憧れてたのは、ドラマみたいな恋。
バカにされそうだけど、だけどそれって、誰だって一度は憧れるものじゃない?
 
この恋が、ドラマみたいなのかどうなのか。
当事者の私には、よくわからないけれど。
ただ一つ言えること。
 
 
この恋はきっと、『運命』だったんだ―――
 
 
 
 
高校教師 〜Remember me〜



 
新学期。始業式。
クリーニングからおろしたての制服に身を包んで、普段よりも少しだけ楽しみな気分で登校する。
クラス分けは、春休み中に確認してあるから。
今日の楽しみは、担任の先生の発表。
校門のところで、神楽ちゃんに声をかける。
 
「おはよう、神楽ちゃん! 今年も同じクラスだね!」
「おはようアル、! これで今年も、傍についてを守れるネ!」
 
何だかよくわからないけど、神楽ちゃんは私の身を守ることに使命感を感じてるらしい。
でも、神楽ちゃんと一緒にいるのは、とても楽しいし。
きっと「守る」とかそういうのは冗談で、つまり私と神楽ちゃんは親友だって。そう思っていい……んだよね?
漫画に出てくるみたいなビン底眼鏡をかけた神楽ちゃんと並んで、新しい教室に入って荷物置いて。
見慣れない教室に、見慣れた人たちを見つけた。
 
「あ、土方くんに沖田くんだ! おはよう!!」
「何だ、またお前かよ」
ー。この人の憎まれ口なんか、気にしない方がいいですぜィ?」
「それよりお前の存在を気にすべきヨ! 、コイツから離れるネ!!」
 
去年と同じ、そんなやり取り。
教室内を見回せば、他にも、去年と同じクラスの人がいたりして―――あれ?
 
「お妙ちゃん。何やってるの?」
「あら、おはよう、ちゃん。ちょっと待っててね。すぐ終わらせるから」
 
そう言ってにっこり笑ったお妙ちゃんは、綺麗なんだけど……
でも、その足元でボロ雑巾のようになってる男の人が……これ、お妙ちゃんがやったの?
 
「……お妙ちゃん?」
「こいつ、ストーカーよ。犯罪者。ここでケリをつけておかないと、平穏な高校生活に支障をきたすのよ」
 
そういえばお妙ちゃん、ストーカー被害に悩まされてるって言ってたっけ。
そっか。この人がストーカー……って。
もしかして、この人も同じクラスだったりするのかな……
うわぁ。幕開けから、何だか波乱万丈だぁ。
 
「おーい。お前らー、席つけー」
 
なんて感慨にふけってたら、いつのまにか担任の先生が来てしまったみたい。
慌てて席に戻ると、隣は土方くん。後ろには神楽ちゃん。やった! 知ってる人が周りにいてよかったぁ。
 
「よーし。出席取ったら始業式だからなー? 
 居ない奴がいたら、誰か適当に代返してやってくれや」
 
……無茶苦茶な人だな、この先生。
始業式だというのに、ネクタイはまともに締めてない、白衣は皺になってる、やる気のなさそうな目に、生徒の前だと言うのに煙草を吸って。
それよりも目に入るのは、鮮やかなまでの銀髪。夕日が反射したら綺麗だろうなぁ、なんて考えてみて。
ふと、引っ掛かりを覚える。
そう言えばこんなこと、昔も思った。と言うよりも、実際に見てた気が―――
 
―――ー、ー? ……? ………っ!?」
「銀ちゃんっ!!?」
 
思い出した! その間延びした、名前の呼び方!!
つい指差して叫んでしまったけど、向こう―――銀ちゃんはそんなこと、気にしてないようで。驚いた顔して、私を見ていた。
ざわめく教室内。だけどそんなこと、構っていられない。
だって、びっくり……なんで、こんなところに銀ちゃんが……
 
?」
「オイ、何だよ。知り合いか?」
 
神楽ちゃんと土方くんに聞かれて、私は頷く。
何をどう説明していいのか、わからないけど……
 
「うん。昔、隣に住んでたお兄ちゃん、って言えばいいのかなぁ」
 
年の差があるから、幼馴染とはちょっと違うかも。
でも、思い出してきた。
銀ちゃんに昔、遊んでもらったこととか。懐かしいなぁ。
ひそひそと三人、顔を寄せ合って喋ってたら。
いつの間にか銀ちゃんが私たちの席の方までやって来てた。
 
「なに、。お前、もう女子高生だったの?」
「それより私、銀ちゃんが先生になってたことの方が驚き」
「そーか? 昔、お前の面倒見てやってたの、俺だろーが」
「どっちかって言うとそれ、保父さんとか小学校の先生だと思うよ?」
 
銀ちゃんに遊んでもらってたのは、その頃まで。
小学校の途中で、私、引っ越しちゃったから。
でも、まだちゃんと覚えてる。遊んでくれた銀ちゃんのこと。私を背負って帰ってくれたこと。夕日の当たる銀ちゃんの髪が、ものすごく綺麗だったこと―――
うわぁ。ほんと、懐かしい。
 
