい。
と言うのは私の勝手な妄想ですので、あまり気にしないでください。
自分で書いててアレですが、「桃色モモンガ」って何でしょうね……

('08.08.03 up)