。今度の休み、デートな?」
「え……え、ええ!!?」
「なに驚いてんの。恋人同士なら、デートは日常茶飯事だろ?」
「そ、そうじゃなくて!」 
「今は授業中ネ。ナンパしてないで授業するネ、このセクハラ教師」
「おめーにだけは常識説かれたくねーよ。ちくわ銜えて説得力無ェんだよ」
 
せっかくの初デートは、おかげでクラス全員が知るところになってしまったわけで。
 
 
 
 
高校教師 〜Hello passing days〜



 
「銀ちゃん! ごめんね、待った?」
「イヤイヤ。待ってねェし。それにだって5分前行動じゃん。偉い偉い」
 
その姿を見るや、ぱたぱたと駆け寄ると、その頭を撫でる銀八と。
傍から見る限り、その様子はとても恋人同士には見えない。
かと言って、教師と生徒の関係にも見えないが。
 
「そういうアンタは、30分前行動じゃねーかィ」
「キモイアル」
「初デートに浮かれる中学生かよ、あの野郎」
「あら。男が女を待つのは常識じゃない」
 
そして、そんな銀八との様子を影から見ている人物が四人。
沖田、神楽、土方、お妙。全員、銀八の生徒にして、の友人である。
授業中、唐突に銀八がにデートの申し込みをしたのが数日前。
大事な友人であるに何かあってはたまらないと、こうして見張っているわけなのだが。
サングラスをかけた四人の集団がこそこそ行動しているということが、実は通行人の注目を集めているということに当の本人たちは気付いていない。
そんなことよりも気にすべきことが、今の四人にはあるのだから。
 
「あ。行くみたいよ」
「手まで繋いでやがらァ。銀八のくせに」
「私のネ! 私のに気安く触るんじゃないネ!!」
「ヤロー……いつかぜってぇシメる」
 
それぞれに思うところを抱えながら、四人はこそこそと移動を開始する。
デートの目的地がわかれば先回りもできるのだが、こればかりは、をつついても銀八を問い詰めても白状しなかったのだ。
故に、こうして地道な尾行が行われるわけである。
これで移動手段に車や原チャリが使われていたらお終いだったのだが、どうやら電車で移動するらしい。
駅近くで待ち合わせをしていた時点で、まず電車移動だろうと踏んでいたのだが、見事に当たったようだ。
用意周到に沖田が準備していた双眼鏡で、銀八が切符を買う様子をチェックする。
 
「710円区間の切符2枚購入―――あ。の肩に手ェ回しやがった」
「んだとォ!!?」
が穢れるアル!」
「それよりあなたたち、切符買わないと尾行できないわよ?」
 
お妙が手を出すと、残り三人が財布から金を出す。
それを持って、人数分の切符をお妙が切符を買いに走る間、三人は物陰からしっかりと銀八との行動をチェックしていた。
 
「オイ。改札通ったぞ」
「どこネ? 何番ホームに行ったアルか!?」
「ちょっと待ってろィ……お、いたいた。3番ホームに二人を発見」
ーーっ!! 今助けに行くアルゥゥゥ!!!」
「行ったらバレるだろーが!」
「これだからバカな女はイヤなんでィ」
「バカって言ったアルか!? 勝負だゴルァァァア!!!」
 
「……うるせーんだよ。尾行バレたらどうすんだコラ」
 
聞こえてきたのは、地を這うような声。
思わず黙り込んだ三人が振り返ると、そこには無表情のお妙が切符4枚を手に立っていた。
が、額に浮かぶ青筋と、突き刺さるような視線。お妙がキレかかっているのは確かである。
キレると誰よりも恐ろしいのがお妙だということは、クラスの誰もが知っていることだ。
結果として、三人はそのまま大人しく切符を受け取り、もはや言い争いをする度胸も気力も無いままに、尾行を続けることになったのだった。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
電車に揺られること、一時間ばかり。
到着した先は。
 