「で、そーいや自己紹介がまだだったなァ、俺」
 
って言うか銀ちゃん―――あ、先生って呼ばなくちゃいけないのか。まだ出席取ってる途中なのに。
 
「坂田銀八。趣味は糖分摂取。今咥えてるこれはペロペロキャンディであるから、気にすんな」
 
でも、煙が出るペロペロキャンディなんて、聞いたことないよ。
 
「今年からこの学校に赴任してきたんでな。案内よろしく頼むわ。特に女子」
 
……銀ちゃん、じゃなくて先生。もしかしなくても、女好き? 
 
「それから、そこのテメー。俺との関係が気になってたまらないって顔だなァ?」
「バっ…違ェよっ!!」
 
突然、銀ちゃ―――だから先生だってば。とにかく、先生に話を振られて、土方くんが慌ててる。
なんか、珍しいもの見ちゃったかも。
でもまぁ、普通は気になるんじゃないかな。クラスメートと担任の教師が知り合いだ、って言うなら。
私だって、自分のことじゃなかったら素直に驚いてるだろうし、野次馬根性で、色々知りたいって思ってるだろう。
 
「俺とはな」
「うん。昔遊んでもらったお兄ちゃ―――
「こういう関係なの」
 
こういう? どういうこと?
銀ちゃんに聞き返そうとして顔を上げると、すぐ目の前に銀ちゃんの顔があって。
だけど驚くよりも先に、もっと近づいてきて―――
 
―――はい。こういうことだから。には手を出さないよーに」
 
……え、ええと。
今のって。今のって。
もしかして、もしかしなくても……
 
「っ!? 何してんだよ、テメェっ!!?」
! 今すぐこのセクハラ教師から離れるネ!!」
 
隣で土方君が立ち上がって、後ろからは神楽ちゃんが私の頭を抱え込んできて。私の認識が間違ってないことがわかる。
……キス、されちゃったんだよ、ね。私。銀ちゃんに……
どうして?なんでキスなんか……
本当は怒るべき状況なんだろうけど、それよりもわけがわからない。
「こういうこと」って、なに? どうしてキスしたの?
教室中が大騒ぎの中、にやにや笑ってる銀ちゃんは、なんだか私の知らない人みたいに思えた。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
それから一週間。
なんだか私は、銀ちゃんと顔が合わせられなかった。
それはもちろん、銀ちゃんは担任なんだから、絶対に会わないわけにはいかないんだけど。
でも銀ちゃんはあれから、私に謝ったり何か言ってきたりはしなかった。
だからあのキスはきっと、銀ちゃんの冗談だったんだ。
ただ単に、私を驚かせるためで。銀ちゃんにとっては何でもないことで……

だけど。

だけど私にとっては、何でもないことじゃないよ。
本当は銀ちゃんに話したいことたくさんあるのに。また昔みたいに遊んでほしいって思うのに。
あのキスのせいで、なにをどう話していいかわからない。
皆は、気にすることないって言ってくれるけど。
だけど、そんなの無理だよ。
どうしようもなく、気になっちゃう。

冗談だったとしても、どうして私にキスなんかしたの?
私のこと、どう思ってるの?

聞きたいのに、でも聞けない。
怖いから。
銀ちゃんがどんな返事をくれるのか、それが怖いから。
どうしてこんなに怖いのか、自分でもわからない。
ぐるぐると。あの日からずっと同じことを考え続けて、今日も私は図書室に向かう。
放課後は、ここで勉強するのが日課になってる。
神楽ちゃんやお妙ちゃんも、掃除当番だとか日直の仕事だとか。用事が終わると、図書室に来るから。
時々は、土方くんや沖田くんも。
皆で勉強できるのは、なんだか楽しくて。だから日課になっちゃったんだけど。
その図書室へ続く廊下の曲がり角。
曲がりきる直前で、私は慌てて戻った。
だって。だって、今の……
そっと曲がり角の向こうを覗き込むと、そこには銀ちゃん。と、図書室の先生。
どうして私が隠れなくちゃいけないんだろう。
最近の私は、わからないことだらけ。
ただわかるのは、銀ちゃんが楽しそうに先生と話してるということと。
それを見て、なんだか胸が苦しくなったということ。
……銀ちゃんは、図書室の先生みたいな、大人の女の人がいいんだろうな。
やっぱり私にキスしてきたのは……ほんと、冗談で。
多分、私のことは、昔のように妹みたいにしか思ってなくて。
それは、当たり前のことなのに。
当たり前のことだと思えば思うほど、胸が苦しくて。泣きたいほどに痛くて。
自分がわからなくなって。
これ以上この場所にいられずに、私は走り出した。




すみません。この後、銀ちゃん視点での続きがありますので、生温い目で見守ってやってください……