「バレンタインに『私をあげます(はぁと)』って言ったら、坂田先生受け取ってくれるかな?」
「全身全霊をかけて拒否すっだろ」
「じゃあ、普通にチョコレート? つまんなぁい」
「つまるつまんねーじゃねェよ。それがバレンタインだろ」
「でも」
「甘党だしな、あのヤロー」
「マジで!? ありがと風紀委員副委員長!!」
もってけ!セーラーふく −恋したっていいじゃない−
「風紀委員副委員長のアホクソヤローーーっ!!!」
「ぶべっ!!?」
出会い頭に脇腹に蹴りを入れてくる人間など、一人しかいない―――わけでもないが、それでも、短いスカートを翻して躍りかかってくるような人間は一人しか思い当たらない。
実際、それはよく見知った女子生徒であった。知り合いたくて知り合ったわけではない。むしろ、できるならば関わり合いになりたくなかった相手ではあるが。
関わりたくもないのに知り合ってしまった女子であるところのは、どうやら大層御立腹らしい。とは言え、顔を合わせれば二回に一回は腹を立てているのだから、土方にしてみればいつものことである。
そして、いきなり蹴りつけられるのも日常茶飯事だ。
しかし、いくら日常茶飯事ではあっても、慣れることはなく、痛いものは痛い。
土方が腹を押さえて呻いていると、追い打ちをかけるかのように何かしらの物が投げつけられた。物を投げつけられることもいつものことだ。
普段であれば、面白がって顔を出す生徒らも多いものだが、今は受験期間。三年生は自由登校期間であり、登校している生徒も少ない。そして今の時間、受験とは関係の無い一年生、二年生は授業中。救いの手を差し伸べるどころか、物見見物に現れる生徒もいない。
見世物にならずに済んだだけマシなのだろうが、今の土方に些細な僥倖を喜ぶ余裕などあるはずもなかった。
「っテメェ!!」
「嘘つき! チョコなら受け取ってくれるって言ったくせに!!」
嘘つき呼ばわりされる筋合はどこにも無いはずだ。
だがに理屈などありはしない。ただ感情の赴くままに動いているだけだ。
チョコというのが、バレンタインチョコを指しているのは土方にもわかる。土方自身、朝から何人の女子生徒に突撃されたかわからない。下駄箱にもチョコが押し込まれていた。すべて撥ね退けたが。ちなみに下駄箱に入っていたものはすべてゴミ箱行きにした。誰が差し出したのかわからないようなものなど、口にできるはずもない。
バレンタインデー。女が好きな男にチョコを贈り、告白をする日。となれば、がチョコを贈ろうとした相手など一人しかいない。
坂田銀八。土方のクラスの担任にして、の片思いの相手。彼女あり。ついでに大をつけても足りないほどの甘党。
バレンタインのチョコなど来るもの拒まず大歓迎だろうと思ったのだが、そうではなかったのか。
それでも土方は、銀八がチョコなら受け取ると断言した訳ではない。だが、チョコも何も受け取らないと言った訳ではないのだから、土方にも責任は―――無いとは思うのだが、にしてみれば責任を押し付ける気満々だろう。
そのあたりについては、相手がである以上、土方も諦めている。できれば諦めたくなどなかったが、世の中にはままならないこともあるのだと悟らざるをえなかったのだ。この年にして何故悟りを開かざるを得ないのかが疑問ではあるが、気にしないことに決めた。
まだじくじくと痛む腹を押さえながら視線を巡らせると、床の上にラッピングされた包みが転がっていた。どうやら投げつけられたのはこれらしい。おそらく、銀八あてのからのチョコなのだろう。
何の気なしに拾い上げたそれは、よく見ればラッピングのリボンが歪んでいた。
「オイ。まさかこれ、手作りなのか?」
「『まさか』ってどういう意味よ。私が手作りしたら悪い!?」
思わず肯定しかけ、寸でのところで土方は口を噤んだ。首を縦に振ったが最後、殴る蹴るだけでは済まないと直感したのだ。
がチョコを手作り。
悪いと言うより、気味が悪いというのが正直なところだ。一体、チョコに何を紛れ込ませているかわかったものではない。