「動物園かよ……」
「これは絶対にの趣味アルネ」
「そりゃそうでィ。銀八に任せたら、ラブホ直行に決まってるでさァ」

遠目に見てもわかるほどに楽しそうなの姿を見れば、この目的地がの希望だというのは火を見るよりも明らかだ。
手を繋いだまま園内に入っていく二人を追い、やはりサングラスをかけたまま入園する四人。
係員に不審な目を向けられるものの、「ダブルデートなんです。ね?」とお妙に言い切られ、こくこくと頷いてその場をやり過ごした。
できることなら、「誰がこんなヤツらと付き合うものか!」と叫びたいところであったが、それで騒ぎになってお妙にキレられても困る。
設定は不満ではあったが、無事に動物園内に入ることができた一行。
そのまま尾行を続けることができたのであったが。
 
「それにしても……」
「姐御。どうしたアルか?」
「あの二人を見てるとどうも、ねぇ……」
 
視線の先では、アイスクリームを片手にがペンギンに見入っている。
時折、ペンギンを指差しては、銀八に楽しそうに話しかけ。
そんな光景を、今だけでなく、他の動物の前でも繰り広げていたのだ。
傍から見ると、やはり恋人同士には見えない。
むしろ。
 
「恋人というより、兄妹という感じがするのよね」
「銀八が? 兄アルか!?」
「似合わねー」
「でも確か、が言ってたよな。昔遊んでもらってた、って」
 
土方の言葉に、他三人も頷く。
そう思って見れば、先程から、手を繋ぐことはしても、それ以上の行為はまるで無い。
ますますもって、兄妹が仲良く動物園に来ている光景にしか見えなくなってくる。
もちろんのことを思えば、それはそれで歓迎すべき展開なのだが。
張り切って尾行までしていた四人にしてみれば、いささか拍子抜けせざるをえない。
 
「安心したら腹減ったアル。お前、そこでアイス買ってくるがヨロシ」
「あら、いいわね。私はハーゲンダッツをお願いね」
「俺はアイスコーヒーを頼んまさァ」
「俺か!? 俺に買えってか!!?」
 
気が抜けた三人の好き勝手な発言に、キレる土方。
街中なら注目されるかもしれない叫びも、賑やかな動物園内のこと。特に注目されることはなかったのだった。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
ならば、そこで解散してしまえばいいものを。
それでもやはり気になるのか、どうしても尾行を続けてしまう四人。
ここまで来ると、尾行と言うよりも出歯亀と言ったほうが正しいのかもしれない。
日も暮れて帰ると銀八の後ろを、相変わらず一行はこそこそとついて行く。
仲良く手を繋いで帰るその姿は、まさしく兄妹そのもの。
何やらほのぼのとした光景に、何事もなく一日が終わりそうなことをほぼ確信して、四人は一様に安堵する。
 
「どうやらの貞操は、無事に守られたようだねィ」
「貞操とか言ってんじゃねーよ」
「私たちが見守ってたおかげアル」
「何事も無くて良かったわね。ちゃんに何かあったら大変だもの」
 
一体、何が大変なことになっていたのか。
冷静に振舞っているようで、キレると恐ろしいお妙のこと。
に何かあろうものなら、流血沙汰になっていたかもしれない。
その場合、血を流すことになったのは、当然ながら銀八であったろうが、それに巻き込まれずにいられる保証はどこにもないのだ。
のためだけでなく、自分たちのためにも何も起こらなくて良かったと、心底から思う三人。
そうこうしているうちに、どうやらの家の前に着いたらしい。
 
「今日はありがとう、銀ちゃん。
 久しぶりに銀ちゃんと動物園行けて、すごく嬉しかった!」
「イヤ、俺も。久々にと遊べて楽しかったからな」
 
また遊びに行こうなー、との頭を撫でる様は、本当に兄妹にしか見えない。
朝は腹が立った行為も、兄妹だと思えば何やらほのぼのして見えるのだから不思議である。
だからと言うべきか。四人とも気が抜けていたのだろう。
 
