運命なんて言葉は信じちゃいなかった。
なら。
これは、なんて表現すればいいんだ?
 
 
単なる偶然か?
 
それとも、奇跡か?
 
更に捻って、必然だったのか?
 
 
今なら、信じてやってもいい。
全部ひっくるめて、これが『運命』ってヤツだ、ってことを―――
 
 
 
 
高校教師 〜かわらないこと〜



 
くるくると、指先で鉛筆を回しながら。
机の上に広げた授業指導案なんか、見ちゃいねー。
職員室。他の教師の目がある手前、広げちゃいるが。
実のところ考えてるのは、たった一人の生徒―――のこと。
のことは、生まれた時から知ってる。何せ隣に住んでたワケだし。
小さな妹ができたみたいで、が引っ越してしまうまでは、ずっと構ってやってて。
それが赴任先の高校で再会なんてな。どこのドラマの筋書きですか、コレは。
と、これだけなら良かったんだ。
問題は、再会してから一週間。が俺のことを避け続けてるって事実だよ。
あー。やっぱりアレか?
いきなりキスしたのが不味かったか?
イヤでもな。俺だって、マジでするつもりは無かったんだよ。
せいぜい、額かほっぺにちゅう程度で済ませるはずだったんだ。
それで済ませられなかったのは―――あー。クソ。俺はロリコンですかコノヤロー。
そうだよ。可愛く育ってたが、隣の何とか言う男子(男の名前なんか覚えるのは後回しだ)と楽しそうに喋ってたのが気に食わなかったからだよ。
要するに、つまんねーヤキモチってヤツ。
……きっとアレだよアレ。は俺の可愛い妹みたいなモンだったし? 娘の彼氏が誰であろうと気に食わないお父さん。アレと同じ感覚。
イヤ、ちょっと待て。それだと俺、お父さん? 俺、そんなに年取ってねェんだけど?
それより何より、お父さんは娘と口チューしたりしねー。
コレは何? 認めろってか? 認めろってか?
でも最後の砦は、大人の男としては守りてェしな……さすがにロリコンはマズイだろ、ロリコンは。
とりあえず最優先事項は、なんとかと話をつけることなんだろうが。
はとにかく俺のこと避けるし。授業中だろうと、目が合うとものっそい勢いで目逸らされるし。
そんなに俺にキスされたのがイヤだったのか、アイツ。ちょっと落ち込むぞ。
オマケにアレ以来、一部生徒からは軽蔑の眼差し的視線を感じるわ、嫌味を言われるわ、挙句の果てには不意打ちで飛び蹴り食らわされるわ。
学級崩壊寸前ですか、あのクラスは。
別にいつ崩壊したって構わねェけど。今はのことだよ、のこと。
結局、ろくな考えも浮かばないまま、こうしてずるずると一週間経ってんだけどな。あー、情けねェ。
 
「先生。電話入ってますよ。内線1番」
「あ? 俺に?」
 
誰がかけてくんだよ、俺に。
今はのこと考えるのに忙しいんだよ。後にしてくんね?
そう文句を言ってやれたら楽だけどな。
まさか学校で居留守使えるワケも無し、言われたままに目の前の電話の受話器をあげる。
鼻ほじりながら応答しかけ、俺は慌てて姿勢を正す羽目になった。
相手がの母親だったからだ。
電話なんだから姿が見えるわけでも無ェのに、どうして姿勢よくなるんだろーな?
ま、それはこの際どうでもいい。
ひとしきり、久しぶりだのなんだのと話してから。不意に電話の向こうの雰囲気が変わった。
 
「あの……、まだ帰ってこないのよ。学校、もう終わってる時間よね?」
「……マジですか」
 
時計を見ると、最終下校時刻はとっくに過ぎている。
今時の高校生なら、寄り道して遅くなるのは当たり前なんだろうが、はどうもそういうタイプじゃささそうだ。
遅くなるにしても、家に連絡だけはするだろうな。なら。
とりあえず、こっちも心当たりをあたってみると言って電話を切って。
原チャリの鍵を探しながら、隣で帰り支度を始めていた同僚に話しかけた。
 
「スンマセン。この辺でブランコのある公園がどこか、教えてくんねーっすか?」
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
「お。、発見」
「っ! 銀ちゃん!!」
 
教えられた公園を探して回ること三ヶ所目。
ようやく見つけたは、案の定というか、ブランコに一人座ってた。
昔っからそうなんだよな。
何かあると、公園のブランコにいつまでも座り込んでるんだ―――俺が迎えに行ってやるまで。
その辺はちっとも変わらないってワケか。
 