けれども、案外と普通のチョコなのかもしれない。
凶悪凶暴な行動に気をとられて気付きにくいが、好きな相手に気に入られようとしてみたり、実は虫が嫌いだったりと、普通の女子らしいところもあるのがだ。
それを考えれば、普通のチョコである可能性も十分にある。あるのだが……
「彼女いる相手に手作りチョコ贈っても、拒否られるに決まってんだろ」
「だって! 彼女いるんだから、手作りくらいやらないと勝ち目ないじゃない!!」
の言葉はもっともだ。
普通では恋人からのチョコに敵うはずもないのだ。最低でも手作りくらいしなければ、印象にも残してもらえないだろう。
しかしあれで案外と一途なところのある銀八は、恋人以外の人間から手作りチョコを貰う気は無いのかもしれない。何せその恋人ときたら年の離れた女子高生で、何かあるとすぐに泣いてしまうような少女なのだから。そしてそんな恋人を銀八はどっぷりと甘やかしている。多少どころでなく変態的な行為も織り交ぜてはいるようだが。
ともあれ、彼女を泣かせないための行為と思えば、銀八の評価も上がる。
しかしそのとばっちりが土方に降りかかってくるのだから、何の意味も無い。
「で、どうすんだよ、これ」
手の中には、手作りチョコ。作ったのがとは言え、女子の手作りチョコとなれば、それだけでモテない男たちが殺到するだろう。別に土方自身は飛びつくつもりはないのだが。
受取拒否をされたチョコの行き場など限られているが、それでもゴミ箱へ直行させるのは何やら忍びない気はした。
思いを込めて作ったチョコなのだろう。いくらそれがの意思だとしても、捨ててしまうのは勿体無い。それに、捨ててしまうのは、懸命に作ったを否定する行為にも思えるのだ。
包みを掲げれば、が困ったように目を伏せる。
そんな仕草を見てしまうと、やはりも女なのだと思わざるをえない。
飛び蹴りしてこようとも、物を投げつけてこようとも、理不尽な暴力を振るおうとも。それでも、バレンタインチョコを受け取ってもらえなかったことにショックを受けていることに違いは無く、そんなところは世間一般の女子と何ら変わるところは無い。
悩んでいたのはどれほどだったのか。
「―――副委員長にあげるから、それ!」
もしかしたら、チョコの行く末に結論は出せなかったのかもしれない。
目を伏せたまま口早に言うや、は身を翻してその場から駆けだしていってしまった。
廊下を走るなと注意する間もない。あったとしても、そんな余裕などどこにもなかった。
その場に残されたのは土方と、の手作りチョコ。それは他の男のためにと作られたものではあったが、それでも手作りである事に違いはない。
半ば自棄気味のように押しつけられたそれは、かと言って突き返すのも憚られる。の気持ちを考えれば、今はこのチョコを目にしていたくないのかもしれない。拒絶されたことを思い出してしまうだろうから。
「毒とか入ってねェだろうな、これ」
冗談混じりに呟いてみても、どこからも何の反応もない。
土方もまさか本気で疑っているわけではない。味の保証は無いとしても、悪意は込められていないだろう。
しかし、本当に受け取ってしまっても良いものなのか。
悩んだところで、結局は受け取らざるをえないのだから、悩むだけ無駄だ。
それよりも今悩むべきは、この場合でも、3月14日に何か返さなければならないのかということだ。
返さなければならない気がする。相手がである以上、無茶な理屈を捏ねて、何かしらを要求してくるに決まっている。その様子がまざまざと目に浮かぶようで、思わず土方は溜息をついてしまった。
ホワイトデーは一ヶ月先。
それでもきっと、との関係は相変わらずなのだろうと、そんな予感を抱えて。
<終>
突貫工事のバレンタインネタでした。
土方さんで書いたの初めて?
相変わらず、フラグが立ちそうでやっぱり立たない二人です。
でも、下駄箱のチョコは捨てたくせに、この娘のチョコは捨てられないあたり、つまようじ大のフラグくらいは立ってそうな。気が。
('10.02.14 up)
|