「んじゃ、
「うん」
 
その言葉が合図とでも言うかのように、銀八がにチュッと口付けた。
それは本当に軽いキスで。
も慣れているのか、笑顔で受けていたのだが。
突然の行為に、ぽかんと口を開けている人間が、物陰に四人。
完全に気を抜いていたため、不意打ちのような展開についていけていないのだ。
だが。
 
「なァ、
「なぁに、銀ちゃん?」
「どうせなら、大人のキス、してみっか?」
「え……?」
 
きょとんと目を瞬かせるの頬に、銀八の手が添えられる。
至極真剣な面持ちで屈みこみ、そのまま口付けようとして―――
 
「させるかァァァ!!!」
「離れるネ、この変態教師ィィ!!!」
 
今にも口唇が触れようとしたその時、我に返った沖田と神楽が銀八へと襲い掛かった。
二人がかりの不意打ちに、さすがに倒れこむ銀八。
 
「っ!!? てめーら、いつの間にっ!!?」
「あら。奇遇ですね、先生。こんなところで」
 
銀八が倒れこんだ先。そこに立ちはだかっていたのは、言う間でもなくお妙。
笑みを浮かべてはいるが、決して上機嫌などでは無いことに、沖田や神楽はもちろん、銀八でさえ悟っていた。

「い、イヤ、待て! 待て、な? 落ち着け! 話せば、話せばわかる!! 多分!!!」
「どうだか。こんな公道でちゃんに迫るなんて、イヤらしいにも程があるだろォがァァァァ!!!!」
 
もはや完全にキレているお妙を、止めることなどできようはずもない。
沖田と神楽さえ、やや遠巻きにその公開虐殺を眺めている。
そして、完全に事態を把握できていないは、ぽかんと成り行きを見ているしかなかった。
が、不意にその肩に、ぽんと手が置かれ、驚いて振り返る。
すると、その手の主は土方で。
 
「え、ひ、土方くん? え、そ、その、なんで……」
「あー……アレだ。たまたま通りかかっただけだ。マジだからな。マジで通りかかっただけだからな」
 
明らかに不自然ではあったし、も不審には思ったのだが、まさか嘘だと言うわけにもいかず、素直に頷く。
そんなの肩を今度は軽く押して、家の中に入るように促す。
 
「で、でも…あれ……」
「放っとけ。でないと、下手したらお前もアレに巻き込まれるぞ」
 
土方が指差した先では、お妙が馬乗りになって銀八を殴りつけていた。
銀八が心配ではあるものの、ああなったお妙が誰にも止められないことは、も承知している。
それでも気になるのか、なかなか家に入ろうとはしない。
 
「お妙ちゃん、どうしてあんなに怒ってるんだろ……土方くん、知ってる?」
「……気付いてねェのかよ」
「え?」
「イヤ……俺もよく知らねェが、なんか気に食わねェことがあるんだと」
「そうなんだ」
 
となれば、後は銀八とお妙の問題である。
が出る幕など無い。
 
「えと…じゃあ、土方くん、神楽ちゃん、沖田くん。それからお妙ちゃんも。また明日ね?」
「あァ」
! 明日ものことは私が守るネ!」
「じゃーな。明日、数学の宿題見せてくれィ」
「ええ、ちゃん。明日、学校で」
「げ、マジ!? マジで!!? 、銀サン見捨てちゃうのォォ!!?」
「……が、頑張ってね。銀ちゃん」
「マジでかァァァ!!!!」
 
 
 
こうして、せっかくの初デートは、銀八にとっては散々な形で締めくくられることになり。
沖田、神楽、土方、お妙の四人は、さしあたってはの貞操を守ることができたことに、いたく満足したのだった。



<終>



第三者視点で、二人を見てたらどう見えるのかなー。とふと思いまして。
思いましたら……まぁ、「昔遊んでくれたお兄ちゃん」という設定ですからね。銀ちゃんは。
きっとこれから恋人っぽくなるのでしょう。
邪魔者多数ですが(笑) めげずに頑張れ、銀八先生!!(無責任)