もってけ! セーラーふく −なやみん坊−



「どうやったら先生に幻滅できますか?」
「ハイ?」
 
あまりにも突飛な質問に、銀八は咥えていた煙草を思わず落としそうになった。
質問の主は、見覚えのある少女―――つい先日、銀八に対して告白をしてきた女子生徒だ。
どうやら、先程の授業で提出を命じたプリントをクラス分集めて持ってきたらしい。「ここでいいですか?」と抱えていたプリントの束を机の上に置くと、真っ直ぐに銀八の目を見てくる。
澄んだ両の瞳に見つめられて、若いねぇ、などと銀八はこの場にはとりたてて関係のない事を思う。こういう目は若いからこそ持てる目だ、と。そして若いからこそ、教師に告白するなどという事もやってのけたのだろう。
だがそれは終わった話だ。恋人がいる身としては、好意を寄せられること自体は嬉しいが、告白を受け入れるわけにはいかない。何より、恋人以外は眼中に無いのだから。
彼女の告白は丁重に断ったし、彼女も大人しく引き下がった。その場では。
ならば今の質問の意図は一体何なのかと、銀八は問い質したくなる。
その疑問が伝わったのか。目の前の女子生徒は、不意に気まずそうに視線を逸らした。
 
「あの、副委員長に言われたんです。いつまでも未練タラタラだって。ムカついたけど、でもそれって本当のことだなって思って。確かにいつまでも引き摺ってるのは私らしくないし、潔く諦めるために、じゃあ先生に幻滅してみようと思って」
「…………」
 
バカ正直と言えばバカ正直なのかもしれない。
何もそこまで懇切丁寧に理由を説明してもらわなくても良かったのだが。
つまり、今もなお好意を持たれているということか。銀八としては悪い気はしないのだが、だからと言ってその気持ちに応えることはできないし、目の前の女子生徒もそれはわかっているのだろう。
だから諦めたいと。そして諦めるために幻滅したい、と。
それはそれで極端な結論を導き出したものだと思う。しかも振った張本人に対して「どうしたら幻滅できますか?」などと聞くとは。
男と女の間には深くて暗い溝があって相互理解はできないと言うが、彼女の場合、男女の差異云々を除いたところでその思考回路を解明することなどできないだろう。
バカ正直なのか、余程複雑怪奇な思考回路の持ち主なのか。
どちらにせよ、彼女の問いに対する答えなど、銀八はそうそう持ち合わせてはいない。
 
「俺の彼女、誰かわかってんだろ?」
「この間、保健室に来てた女の子ですよね。副委員長も言ってたし」
「だったらそれで幻滅するもんじゃねーの? 生徒に手を出してる教師って」
「私も生徒なんですけど」
 
それもそうだと、思わず銀八は納得してしまう。
仮に何かの間違いが起こって目の前の少女の告白を受け入れていた場合。相手はやはり女子生徒。今の恋人との関係と何ら変わることはなく、ならば教師と生徒の恋愛関係に不道徳だ何だと幻滅する理由はない、ということか。
しかし幻滅されるための理由など、何故自分で考えなければならないのか。第一、普通であればお世辞にもいいとは言えないこの性格にとっくに幻滅されているはずだと、モテない自覚のある銀八は思わずにいられない。
故に、出せる答えは残り一つ。
  
「視点変えたらどうだよ。幻滅するんじゃなくて、新しい恋でもすればいいんじゃねーの?」
「無理ですよ。先生よりカッコイイ人なんて見当たりません」
「……そりゃどーも」
 
提示できた最後の答えも、間髪入れずに否定されてしまった。
本当に諦める気があるのかと、問い詰めたい気分だ。
諦めてもらわなければ困る―――というほどでもないのだが、この先、何かの折に横槍を入れられる可能性を潰しておくに越したことは無い。
何より、下手に好意を寄せられていることを恋人に知られれば、要らぬヤキモチを焼かれそうだ。それはそれで楽しいかもしれないが。
真顔で答えを待っている彼女は、至って真剣。これはきっと周囲の友人も気苦労が絶えないだろうと、こっそり同情してしまう。
 
「何か無いですか? 幻滅する方法。早く先生のこと諦めて、副委員長のこと見返してバカにしてやりたいんです。副委員長だってあの子に未練タラタラのくせに、なんで私のことばっかり!」
「……あのさ。その『副委員長』って、誰のこと?」
 
先程から少女の会話の端々に現れる『副委員長』の肩書き。何かにつけて「副委員長が、副委員長が」と、やけに依存している。本人にその自覚があるかどうかはさておいて。
聞いてみたのは、話を逸らす目的が大半。あとは少しばかりの好奇心。依存している一方で、バカにしてやりたいとあまり穏やかではない事を口走る、その相手とは一体誰なのか。聞いたところで知った相手とは限らないが、多少なりとも興味はあった。
しかし、彼女が目を瞬かせつつも素直に口にした名前は、銀八もよく知るものだった。

「え? 副委員長は副委員長ですよ。先生のクラスの。風紀委員副委員長土方十四郎」
 
肩書きから名前まで一息に。
まるで、その肩書きから下の名前までがワンセットだと言わんばかりにさらりと口にした彼女は、その土方に対して一体どういう立ち位置にいるのだろうか。
やはり少しばかりの興味は湧いたが、あくまで少しばかり。それよりも重要なのは、如何にして彼女を引き下がらせるか。
それについては、彼女自身がヒントを提示してくれたのだから、ありがたく拝借させていただこう。
 
「じゃあソレでいいだろ。ソレに惚れとけ」
「ソレって?」
「だから、土方。悪くないんじゃね?」
 
何がいいのだか、女子生徒には人気のあるらしい土方だから、女子高生の恋のお相手にはちょうどいいだろう。
まったく接点が無いのならば難しいかもしれないが、彼女の行動基準は少なからず土方にあるようだ。それがたとえ無自覚なのだとしても、土方に依るところがあるならば、それを恋心に変えることもできるのではないか。
それに何より、まかり間違って二人がどうにかなろうものならば、自分の恋人に寄ってくる虫が一匹減ることになって丁度いい。そんな打算まで銀八は胸の内に秘めて。
笑い飛ばされたら振り出しに戻る。少しでも考え込んだならばしめたもの。
冷静に様子を窺う銀八の前で、しかし女子生徒が見せた反応はどちらでもなかった。
 
「…………わ、わわ悪いに決まってるじゃないですか!! なんで、ふ、ふふ、ふ、副委員長がっ!!!」
 
バンッ、と机の上に置いたプリントを叩きつけられたが、それは怒りよりも照れ隠しなのか。何せ彼女の顔は真っ赤になっているのだから。
ひとしきり叩くと、女子生徒は「失礼しますっ!」と逃げるように駆けていってしまった。
だが予想以上の反応に、銀八は思わず笑いたくなる。どうやら彼女の次の恋の相手は確定済みのようだ。
その恋が成就するかどうかはともかくとして。流石にそこまで銀八の思惑通りになるなどという、虫の良い御都合主義はありえないだろうか。
先のことはわからない。今この瞬間、わかることと言えば。
 
「青春だねェ」
 
一風変わった今の少女が、今後どのように立ち回るのか。それを見届けるのも、なかなか面白そうだ。
にやりと笑って、銀八はすっかり短くなった煙草を灰皿へと押し付けた。



<終>



……アレ? フラグ立った?
先生との軽いやりとり書きたかっただけなのですが、簡単にフラグ立っちゃった気が。
なんだ。先生が立ててくれたフラグは折らないのか、この娘はw

('08.09.26 up)