「もう遅いだろ。けーるぞ」
「……銀ちゃんがいなくなったら帰る」
ちゃーん。いつからそんな聞き分けの無い子になっちゃったんですかー?」
 
腕を引いても、頑としてブランコから立ち上がろうとしねェ。
おまけに相変わらず目は逸らす。
オイオイ。昔の素直でいい子なはどこに行ったんですかコノヤロー。
いっそ放って帰っちまうか、とも思わないでもねーけど。
人気の無い、暗くなりつつある公園。こんな場所にを一人、放っておけるワケも無い。
どうぞ襲ってくださいっつってるようなモンじゃねーか。
仕方無い。が帰りたくなるまで、こうなったら根競べだ。
後ろに回ってブランコを漕いでやると、存外大人しく漕がれてる。
あ〜、昔はよくこうやって遊んでやったよなぁ。
あの頃のは、何かっつーと「銀ちゃん、銀ちゃん」って駆け寄ってきて、にぱーっと笑って「銀ちゃん、大好き!」つって、それがまた可愛くて―――イヤイヤ、ロリコンじゃねーから。俺はロリコンじゃねーから!
俺が自分のロリコン疑惑と葛藤してるっつーのに、は黙り込んだまま一言も喋ろうとしねェ。
しばらくの間、ブランコが揺れる音と、公園の外を通る車の音だけが耳に入る。
って、こんな強情っぱりだったか?
素直で可愛くて俺の言う事なんでも聞いてたはどこ行ったんだ?
イヤ、俺も俺で、のお願いはなんでも聞いてたけどな。あの頃は。
 
―――…して………たの…?」
「あ?」
 
不意にが漏らした言葉。
俯いたままの声は聞き取りにくくて、ブランコを漕ぐ手を止めて聞き返す。
 
「……どうして…私に、キス、したの……?」
 
相変わらず俯いたまま。けど今度ははっきりと耳に届いたの言葉。
イヤ、それはいいけど……これ、何をどう説明すりゃいいんだ?
正直に言ったりしたら、引かれねー? 俺だったら引くね。絶対。
せっかくが口を開いたってのに、今度は俺が口篭る番。
意味ねェじゃん。会話のキャッチボールができてねーよ、これじゃ。
何をどう言えば、は納得してくれんのか。頭を掻きながら、言い訳を考えてみる。
 
「…私、わかんないよ……銀ちゃんが、なに考えてるのか……」
 
大丈夫だ。俺もよくわかってねーから。
って、ちっともよくねーだろ、俺ェェェェ!!!
だって、泣き出してるんだよ!
わかんねェよ! がなに考えてるのかわかんねェのは銀サンの方だよ!!
どうしていきなり泣き出すんだよ、は!? 泣きたいのは俺の方だっつーの!!
 
―――
「で、でも…っ、わかんないけど……わかんないけど、やなの……
 銀ちゃんが、図書の先生と…た、楽しそうに喋ってるの……イヤ、なの……っ」
 
途端、頭を掻き毟っていた手が止まった。
今のは……今のは、俺の聞き間違いじゃ、ねェよな……?
はしゃくりあげるばかりで、もう繰り返そうとはしなかった。
けど……俺の都合のいい幻聴なんかじゃ、ねェだろ。
図書の先生って、アレだよな。今日ちょっと喋った、ちょい美人の先生。
もしかして、それを見たのか? 俺とその先生が話してるところを。
それがイヤって……俺が他の女と喋ってるのがイヤだってことか?
オイオイ。ちゃん? 世間じゃそれを何て言うか知ってんの?
「ヤキモチ」って言うんだよ。俺の思い込みでなきゃな。
 
「……あのさー、? 俺も男なんだよ。
 期待させられるようなこと言われると、歯止め利かなくなんの。わかる?」
 
ブランコから手を離して、の前へと回り込む。
相変わらずは俯いたまま。
しゃがみ込んで、の顔を覗き込むように顔を向ける。
と言っても、暗くなったこの時間じゃ、影になってる顔なんか見えたモンじゃねーけど。
それでも、の反応が見たかった。
本当に俺は間違ってないのか。勘違いじゃねェのか。
期待よりも不安が大きいのが正直なところ。
普通、ありえねーだろ。と俺と、何歳離れてると思ってんだ。
それでも……それでも、期待はしたい。
が本当に、ヤキモチを焼いたってんなら。
  
「俺もと同じ。が隣の席の男子と喋ってるのが気に入らなかったから、キスしたんだよ。
 は俺のものだって、言ってやりたくなったんだよ。そんだけ」
 
点灯した常夜灯が、俺の言葉にようやく顔をあげたの泣き顔を照らし出す。
涙の溢れるその瞳を見つめた瞬間―――もうダメだと。そう悟った。
引き返すことなんてできねー。
後ろ指さされようと、知ったことじゃねー。
あー。こりゃもう、観念しろってか?
ハイハイ。しますよしますよ。したらいいんだろ?
ロリコン結構。が可愛すぎるのが悪いんだよコノヤロー。
誰が何と言おうと、俺は。
 
のことが好きなんだよ」
 
目を合わせたまま、告白する。
の目は、逸らされなかった―――代わりに、また涙が溢れてきたが。
 
「…な……ど…してぇ……」
「どうしてってなァ……好きなモンは好きなんだよ。仕方無ェじゃん」
 
の身体を引くと、今度は素直にブランコから離れて俺の腕の中に収まった。
胸に顔を埋めて泣きじゃくるが、愛しくてしょうがない。
どれくらい経ったんだか。
すっかり暗くなった頃、ようやくの涙も止まったらしい。
つーか、がまた泣き出した理由がよくわかんねーんだけど。ま、いっか。
とりあえず、嫌われてるワケじゃねェんだし。
 
「そろそろ帰っか」
「……うん」
 
さすがにもうを帰さねーと、怒られそうだしな。
立ち上がって伸びをすると、が白衣の袖を掴んできた。
原チャリを止めた出口へと向かいながら、とてとてと付いてくるの姿が、少しだけ昔の姿と重なる。
ロリコン決定かよ、俺。
……ま、いいんじゃね? こういうのも。
 
「あ。そーだ」
「え?」
「別に返事は、しなくてもいいからな」
 
そりゃ、期待はしてっけど。
普通に考えて、無理だろ。教師と生徒なんて関係じゃ。
せいぜい、が卒業するまでに色好い返事が貰えりゃ、マシってヤツ?
俺っていつの間にこんなに気が長くなったんだろうな。すげェよ、我ながら。
自己満足してると、不意に腕が引かれた。に袖を掴まれた方の腕が。
 
「ん? どうした、?」
「…………き」
「ハイ?」
「…私も銀ちゃんのこと……好き、なの……」
 
……はいィィィィィ!!!!??
い、イヤ! ちょっと待て! 落ち着け!!
一時のテンションに身を任せちゃダメだよ!
そりゃ俺は嬉しいけど! かなり嬉しいけど!!
流されてねェ? 今の、雰囲気に流されてねェ!!?
内心で焦る俺を他所に、はまたしゃくりあげ始める。
 
「さ、さっき……銀ちゃんに好きって言われて……わかった、の。
 私……私も、銀ちゃんのことが……好き、だから……だから……冗談でキスなんか、してほしくなかったの。
 銀ちゃんがここに来てくれた時も、本当は嬉しかったの……」
 
また泣き出したに、俺の胸中で葛藤が始まった。
ここはを落ち着かせて、何も聞かなかったことにしようと言う理性と。
流されてるなら丁度いい、このままモノにしちまえと笑う本能と。
卒業までなんて悠長なことを言ってたら、他の男に掻っ攫われるぞと脅迫する感情と。
一対二。多数決によりあっという間に決定。
流されてるってんなら、俺の方こそ流されてんじゃねーか。
まァでも。覚悟なんてモンは、決めちまえばそれだけのモンだ。
 
。んなこと言われたら、銀サン、マジで止まれねーから。覚悟しとけよ?」
「え?」
 
目を瞬かせるに、にやりと笑いかけ。
袖を掴んで離さないその手をそっと離すと、そのまま手に絡める。
昔に比べりゃよっぽど大きくなった手は、それでも俺に比べたら小さいモンで。
まるで壊れ物のようだと思う。
実際、は壊れやすそうだと思うけどな。
 
「ま、今日の所は素直に帰してやっけど。その前にな」
「なぁに、銀ちゃん―――
 
が言い終わるか終わらないかの内に、掠めるようなキスを一つ。
物足りねーけど、最初はこんなもんだろ。
 
「迎えに来てやった駄賃な、今のは」
「ぎ、銀ちゃん!!」
 
慌てる。けど、繋いだ手は離そうとしねー。
……これはやっぱ、自惚れていいんだよな。それなりに。
繋いだ手に少しだけ力を込めると、ぎゅっと確かに握り返してくる感触。
目をやれば、公園の常夜灯に照らされたの顔が、照れくさそうに笑い返してきた。
それは、本当に久しぶりに―――何年かぶりに見た、花も綻ぶようなの笑顔。
 
「? どうかしたの、銀ちゃん?」
「……あー。イヤ。なんでもねー。なんでもねーから。うん」
 
首を傾げるの手を引き、俺は足早に公園の外へと向かう。
言える訳無ェだろ―――いい年して、の笑顔一つで完全に参っちまった、だなんて。




私が書くと、銀八先生が偽者くさい気が……気が……(遠い目)
それでも懲りずに、続きは書きます。
もういいです。偽者でもなんでもいいよ。
次は初デート編だっ!!(開き直った)